第九話 幸運のスカラベ
「〈ダイススラスト〉ッ!」
「ギイイイッ!」
当然の如く【6】の目を引き当てたルーチェの一撃によって、オレアントの巨躯が軽々と吹き飛んでいく。
〈竜殺突き〉でクリティカルを出すには、完全な体勢から繰り出す必要がある。
今回は振り遅れたと判断したルーチェは、咄嗟に運任せの〈ダイススラスト〉へと切り替えたようだ。
オレアントの防御力や回復量は馬鹿にならないので、ルーチェの通常攻撃で倒し切るのはかなり苦しい。
多少ダメージを与えた後であっても、結局クリティカルのワンパン頼みになる。
であれば〈ダイススラスト〉を撃つのは大正解だ。
順調にオレアント狩りは進んでおり、俺とルーチェは合計十体のオレアント討伐に成功していた。
ルーチェの強みが綺麗に嵌っており、ここまで苦戦らしい苦戦はない。
さすがに四体以上のオレアントに囲まれていれば厳しい戦いになっただろうが、フラング率いる〈魔銀の笛〉が分散してくれているのが助かっている。
お陰で四体以上を同時に相手取るようなことにはならずに済んでいる。
ここまで集めた〈魔虫銀の石塊〉の数は既に四つになる。
「一つ二千六百万ゴルドだから、これで一億ゴルドの大台だ。この大台に乗ると、今日のノルマは達成できたという気になるな」
正確にはオレアントの魔石が三百五十万ゴルド前後になるため、一億四千万ゴルドといったところか。
「絶対感覚おかしくなってますよお……。ケルトさんみたいな突っ込んでくれる人がいないと、なんだか不安になってきます」
ルーチェが頭を抱えてその場で屈む。
ここまで順調に事が進むのであれば、アイツも誘ってやればよかったか。
〈魔銀の笛〉との対立関係になるのが見えていたので下手に巻き込むまいと誘わなかったのだが、後で儲けた額を知れば恨まれそうだ。
「ようやく二体目のオレアントを倒せたぞおっ!」
「でかした! ドロップは……!」
「今回も何も出ませんでした!」
「クソッタレがぁあああっ!」
フラングは怒りで顔を真っ赤にして、地団太を踏んでいる。
〈魔銀の笛〉の方は、まだまだ難航しているようだ。
さすがに六人いるだけあって、どうにか相手の数を減らせ始めてきたようだが、このペースでは彼らがまともに魔虫銀を手にできることはなさそうだ。
「戦闘中は特に、連中と余計な接触はしたくない。彼らからは距離を保ちつつ、オレアント狩りの継続を……」
――と、そのときだった。
部下に怒鳴りつけていたフラングの身体が、突如豪速で向かってきた魔物に跳ね飛ばされて宙を舞った。
「おぼぉっ! ク、クソ、何が起きた!」
地面を転がり、泥だらけになったフラングが身体を起こす。
「アレは……」
遠目に見ていて、俺は思わず息を呑んだ。
フラングを跳ね飛ばしたのは、黄金の輝きを纏う、巨大なコガネムシであった。
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魔物:天運のスカラベ
Lv :77
HP :38/38
MP :64/64
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出た……!
成金ラーナと同じ部類の、ボーナスモンスターの一体だ。
レベルは高いが、本体の攻撃性能は低く、代わりに防御力と素早さが桁外れに高い。
一気にレベル上昇を見込むチャンスとなる魔物である。
ただ、天運のスカラベは、成金ラーナと違って逃げ回るだけではない。
乱戦中に突っ込んできては、混乱を招く魔法スキル〈パニッカ〉を出鱈目に放ちながら戦場を往復し、散々荒らした後にダッシュで逃げていくのだ。
成金ラーナとは比にならない、相当迷惑な魔物である。
状況次第で逃げた方がいいのが明白なのだが、天運のスカラベは〈マジックワールド〉プレイヤーが血眼になって集めていた超レアアイテムをドロップする。
それ故に判断能力を失い、デスペナルティに追い込まれたプレイヤーは数知れずである。
「異様なステータスに、光沢のある特徴的な外見……ボーナスモンスターに違いない! 逃がすな、そいつからぶっ倒せ!」
フラングが叫ぶが、部下達はただでさえオレアントの群れに手いっぱいである。
天運のスカラベの相手をしている余裕などあるわけがなく、巻き散らかされた混乱魔法で大パニックへと陥っていた。
当然のように回復役の手が回らなくなり、悲鳴と怒声が飛び交っている。
「舐めてくれるんじゃないわよ……!」
フラングの右腕であるアイネが、華麗に舞うように跳んでスカラベへと飛び掛かる。
踊り子の〈妖精舞踊〉のスキルだ。
舞に則って動くことで、自身の移動速度を高めることができる。
アイネはそのまま流れるように〈竜爪舞〉のスキルへと切り替える。
こちらは舞に則って動くことで、攻撃力と攻撃速度を高めることができる。
彼女は手にした戦刃輪で、素早くスカラベの背を殴りつけた。
だが、スカラベの体表には、掠り傷一つついていなかった。
「う、嘘……!」
アイネが地面に降り立ち、呆然としたようにスカラベの背を睨む。
スカラベの防御力は【500】である。
最低でもその半分、【250】の威力の攻撃をしなければ、ただの1ダメージも通らない。
まともに殴ってもまずダメージは通らない。
この手の魔物はクリティカルで叩き割るのが一番だ。
なにせクリティカルは攻撃力が跳ね上がる上に、防御力への50%の貫通効果が付与される。
俺は目前のオレアントへと背を向け、連中の許へと駆け出した。
「ルーチェ、援護に向かうぞ!」
「は、はい!」
俺の声に反応したルーチェが、すぐに俺の前方へと躍り出た。
スカラベの経験値とドロップアイテムが惜しい……という気持ちはゼロではないが、あのままでは〈魔銀の笛〉に死者が出かねない。
彼らとは対立寄りの関係ではあるものの、さすがにそれは見逃せない。
「〈ダイススラスト〉の方が威力は高いが、今のルーチェならば〈竜殺突き〉の一発で充分仕留めきれる。ギャンブルに出る必要はない」
「は、はい! でも、あんな速い魔物に〈竜殺突き〉が当たるでしょうか……?」
ルーチェの懸念ももっともだ。
〈竜殺突き〉は大振りな上に、少しでもタイミングがずれればクリティカル扱いにはなってくれない。
素早い魔物相手に成功させるのは至難の技だ。
「大丈夫だ。天運のスカラベは直線的に移動する性質を持つ」
素早く走る虫がモチーフの魔物だからだろう。




