第五話 虫退治の依頼
翌日、俺とルーチェは〈魔銀の笛〉と接触する機会を探るため、ギルドで書類漁りをしていた。
「B級中位の冒険者が主戦力……錬金術で手軽に儲けられる依頼を探しているはずだ。薬草や鉱石、刻印石の素材辺りを狙ってくるだろうな」
「あいよ。こんなのでお前らに貸し作れるなら楽なもんだぜ」
ケルトが鼻歌交じりに書類を捲る。
ギルドで居合わせたケルトにも、手を貸してもらっていた。
彼は上級冒険者としての経験があり、勘も鋭い。
「前に酒場の賭博で嵌められたのを助けてやったのはノーカンか?」
「わ、わかってるよ! ちょっと言ってみただけじゃねえか!」
ケルトは顔を赤くして、ぶつくさと文句を垂れながらメモを取っていた。
ぶっきらぼうな態度に反して、マメで作業が丁寧なのも信頼できるポイントだ。
〈嘆きの墓所〉ですぐ異常事態を察知できたのも彼の功績が大きい。
「ただよ、〈魔銀の笛〉にちょっかい掛けるのは止めといた方がいいと思うぜ」
ケルトがちらりと俺を見る。
「あんまり行儀のいいクランじゃねえ。狩場の独占、脅迫、暴力沙汰、なんでもござれだ。ボスの銀面卿も恐ろしく腕の立つ剣士らしいが、素顔や出自が一切不明らしい。元山賊か、素行不良で追い出された貴族仕えの元騎士じゃねえかって話だ」
「なるほど……元貴族仕えか。可能性は高いな」
錬金術師を抱え込んで冒険者を指揮して効率的に稼いでいるクランだ。
一般冒険者以上に〈夢の穴〉の情報を抱えている可能性が高い。
「装備が欲しい気持ちはわかるが、鎧一つのためにそこまでリスクを負う必要があるか?」
「あるぞ。レベルと装備は命の次に大事だからな」
「お、おう……そうか。お前って、堅実に見えて意外と愚直だよな」
断言した俺に対して、ケルトが戸惑った表情でそう答えた。
……レベルと装備に拘泥し過ぎるのは、〈マジックワールド〉プレイヤーの価値観を少々引き摺り過ぎているのかもしれない。
「ま、あんまり虎の尾を踏まねえようにな」
「場合によっては〈魔銀の笛〉から錬金術師を引き抜きたい」
「エルマァ!?」
俺の返答に驚いたのか、ケルトが手から書類の束を落とした。
「お前……そんなことして無事で済むわけねえだろうが!」
「上を目指すのであれば、今後も錬金術師の手を借りたい。それに……俺の仮想敵は〈夢神の尖兵〉だ」
抱え込んだA級冒険者はカロスだけではないだろう。
王国以上にクラスや〈夢の穴〉の知識を有し、世界の崩壊を目論む連中だ。
カロスを討伐した以上、連中も俺達をマークしているはずだ。
今更柄の悪いB級クランを敵に回す程度、なんてことはない。
「だったら、これ以上は何も言わねえが……それでも気を付けろよ」
「……まあ、エルマさん、ギルド長からも、ハーデン侯爵からも気に入られてますからね。どちらかというと、目を付けられた相手方が可哀想だと思います。銀面卿さんも、とてもじゃないですがカロスさん以上だとは思えませんし……」
ルーチェが苦笑いしながらそう漏らした。
「……冷静に考えりゃそうだったな。物腰低いから忘れてたが、ちょっと上手く立ち回ってるチンピラクランのボスより、王国北部牛耳るハウルロッド家に気に入られてて、〈黒き炎刃〉を討伐したお前のが化け物だったよ」
ケルトもそう溜め息を吐く。
……カロスを倒せたのは、ルーチェ達がいたからこそなのだが。
俺は居心地が悪くなり、額を掻きながら書類へと目を落とした。
しかし、候補は出てくるが、決定的なものがなかなか見つからない。
そう考えていたとき、ルーチェが一枚の書類を落とした。
「あっ……!」
紙が宙を舞い、俺の方へと落ちてくる。
俺は席を立ち、その紙を拾い上げた。
「ありがとうございます、エルマさん」
「〈交易路の間引き〉の大規模依頼……」
どうやら〈夢の穴〉から溢れてきた魔物が近隣の森に居着き、都市間の交易路にまで出てくるようになったそうだ。
とっくに大本の〈夢の穴〉は攻略済みのようだが、既に外へ漏れ出た魔物達は消えてくれない。
冒険者を複数人雇い、一気に根絶やしにしたい、とのことだ。
ただ、問題は出没する魔物の特徴である。
錆びた金属のような外観をしており、防御力が高いのだという。
俺はそれに覚えがあった。
「〈鉱虫の森洞〉……」
推奨レベルは〈水没する理想都〉と同じレベル80だ。
恐らくこの〈夢の穴〉から溢れてきた魔物なのだろう。
鉱虫とは、金属の外殻を有する虫系統の魔物達のことである。
ドロップ率は少々低いが、かなりレベルの高い防具の素材となる。
「でかしたぞ、ルーチェ……これだ!」
レベル帯やドロップアイテム、共に〈魔銀の笛〉の条件に合っている。
連中が鉱虫について知っていれば間違いなく出張ってくるだろうし、仮に知らなくても未加工の金属素材を大量に抱えた冒険者がいると知れば、相手から接触してくるかもしれない。
「ア、アタシ、何もしてませんよお!?」
俺の声に驚いたルーチェが、びくりと身体を震わせた。




