第十四話 勝機
フラングの逃走によって、本格的に勝算が途切れつつあった。
俺はルストクイーンの気を引くのに専念し、その間にルーチェと〈魔銀の笛〉の二人がベビーの数を減らすのが現時点の動きだ。
だが、ルーチェについている二人は毒状態に冒されており、本来の実力を発揮できない状態である。
ルーチェ達がベビーを倒す速度と、女王がベビーを生み出す速度はほぼ拮抗しており、こちらの陣営が一方的な消耗を強いられているのが現状だ。
おまけにクランリーダーの逃走によって、〈魔銀の笛〉の連中の士気は大幅に低下している。
何より最悪なのは、ズルズルと時間を取られていれば、ルストクイーンの凶悪なブレススキル、〈悪疫の暴風〉のクールタイムが終わってしまうということ。
これを通されれば、ベビー討伐組は完全に崩壊する。
身軽なルーチェはさておき、毒状態でベビーに囲まれている〈魔銀の笛〉の二人は、ルストクイーンの〈悪疫の暴風〉から逃れられない。
〈死線の暴竜〉を切って一気に女王討伐を仕掛けるのも手だが、あまりに勝ち筋が薄い。
手数で圧倒されている状態で無理に攻勢に出れば、ベビーから叩かれてあっという間にこちらが力尽きることになる。
攻勢に出られるのは、取り巻きのベビーの数を減らし、女王の隙を引き出せてからだ。
俺はルストクイーンの巨大な鎌の大振りを、辛うじて紙一重で捌いていく。
死角から噛みついてくるベビーを、盾で殴って跳ね飛ばす。
女王と配下の猛攻を全力で凌ぎつつ、俺は頭で計算する。
重騎士のステータス。
そして、クイーンとベビーの推定ステータスと、現時点で判明している各スキル。
俺がヘイトを買っているベビーの数。
防御に徹していても、クイーンを正面から相手取り続けながら、死角を狙うベビーの猛攻を凌ぎ続けるのは不可能だ。
ルーチェ達も疲労とMP切れ、士気の低下でベビー退治が鈍化していく。
そしてその間に女王の〈悪疫の暴風〉が飛んでくる。
〈魔銀の笛〉の二人の動きは、俺の期待をやや下回っていた。
ただ、これは本人らの落ち度ではない。
彼らは猛毒に冒されており、戦況も指揮も滅茶苦茶な状態で頭目が逃げ出したのだ。
このまま戦っていれば、最善を尽くしてもこちらが順当に敗北する。
気づきたくない事実に、俺は気付いてしまった。
俺の頭に敗北が過ぎった、正にそのときだった。
戦場に歌声が響き渡る。
声の方を見れば、アイネがお供の冒険者と共に、ルーチェ達の加勢へと飛び込んでいた。
踊り子のスキル、〈慈悲の静夜曲〉だ。
人間に対してのみ有効な範囲回復魔法。
これによって、乱戦時でも近くの複数の味方に対して回復を齎すことができる。
「フラングの側近のアイネ……!」
てっきりフラングと共に逃げ出したものかと思っていた。
踊りの子の支援があるのならば、まだ立て直せるかもしれない。
「あのバカは一人で逃げやがったわ! いい? 死にたくなかったら、全力で戦いなさい! 生きて戻ったら、アイツのクラン不正、あることないことぶちまけてやるわよ!」
アイネが吹っ切れたようにそう吠える。
新たに加わった加勢が二人。
これでベビー討伐組は三人から五人になった。
これならば行けるかもしれない。
アイネは戦刃輪を取り出し、回復から前衛へと切り替えようとしていた。
最低限の回復は終えたので、白兵戦に加担するべきだという判断だろう。
「待ってくれ!」
俺はそれを大声で制した。
「〈慈悲の静夜曲〉を続けてくれ!」
「何を言ってるの? 戦況が不安定なんだから、少しでも前衛がいた方がいいでしょう!」
「一部の回復スキルは、状態異常の持続時間を減らす副次効果を持つ!」
初期の〈マジックワールド〉は状態異常を持つ敵が強過ぎたためにキャラビルドが狭まる傾向にあり、その救済措置として追加された仕様だ。
もっとも状態異常への対策不足が悪いというゲーム側のスタンスに変わりはなく、あくまで細やかな恩恵であってそこに頼っていては攻略は安定しないのだが、現状あるとないでは大違いである。
「そんな与太話に頼ってる場合じゃ……!」
「アイネの姉御……! アイツ、ずっと親玉相手に単騎でタンク熟してるんですよ! ブレス攻撃も、直前に見抜いて動いてました! 若造ですが、恐らく相当な修羅場を潜ってる冒険者……従ってて、損はないはずです!」
ルーチェの補佐をしていた片割れが、アイネをそう説得する。
「それにフラング様のビルドミス、一目で看破してたじゃないですか!」
「た、確かに……」
まだ悩んでいた様子のアイネだったが、その一言で完全に考えが変わったようだった。
尻目にチラリと俺を見た後、前衛を退いて〈慈悲の静夜曲〉の歌唱を始めた。
あのときは地雷を踏んで不要な火種を作ってしまったと思っていたが、意外な形で役に立つことになった。
恐らく〈魔銀の笛〉のこの場のトップはアイネだ。
彼女に認めてもらえた以上、今ならばある程度の指揮は通る。
これならば、ルストクイーンの討伐もできるはずだ。
「聞いてくれ! 実は俺は、コイツと同じ魔物の話を聞いたことがある! 特徴も戦い方も一致している。まず間違いない!」
俺は声を張り上げる。
〈魔銀の笛〉が、俺へと意識を移したのがわかった。
無論、この話は大嘘だ。
俺自身、ルストクイーンなど、見たことも聞いたことも初めてだ。
個別の存在進化体は、完全に情報が追えるものではない。
連中の関心を引き、信頼を得るためのハッタリだ。
彼らが俺の話を信じ込めなければ、この勝負に勝ち目はない。
「虫共は〈狂化の共鳴〉で強化されている。このスキルは群れのターゲットが集中しやすくなる厄介な性質を持つが、裏を返せば連中が無用な執着を見せるということ。ターゲットを読み切れば、正面から奴らの隙を突くことができる! 後衛クラスの護衛にリソースを割き過ぎる必要もない!」
それが〈狂化の共鳴〉の最大の弱点でもある。
魔物が冒険者を一体ずつ確実に落としてくるのは厄介ではあるが、それはスキルに思考を制限されているということでもある。
明確な意図を持ったターゲティングではなく、ただスキルの性質として、群れが攻撃している相手に対して機械的に矛先が向くだけだ。
「長引いて持久戦になればこちらが敗れる! MP温存を止めて、一気に仕掛けてくれ! 魔法職も一歩前に出てほしい。敵の数を減らしたところで、一気に女王を討ち取る!」
連中にも迷いはあったようだが、すぐ俺の言葉に従ってくれた。
従来の司令塔が、散々迷走を重ねた挙げ句、単身で撤退済みなのが幸いしたようだ。
〈魔銀の笛〉の冒険者達は、守り重視から一転攻撃的な陣形へと切り替え、ターゲットにされた冒険者を囮に、相手の隙を突くように動き始めた。
俺は女王の鎌を〈パリィ〉で往なす。
〈魔銀の笛〉は順調にルストベビーの数を減らしてくれている。
後は女王の守りが薄くなった隙を突いて、一気に親玉を叩いて倒せばいい。
女王の大鎌に弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
俺は剣を掲げて重心を整え、素早く体勢を持ち直す。
そのすぐ背後から、ルストベビーが迫ってきていた。
「しまっ……!」
「〈竜殺突き〉!」
そのルストベビーの首の付け根目掛けて、素早く飛んできたルーチェが刺突を放つ。
〈奈落の凶刃〉の髑髏のエフェクトと共に轟音が響く。
関節を砕かれたベビーは、その場で四散して息絶えた。
「ルーチェ!」
「向こうに余裕ができたので、こちらのカバーに来ました!」
俺は改めて、〈魔銀の笛〉のメンバー達へと目を向ける。
戦況は大分改善されており、しっかりベビー達を引き付け、その数を減らしてくれている。
こちらにはルーチェも加勢してくれており、女王の護衛に回っているベビーの数もすっかり減っている。
タンクとしての時間稼ぎはここまでだ。
ようやく女王討伐に専念できそうだ。
「よく来てくれた! このまま鋼鉄の女王を討伐する!」




