第四十話 力の証明
「全くの誤解だ。確かに俺は、運や仲間には恵まれていた。だが、誓って伯爵家の名前を持ち出すような真似はしていない。少し調べてもらえればすぐにわかることだ」
「有り得ん、できるものか! たかだか一週間程度で、一冒険者が【Lv:50】の〈夢の主〉を討伐するなどな! そう容易く〈夢の主〉の討伐ができれば、この王国の貴族制度はひっくり返っておるわ! 馬鹿にするのも大概にするがいい!」
あくまでもアイザスはそう口にする。
確かにこの世界の常識になぞらえて考えれば、容易く受け入れられないことも理解はできる。
凶悪な魔物を倒せる人間がほんの一握りだからこそ、この世界では貴族が大きな権力を有しているのだ。
新人冒険者が【Lv:50】の〈夢の主〉を容易く討伐できるのならば、この王国の制度自体が傾きかねない。
元々、防御特化クラスはレベルを上げにくいといわれている。
特にアイザスは、俺が重騎士だと知っただけで伯爵家から叩き出したくらいには、重騎士というクラスを軽視していた。
「ど、どうしてそんなにエルマさんのことを疑ってかかるんですか! 伯爵様にとって、エルマさんは実の息子なのでしょう?」
「煩わしい……平民の小娘が、貴族の体面の話に口を挟むか。貴様は、この俺が喋れと命じたとき以外は黙っておるがいい!」
アイザスが不快げに声を荒げる。
「父様、これまでの情報だけでエルマがエドヴァン伯爵家の名を汚したと断じるべきではないかと」
ここに来て、大人しくしていたマリスが口を挟んできた。
「なんだと? マリスよ、ここに来てエルマの肩を持つのか?」
「いえ……ただ、調査が目的です。決めつけて罰するのを急く必要はないかと。それにこれまでの話を聞くに、【Lv:40】程度なのでしょう? だとすれば、丁度いい」
「なに?」
マリスの言葉に、アイザスもまた不思議そうな顔をしていた。
彼もマリスの意図を読みかねているらしい。
「ボクも〈命移し〉を経て【Lv:45】になったところ。レベルでいえば同程度。いえ、スキルを用いた戦い方では、きっと実戦の多い彼の方に軍配が上がる。少しばかり実戦形式の稽古を行えば、簡単に真偽がわかることでしょう。〈夢の主〉を討伐したという話の、ね」
マリスが口許を歪めて笑みを浮かべ、俺の顔を見る。
「馬鹿を言うでない、マリス! 仮にレベルが同程度であったとしても、剣聖と重騎士では話になるまい。マリスよ、お前は分家の身として不安に思っておることは知っておるが、そんな心配はないと言っておるだろうが」
「フフフ、ただの簡単なお稽古ですよ、父様。この短期間で、貴族家の支援にも頼らず、自分の力だけでここまでのし上がるなんて……見事なものではありませんか。ぜひ教示してもらおうと思っただけですよ。真偽など、おまけのようなもの。ただ……もし虚偽であれば……罰を兼ねることができるでしょうね」
マリスは〈夢の主〉討伐が本当であると主張するならば、彼女と戦って力を示せと、そう口にしているらしい。
レベル以外にも、戦い方そのものについても触れてきている。
仮に俺がレベルを示したところで、貴族の名をちらつかせてパワーレベリングでも行ったのだろうと、そう難癖を付ける気でいるのだろう。
だが、剣聖は強力なクラスだ。
攻撃力と素早さが桁外れに高く、スキルもわかりやすく凶悪なものが多い。
それ以外のステータスはやや低めだが、それも弱点といえるほどのものではない。
分かりやすい強さに特化しているためキャラビルドの自由度が狭く、レベルが高くなってくると工夫の余地のある他クラスに見劣りする点は出てくるが、現状のレベル帯ではそこも特にネックにはなってこない。
反対に攻撃力と素早さのない重騎士では、剣聖相手に攻撃に出られる場面はほとんどない上に、仮に当たってもまず相手に決定打を与えられない。
本当に彼女が言うように簡単な模擬戦だけであれば、今の俺のステータスでも充分な戦いを示すことはできるだろうが……どうにもマリスの様子を見るに、それだけで済むとは思えなかった。
「どう問題があるのですか、父様? エルマの件は、ボクに一任してくださるという約束だったはず。それとも……やはりボクの危惧していたように、まだ跡継ぎに迷い、エルマの身を案じておられるのですか?」
「マリスよ……最初からこうして、この俺を試すことが目的であったのか? 何がそこまで不安だったというのだ」
アイザスが苦々し気な顔を浮かべていた。
無実を証明するためだけに、この条件に乗っかかる必要はない。
たとえ厄介事を長引かせて別の問題を抱え込むことになったとしても、時間を掛けて別の形で証明するべきだろう。
アイザスもあまり乗り気ではなさそうだ。
俺が冷静に引けば、もっと安全な方法は見つかるはずだ。
防御型のクラスが剣聖と正面から戦えば、防戦一方となってHPを削られ続け、あっという間に決着がつくのはわかりきっている。
もっともそれは、普通であれば、の話だが。
「わかった、その模擬戦……受けて立とう」
「な、なんだと!?」
アイザスの方が驚いていた。
「エルマさん、む、無謀ですよぅ! エルマさんの強さは知っていますけれど……でも……!」
ルーチェの言いたいことはわかる。
俺には致命的に攻撃力がなく、それを補える装備もない。
俺が熱くなって挑発に乗り、無謀な戦いに出たと、そう思っているのだろう。
「大丈夫だ、ルーチェ。奴と戦えるだけのピースは既に揃っている。お前のお陰でな」
「ア、アタシのお陰、ですか?」
「それに俺も、無為に挑発に乗ったわけじゃない。エドヴァン伯爵家のことは切り替えたつもりでいたが……心に柵として残っていたんだな」
当たり前といえば当たり前だ。
俺が意地を張って、もう割り切った過去だと自分に言い聞かせていただけだ。
ギルドで認められ、ルーチェという仲間を得て、ようやく少し余裕ができて意地を張らずに済むようになってみたら……自分がどれだけエドヴァン伯爵家に囚われていたのか、よくわかる。
今思えば、他の冒険者やルーチェへの協力を端から考慮せず、単騎で勝算の薄いエンブリオへの足止めを買って出たのは、あまりに無謀な行いだった。
あのときは伯爵家を追い出されて使命を失った自分に、少しでも何か価値を与えたいと、そう考えていたのだろう。
清算するのにこれ以上の機会もない。
有耶無耶にして問題を長引かせるよりは、ここでさっぱりと綺麗に終わらせる。
「アイザス伯爵……条件を一つ加えてほしい。もしも俺の力を認めてくれたのならば、もう金輪際、俺には拘わらないでくれ」
「な、なんだと……? 貴様、自分の立場がわかって発言しているのか!」
返答は何でも構わなかった。
ただ、宣言しておくことで、改めて自分の気持ちに踏ん切りをつけておきたかったのだ。
マリスが素早く剣を抜き、刃で床を斬った。
石の破片が辺りに舞った。
わかってはいたが、さすがに動きが速い。
「異論はないみたいで嬉しいよ、エルマ。そうでなくちゃ」