第十四話 〈技能の書〉
俺は商店街の、冒険者向けのアイテムを扱っている店へと訪れていた。
〈ヒールポーション〉や〈煙玉〉、〈囮人形〉なんかが並べられている。
〈ヒールポーション〉……その名の通り、飲めば回復できるアイテムなのだが、〈マジックワールド〉では少々使用に手間が掛かる。
アイテムの質にもよるが、充分な効果を発揮するためにはそれなりの量を飲む必要がある。
取り出してから口に含んで飲み切るまで、ちょっとした時間が掛かる。
その時間はかなり大きな隙になる。
おまけに飲んでからのHP回復は、時間を掛けてゆっくりと行われるため、敵の与えてくるダメージに間に合わないことも多い。
要するに、戦闘中に連続使用してゴリ押すような真似はなかなかできないということだ。
回復系のスキルも同様に、どうしても隙を晒してしまうタイプのものが多い。
まあ、それでもダンジョンに潜るのに、回復手段を買っていかない理由にはならないのだが。
「〈ヒールポーション〉を三つ頼む」
俺は女店主へと声を掛けた。
「はいはい、七万二千ゴルドですよ」
なかなかいい値段をする……。
だが、ここでケチって万が一でも回復手段を切らせば、それが死に直結しかねない。
ここで買っておかない手はない。
「一つ聞きたいんだが、〈技能の書〉はどこで買える? どの店を覗いても見当たらなかったんだが……」
そう、俺の主目的は〈技能の書〉である。
〈技能の書〉というのは、スキルではなく、スキルツリーを丸々獲得するためのアイテムだ。
〈重鎧の誓い〉のようなクラス専用スキルツリーの〈技能の書〉は存在しないが、〈初級剣術〉や〈攻撃力上昇〉のような汎用スキルツリーを獲得することができる。
もっとも保持できるスキルツリーは基本的に一人三つまでなので、どれか一つは消去することになる。
この際にスキルポイントを振っていれば、そのポイントは消滅する。
俺が欲しいのは〈燻り狂う牙〉の〈技能の書〉である。
正直な話、重騎士は〈燻り狂う牙〉を手に入れるまでがチュートリアルのようなものだ。
あれがなければ話にならない。
〈重鎧の誓い〉のスキルと〈燻り狂う牙〉のスキルが奇妙な噛み合い方をして、条件さえ整えば攻撃特化クラスの数倍のダメージを叩き出せるようになるのだ。
完成された重騎士は防御特化のクラスではない。
攻撃特化のクラスと呼んでもまだ齟齬がある。
大ダメージ技を連発する人間兵器のようなものだ。
無論、装備を切り替えて防御型に移行することもできるが……。
一日でも早く手に入れたいところだが、〈燻り狂う牙〉の〈技能の書〉はレアアイテムである。
ただ〈燻り狂う牙〉を採用するクラスは少ないので、そこまでの金額にはなっていないはずだが、問題は店にあるかどうか、といったところか。
「あー……お客さん、何も知らないんですね……。もしかして、最近クラスを得たばかりの、一年目の方ですか?」
「む……?」
「〈技能の書〉の売買は禁止されてるんですよ。手に入れた人が自分で使用するのは認められていますが、それ以外は冒険者ギルドが買い取って、貴族や教会へ流すことになっています」
俺はがくっと肩を落とした。
「う、嘘だろ……?」
自力で〈燻り狂う牙〉の〈技能の書〉のドロップを目指すのは、正直無理がある。
〈マジックワールド〉でもピンポイントで欲しいアイテムのレアドロップを目指すのは苦行だとされていた。
だいたい意図していないときに偶然手に入れるものであり、狙っているときに限って落ちなくなるとは、〈マジックワールド〉に限らず何のゲームでもよくいわれていたことである。
特に現実となったこの世界では、体力的な問題で日に何度も〈夢の穴〉を潜り続けるなんて不可能だ。
ゲームから貴族の力が異様に強くなっているのは感じていた。
いや、しかし、まさかこんなことが起きていようとは。
おのれ、貴族共め。
いや、俺もその一員なのだが。
なんなら都市ロンダルムで徴収された〈技能の書〉は、俺の実家のエドヴァン伯爵家が独占している可能性が高い。
「あー……仕方ないですね。やたらめったら教えるのはご法度なんですが、特別ですよ。〈ヒールポーション〉のオマケってことで。ここへ行くといいです」
女店主はくすりと笑い、紙に簡単な地図を描いて俺へと渡した。
「これは……?」
「剥ぎ屋のアイテムを扱ってるところですよ。それ以外にも、非合法に売買されてる〈技能の書〉もあります」
「非合法なのか……」
剥ぎ屋はわかる。
要するに冒険者の死体漁りである。
ただ、本来はその手の遺品は、冒険者ギルドに報告して届ける必要がある。
「半ば暗黙の了解ですよ。冒険者ギルドも、この手の闇店の存在を知って放置しています。あんまり堂々と表沙汰になったら、取り締まらざるを得ないでしょうが……。剥ぎ屋でもやらないと生きていけない冒険者の方もいますし、ちゃんと手続したって遺族の手に渡るというより、大半は貴族の懐に入るだけです。〈技能の書〉だって、貴族達は安値で巻き上げて、使いもしないのに溜め込んでるんです。慣例だし、自分は得するからわざわざ変える気もないって感じでしょうね。冒険者達の苦労も知らないで」
「そ、そんなものか……」
……聞いていて胸が痛い。
そういった形態になっているとは、十五年間全く知らなかった。
剣の鍛錬ばかりやってきたためか、とんだ世間知らずになってしまっていたようだ。
前世の記憶が戻るまであの傲慢クソ親父に心酔していたのは、間違いなく俺の価値観が狭かったためだろう。
今思えば、エドヴァン伯爵家は、当主以外は奴隷のような状態であった。
もし前世の記憶が戻らず順当に剣聖になっていたら、俺も自然と父親のようになっていたのかもしれない。
そう考えると少しぞっとする。
この世界では貴族家の当主の横暴を受け入れるのが普通のことなのかもしれないが、俺はあの価値観から脱せてよかったと心から思う。
「ああ、勿論この店のことは、エドヴァン伯爵家や、都市代官には内緒ですよ」
「勿論だ」
自分がその子息であるとは、口が裂けても言えなかった。
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