第十六話 道化師の少女
「五千五百万ゴルドかあ……」
俺は溜め息を漏らしながら街中を歩いていた。
上級冒険者ならいざ知らず、E級冒険者の俺がぽんと手に入る額ではない。
何せ、好調だった〈アンデッドの群れ〉の大規模依頼約六十周分の金額である。
上級冒険者は金銭感覚がぶっ壊れている。
そして上級冒険者を相手取る店主の金銭感覚もぶっ壊れている。
〈燻り狂う牙〉は確かにレアスキルツリーだが、アレを欲しがる人間は重騎士か、破滅願望のある生粋の戦闘狂くらいだというのに。
もっとわかりやすく強い〈技能の書〉は、もっと桁外れに高いのだろう。
何せ不人気の〈エレメンタルガード〉さえ三千万ゴルドだったのだ。
今後の金策を具体的に考えねばならない。
堅実に進めていけば、どれだけ時間が掛かるかわからない。
〈夢の穴〉でレアドロップ目指して、一攫千金狙いで動いていくべきか。
ただ、そうするにも、重騎士は敵に安定してダメージを与えるスキルがなさ過ぎる。
この目標額だと、〈城壁返し〉に引っ掛かってくれる魔物ばかり狩っていても仕方がない。
金策に丁度いい魔物を少し考えてみたが、どれも現状のスキル構成では多少レベルが上がっても及びそうにない。
今持っている〈初級剣術〉のスキルツリーを育てるか、〈破れた魔導書堂〉のような影の店を回って〈技能の書〉を漁り、攻撃スキルを習得する、というのは一つの手だ。
ただ、どうせ〈燻り狂う牙〉を手に入れれば使わなくなるスキルばかりだ。
スキルポイントを無駄にするのは避けたい……。
仲間……仲間を作るか。
重騎士の人気はどうにも最低レベルのようだが、以前の大規模依頼で名前は売れたはずだ。
それに今の俺は【Lv:23】なので、レベル下相手であればいくらでも組める機会もあるはずだ。
他のクラスの冒険者と組めば、狩り対象にできる魔物の幅が一気に広がる。
相方はレベル下でも構わない。
俺が攻撃を引き付けてレベル上げをちょっと手伝えばすぐに戦力を補充できるし、恩も売れる。
初期から安定していたり、純粋に性能の高いクラスはどうせ引く手数多だろう。
俺と被っている防御特化クラス以外ならば何でもいいか。
高望みはしない。できれば攻撃特化クラスだとありがたいが……。
そう考えていると、前方から何やら騒いでいる声が聞こえてきた。
「いやぁ、まさか〈血塗れの剣〉がドロップするとはな! 市場価値二百万ゴルド……店で買い取ってもらえば百五十万前後にはなるだろうが、それでも充分な額だ! しばらく遊んで暮らせるぞ! いや、〈夢の穴〉探索は最高だな!」
冒険者の三人組が歩いている。
真っ赤な剣を掲げるのは、剣士の男である。
「ちょいと危ないけど、裏の店で売った方がいいかもね。公のところだと、どうしても税がかかるから」
そう答えるのは、軽装の少女であった。
恐らくは斥候系のクラス、盗賊だろう。
「えへへ……ほら! ほらほらこれ、アタシのスキルのお陰ですよ! アタシの! ほらほら、ちゃんと効果あったじゃないですかぁ!」
三人目の水色髪の少女は、淡い赤色のローブと、同色の道化帽を被っていた。
道化師かな?
帽子もそうだが、武器が見当たらないので、ナイフか小杖だろう。
それらを装備するクラスは限られてくるので、恐らく道化師であっているはずだ。
珍しいクラスだ。
なかなかピーキーな性能のクラスなので、スキルポイントの振り分けを失敗しないように頑張って欲しいと思う。
「……お前のお陰、ね。何度も〈夢の穴〉に潜って、ようやくのレアドロップだがな。本当にルーチェのスキルが関係あるのかどうか、疑わしいもんだ」
剣士の男が、はぁ、と溜め息を吐いた。
「ア、アハハ……そ、そうですね、クラインさん。でも、もっと回ってたら、きっと目に見えて違いがわかってくるってもんですよ! ここからです! ここから!」
道化の少女、ルーチェがそう返す。
どうやら剣士の男がクラインという名で、三人の中ではリーダー格のようだ。
しかし、何やら剣呑な様子であった。
「ルーチェ、お前まさか、戦闘でほとんど役に立ってない癖に、この剣の分配金をもらえると思ってるのか?」
「え……で、でも、アタシだってその、命懸けで前面で戦ってますし……。せ、せめて五分の一……あ、いや、二十万……じゅ、十万ゴルドくらいは分けてもらえたら嬉しいな……なんて」
「はぁ……あのさ、命懸けで戦ってても、攻撃分散程度の役にしか立ってないのが問題だって言ってるんだよ。頑張ってるとか関係ないから。役に立ってないだろ、お前」
「こ、攻撃スキルがないのは、クラインさんの命令でスキルツリー振ってた結果なんですよ! 今までそれで進めてくれって言ってたのに……大金入った途端そんなこと言い出すのって、ちょ、ちょっと酷いと思いますよ!」
「酷い? お前が役立たずなのに、取り分だけはもらおうとしてるからそれはどうなんだって言ってるだけだろうが。今までは許してきてやったけど、この金額は話が変わってくるだろ。はぁ……それを言うに事欠いて、酷い、ね。お前さ、頭、大丈夫か? スキルツリーの割り振りだって、俺はちょっと提案しただけで、実行したのはお前だろ。人のせいにするなよ」
「え……ク、クラインさん?」
大分空気が悪かった。
俺も立ち会ってしまったことを後悔しているレベルである。
どうやらスキルツリーの割り振りミスと、大金が入っての分配問題が絡んで泥沼になっているようだ。
〈マジックワールド〉でも、この手の問題は度々発生した。
仲間内の相性を考えてスキルツリーを割り振ったのに、事情が変わって無意味になってしまったり、といった問題が時折発生するのだ。
特に攻略情報を万全に共有できるネットもないこの世界では、その傾向は余計に強いはずだ。
「はいはい、十万ゴルドね。おら、これでいいんだろ。さっさと拾ってどっか行けよ」
クラインが金貨を地面へとばら撒いた。
「こっちはさ、基礎パラメーターも低いのに、スキルツリーもミスってロクに攻撃スキルも使えないお前をわざわざ仲間に入れてやってたのにな。こんな端金に目が眩んで、本性を表すとは。なあ、リース、そう思わないか?」
クラインから声を掛けられた盗賊の少女……リースは、ちらりと赤い剣へと目を向ける。
「ま……そうね。こっちだって余裕ないのに、たまたま入った大金をごっそり分割されちゃあね」
「そ、そんなつもりじゃなくて……ご、ごめんなさい、クラインさん、リースさん。その、やっぱりアタシ、剣のお金はいいんで……」
「ごめんじゃなくてさ、もう無理だから。ま、新しいところで頑張れよ。中途半端にレベル伸びてるせいで経験値も取得できなくて、新しいスキルも覚えられない。そんな手詰まり状態の奴を、誰が仲間にするのかは知らねえけどさ」
……金の切れ目が縁の切れ目、とはよくいったものだ。
スキルポイント制度はなんと残酷なことか。
システムの仕様上、自身と同格かそれ以上の相手を狩っていかなければ、まともにレベル上げを行うことができない。
ただ、スキルの組み合わせが悪くてまともに同レベル相手の戦闘が熟せなくなってしまった場合、レベルを上げることが非常に困難になってしまうのだ。
〈素早さ上昇〉か、不要な武器系統のスキルツリーにでも振ってしまったのだろうか?
いや、話から察するに支援系か?
少し考えて……彼らがレアドロップの話をしていたことを思い出した。
ま、まさか、あのスキルツリーか!?
いや、だが、あのスキルツリー持ちを追い出そうとするような奴がいるのか?
スキルツリーの情報共有がまともに行われていないにしても、それだけは正直信じられない。
だが、先の話を聞くに、あれしか考えられない。
「わ、我が儘言って、ごめんなさい……。剣のお金は一切いいんで、どうかパーティーにおいてください、お願いします……」
俺は思わず飛び込み、ルーチェの手を取った。
「うぇっ!? ア、アナタ、誰ですかぁ!?」
「頼む! 絶対に損はさせないから、どうか俺と組んでくれないか!」
突然手を握られたルーチェは無論のこと、彼女の仲間であるクラインもリースもぽかんとした顔で俺を見ていた。
「取り分は、八対二でどうだ?」
「ず、ずっと二割はちょっと……あの、生活ができなくなっちゃうといいますか……」
「勿論、そっちが八、俺は二でいい! 駄目か? 正直、欲しいものがあるから一は厳しい。できれば二がいい!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください! あの、アナタ、まず何者なんですか!」
い、いかん、取り乱してしまっていた。
ただ、この絶好の機会は絶対に逃すわけにはいかない。
彼女の協力さえあれば、〈燻り狂う牙〉の五千五百万ゴルドを用意することは決して難しくないからだ。
二百万ゴルド程度の話ではない。