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大ハズレだと追放された転生重騎士はゲーム知識で無双する  作者: 猫子
第四章 宵闇の狩人

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第十二話 錆びた女王

 錆びた肉塊のような化け物が馬車を踏み潰す。

 鰓のような奇妙な器官が動く度に幼体が押し出され、木材の断片や積み荷を貪欲に食い荒らし始める。

 幼体の数は既に十二体となっていた。


「な、なんですかあの、不気味な化け物……」


 ルーチェは奇怪な肉塊から幼体が這い出てくる様子を呆然と見つめる。


「〈夢の主〉ではないが、存在進化した魔物のようだ」


――――――――――――――――――――

魔物:ルストクイーン

Lv :84

HP :666/666

MP :212/212

――――――――――――――――――――


 レベル84……不意打ちでエンカウントするにはあまりに重い相手だ。


 〈鉱虫(こうちゅう)森洞(しんどう)〉にはデスサイズという、大鎌を有するカマキリの鉱虫が存在する。

 素早さはないが鉱虫らしくタフで頑強であり、巨大な鎌で即死攻撃を振り乱す。

 〈嘆きの墓所〉のパッチワークと同じく、遭遇した際に逃走することを想定されたレアモンスターである。


 恐らくルストクイーンは、デスサイズが存在進化を経た魔物だ。

 外に漏れたデスサイズが誰の手にも負えず放置された挙句、いつの間にやら存在進化の条件を満たしてしまったのだろう。


 元が〈夢の主〉でないのは救いであった。

 レベルは高いが、ステータスは飛び抜けて高いわけではなさそうだ。

 ただ問題なのは、コイツが際限なく配下を量産するタイプの魔物であることだ。


「厄介だな。できれば相手取りたくないタイプの魔物だ」


 存在進化した魔物はただでさえ動きが読めない。

 加えて、この手の配下を呼び出すタイプの魔物は、冒険者が戦況を制御しきれずに死者が出やすい。

 

「ひい……助け、助けてください!」


 壊された馬車の御者の男が叫ぶ。

 俺はルストクイーンの影を踏みつけ、足を大きく後退させた。

 ビクともしなかったが、身体を引かれたことに気付いたルストクイーンは、その動きが停止した。


「せいやっ!」


 ルーチェは幼体の頭を踏んで軽やかに跳び、ルストクイーンの頭部にナイフの一撃を加えた。


 大したダメージには至らなかったようだが、奴の気を引くには充分だった。

 人面のような甲殻が持ち上がり、俺達の方へと向けられる。

 無機質な仮面の下から、奴の本物の真っ赤な双眸がこちらを睨んでいた。


「ギギギギギギギギギ!」


 ルストクイーンが不気味な咆哮を上げる。

 それを聞いた幼体共の目の色が変わる。

 

 これは〈狂化の共鳴〉だ。

 虫系統の一部の魔物が有しているスキルである。

 同系統の魔物にバフ効果を掛ける上に、連中のターゲットが集中しやすくなる厄介な性質を持つ。


 幼体共が一斉に俺へと群がってくる。

 俺は〈シールドバッシュ〉と〈パリィ〉で辛うじて往なすが、全く攻撃に転じる余裕がない。


 ルーチェも幼体へ〈竜殺突き〉を放とうとしていたが、別の個体に横槍を入れられて体勢が崩れて失敗していた。

 彼女は幼体に齧られそうになり、大きく背後へ跳んで立て直す。


「キリがありません。エルマさんに引き付けていただいている間に、本体を叩くしか……!」


「駄目だ! 手数で劣る今、相手の群れの隙を突くのは困難だ! 死角から攻撃を受ける!」


 それにルーチェは〈死神の凶手〉で強力なアタッカーとなったが、大きな弱点がある。

 クリティカルが出せなければ火力を伸ばせないことだ。

 〈死神の凶手〉はクリティカルの強化がメインであり、他に伸ばしているスキルツリーは幸運強化の〈豪運〉であるため、クリティカルがなければどうしても火力不足になってしまう。


 クリティカルは相手の隙を突き、完璧な体勢で攻撃を放つ必要がある。

 幼体がダース単位で女王を守っている以上、それらを掻い潜ってクリティカル攻撃を狙うような余裕はない。


「今はとにかく幼体を減らしつつ、奴の行動パターンを見極める!」


 俺は叫んでルーチェへ指示を出す。


 ただ、そう上手くもいかないだろう。

 レベル84の魔物がそう生温いはずもない。

 幼体の相手をしている間に、向こうも何かしら仕掛けてくる。


 本体であるルストクイーンを野放しにしておくのは不味い。

 どうにか接近して、タンクである俺が奴の気を引き続ける必要がある。


「御者はオレに任せてくれ!」


 俺の背後を追ってきていた〈魔銀(ミスリル)の笛〉の剣士が、素早くルストクイーンの死角を突いて御者の傍へと駆け寄り、寄ってきていた幼体を剣で牽制する。


「馬車壊しやがったな化け物め! ギルドの評価が下がったらどうしてくれる!」

「ハッ、獲物横取りされて暴れ足りねえと思ってたところだ!」


 他のクランの冒険者が二人、俺達の許へと駆け付けてきた。

 そのお陰で幼体のターゲットが分散された。


 俺は幼体の合間を縫って先へと進み、ルストクイーンへと肉薄する。

 俺の剣を、ルストクイーンの鎌が軽々と弾いた。


 体勢を崩した俺目掛けて、逆側の鎌が振り下ろされた。

 回避は間に合わない。

 咄嗟に〈マジックシールド〉のスキルで盾を強化して受け止めた。

 MPをそれなりに費やしたのだが、鈍器で殴られたような衝撃が全身を襲った。


「ぐっ!」


 幼体共を警戒しつつ、ルストクイーンが追撃し辛い座標へと跳ぶ。


 想定以上の攻撃力だ。

 本体のヘイトを引き付けているだけでせいいっぱいだ。


 どうにかこの間に〈魔銀(ミスリル)の笛〉に幼体の数を削ってもらうしかない。


「フラング様、私達も助太刀に向かいましょう!」


 後方からアイネの声がした。

 どうやら彼女の隣にフラングもいるようだ。


 クランマスター補佐の炎剣士フラングに、彼の側近である踊り子のアイネ。

 彼らが加勢してくれれば状況は大きく好転する。


 炎剣士は高威力スキルで敵の数を削ってくれる。

 踊り子は多対一での白兵戦に長けており、味方複数名に対して同時掛けできるバフスキルも持つ。


「いや……待て、アイネ。あの生意気なガキがくたばるまで、もう少し様子見するとしよう」


 フラングがニマリと笑う。

 俺はその言葉に、耳を疑った。


「フ、フラング様……?」


 さすがにアイネも動揺しているようであった。

 声が震えている。


 俺は幼体の猛攻を剣で凌ぎつつ、尻目に彼らの様子を観察した。


「な、何を言っているの? レイド中の利敵行為は、冒険者証の剥奪処分になりかねない……。挙げ句、命まで落としたとなれば大事になるわ!」


「それを誰がどう証明すると? あのガキはこの俺を散々コケにしてくれた挙げ句、俺が譲歩して出してやった和解案も無下にした。当然の報いだろう? 奴がくたばれば、奴の魔虫銀(インヴェダイト)も全て我々のものだ。わざわざクランぐるみで狙っているレイドに不用意にちょっかいを掛けてきた奴が悪い」


「そもそもウチの冒険者も余裕がない状態なのに……!」


「フン、急いて余計な手出しをしたな。相変わらず頭の回らん奴らだ。なに、くたばるのは、タンク張ってるあのガキからだ。とにかく、お前は動くな。この俺の命令が聞けんか?」


 どうやら本気らしい。

 部下の前で再三プライドを傷つけた形になっていたため、予想以上にフラングから恨みを買っていたようだ。

 今回のレイドが、フラングと銀面卿の権力争いに大きく関与していたことも一因だろう。

 だとしても、危険を冒して乱戦の中、盾役を買って出た俺の背を刺しに来るとは思っていなかったが。


「ギッ、ギギ!」


 また幼体二体が纏わりついて来る。

 本体の気をもっと引きたいのだが、どうにもその隙さえ回ってこない。


 このままではルストクイーンにまともなダメージを与える機会がないまま、ずるずるとこちらの戦力を削られていく一方だ。


 そのとき……ルストクイーンの鰓のような器官が閉じて、息を吸い込む。

 硬質の腹部がボコッと金属音を立てて膨れた。


「ブレス攻撃だ! 全員、下がれ!」


 俺は地面を蹴って前に出た。

 最前線に立つ俺は、半端に距離を取るより敵に接近した方が安全だ。


「ギイイイイイイイイ!」


 どす黒い息吹がルストクイーンの口から噴出した。

 〈悪疫の暴風〉だ。

 このスキルは不味い。

 ブレス攻撃の中でも射程が恐ろしく長く、威力も高い猛毒の息吹である。


 俺は大きく前方へ飛び込み、盾で地面を弾いて一回転し、辛うじてルストクイーンの頭部を横切った。

 辛うじて〈悪疫の暴風〉を避け切ることができた。


 ルーチェもルーチェで、魔物の頭部を踏んで高く飛び上がり、素早く近くの岩塊の上へと非難していた。

 ブレス攻撃は基本的に射程が長いため、ルーチェ程身軽であれば、位置によっては空中へと逃れた方が被害が抑えられる。

 ブレス攻撃という言葉を耳にした瞬間、素早く動いていた。

 以前、対応を教示しておいたのが幸いした。


「ぐううっ!」

「馬鹿な、ここまで届くとは……!」


 ただ、〈魔銀(ミスリル)の笛〉のルストベビーを相手取ってくれていた二人が、ブレスの間合いを見誤ってモロに〈悪疫の暴風〉の餌食になった。

 救助されたばかりの御者も距離があったため毒煙の薄い方だったとはいえ、冒険者でなくレベルの加護がなかったため、顔を真っ青にしてその場に倒れていた。

 護衛していた剣士が慌てて抱き起こしている。


 敵に囲まれた挙句、二人の冒険者が毒を受けた。

 毒状態では速度が低下する。

 これでは御者を救出して逃げようにも、彼らがベビーの大群の餌食となる。


 ルストベビーを巻き込む形で放ってきたが、どうやら連中は毒に対する高い耐性を持つらしい。

 身体を丸めて身を守っていたが、〈悪疫の暴風〉が通過し終えたことを確認すると、再び手足を伸ばして動き始めた。


 存在進化の魔物の最も厄介な点は、その情報のなさだ。

 ルストクイーンが強力なブレス攻撃を持っていて、ルストベビーがその攻撃に耐性を持つと事前に知っていれば、こんな惨状にはならずに済んだ。


 戦況は最悪だ。

 毒煙をくらった〈魔銀(ミスリル)の笛〉の二人は、このままでは弱ったところをルストベビーに囲まれて命を落としかねない。

 御者を抱えている冒険者には彼らを助ける余裕がない。


「ぐっ……この、役立たず共め! どこまでも俺の足を引っ張りやがって」


 フラングが歯軋りを鳴らす。

 この期に及んでまだ俺がくたばるのに期待しているのか、彼は一向に距離を保ったまま動こうとしない。

 アイネと、援軍として駆け付けた別の冒険者は、フラングの傍らで、彼と、戦場の様子を怪訝げに窺っている。


「フラング様……さすがに一刻も早く応援に向かう必要があるでしょう!」


「そんなことわかっている! それを踏まえた上で、どう動くべきか考えているのだ! 女が俺に口応えをするな!」


 アイネが怒声を上げれば、フラングも青筋を浮かべて応戦する。

 フラングは怒鳴った後、頭を押さえる。

 懸命に冷静になろうと努めているようだ。


 俺は周囲を見る。

 毒煙が薄れていく中、異様なことに気が付いた。


 ルストベビーの数が半分以下に減っている。

 毒煙に紛れて姿を消したのだ。


「どこへいった……?」


 ルストベビーは毒への完全耐性を持っているわけではない。

 だからこそ殻を固めて守りに徹していたのだ。


 だが、だとしたら防ぐ以外にも対応策があるはずだ。

 何故ならば連中は、元々地下から攻めてきたのだから。


 ルストベビーの半数は、煙に乗じて地下へと潜ったのだ。


「アイネよ、俺が判断を見誤ったことは認めよう。あの魔物は危険過ぎる。だからこそ一番傷が浅く済む術を見極め、そこに徹する必要が……」


 フラングは苛立ったように指を噛み、傍らの部下二人へとそう話していた。

 その彼らの周囲の地面が、ボコッと大きく隆起した。


「フラング、後ろだ!」


 俺が叫んだのと、それは同時だった。

 地面を喰い破って現れた二体のルストベビーが、フラング達三人を一気に強襲した。


「ぐうううっ!」


 丁度死角を取られていたフラングは、ルストベビーの鎌に胸部を深く斬られ、続いて腕へとその牙を受けていた。


「こ、この、鉄屑虫共が!」


 フラングは叫びながら、炎を纏った刃を振り乱す。

 ルストベビーに一撃を加えて距離を取ることには成功したものの、あちらの三人もダメージを負って体勢を崩され、一気に戦況が悪化した。


 負傷者だらけで陣形はバラバラだ。

 俺はどうにかルストクイーンを引き付けつつ奴の攻撃を捌いているが、そもそも指揮が乱れているためルストベビーの数がまともに減らせていない。


 ルーチェが〈ドッペルイリュージョン〉を駆使して分身体と軽快な動きでルストベビーの群れを翻弄して隙を作り、そこを毒状態の二人がどうにか攻撃しているものの、あまり戦況は好ましくない。

 ルストベビーは多少減ったところで、親玉であるルストクイーンが次を生み出していくためキリがない。


 ルーチェ達がルストベビーを二体減らしたとき、丁度俺と対峙しているルストクイーンの身体から、卵鞘の残骸と共に新たに二体のルストベビーが這って出てくるところであった。


「ギ……ギギ……」

「ギギ……ギ……」


 生まれ落ちたばかりのルストベビーの眼光が俺へと向けられる。


 スキル〈産卵〉。

 〈マジックワールド〉でも他の魔物が使用するところを見たことがあるが、実際リアルとして目前で体感すると、その嫌悪と恐怖は桁違いであった。


 俺は呼気を整え、剣先をルストクイーンへと向ける。


 とにかく、彼らが体勢を立て直してくれると信じて、俺はコイツの気を引き付け続けるしかない。

 ルストクイーンがベビーと戦っているルーチェ達へと妨害に出れば、この戦線は一気に崩壊する。

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― 新着の感想 ―
漫画版とちょっと展開違うんですね フラングが非を認めてて作戦考えてるシーンたしか無かったから今回で印象ちょっと変わったかも
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