第三話 新たなる鎧を求めて
ルーチェの装備の一新が終わった後、俺は彼女へとある提案をした。
「新しい鎧がほしい……ですかぁ?」
「ああ、重騎士にとって、鎧は武器と同じくらい重要度が高い。できればそろそろ新しい鎧がほしくてな」
俺は現在【Lv:80】である。
使用している装備アイテムは〈ミスリルの剣〉、〈屍将の盾〉、そして〈黒鋼の鎧〉の三つである。
この内、〈ミスリルの剣〉、〈屍将の盾〉は現在の俺のレベルから考えても、適正な装備アイテムであるといえる。
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〈ミスリルの剣〉《推奨装備Lv:70》
【攻撃力:+46】
【市場価値:五千百五十万ゴルド】
強いマナの輝きを帯びた魔法剣。
高価な稀少金属であり、ミスリル装備を有しているだけで冒険者として一目置かれること間違いなし。
また、〈破壊の刻印石〉が埋め込まれている。
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推奨装備レベル自体は控えめだが、まだまだ現役であると言えよう。
剣は装備の基本でもある。
ルーチェがいれば、いずれどこかでボスドロップの剣を得られる可能性もある。
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〈屍将の盾〉《推奨装備Lv:85》
【防御力:+88】
【市場価値:五千五百万ゴルド】
屍の将軍の盾。
強い怨念を帯びており、生半可な攻撃を通さない。
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〈屍将の盾〉は推奨装備レベルに達していないが、こちらも問題ない。
推奨装備レベルに届いていなければ少々装備の性能マイナス補正が掛かるが、この程度のレベル差であれば大きな値にはならない。
むしろしばらく装備入れ替えの必要がないため、気持ち上くらいの装備を入手できるのが一番ありがたいのだ。
ただ、問題は〈黒鋼の鎧〉である。
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〈黒鋼の鎧〉《推奨装備Lv:45》
【防御力:+15】
【市場価値:四百五十万ゴルド】
黒鋼の鎧。
飾り気のない性能だが、比較的入手しやすいため、黒鋼装備の冒険者は多い。
黒鋼以上か未満かは、装備の質の目安の一つとなる。
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そう、重騎士にとって重要度の高い装備アイテムでありながら、現在装備している黒鋼系はかなりレベル下の冒険者向けのもののままになっているのだ。
適正レベルの〈夢の穴〉でタンク役を熟す際、この鎧の性能はかなり響いて来ることになる。
元々ゲーム時代では、黒鋼は安価でそれなりに性能のいい、初心者向けのコスパ武器という立ち位置であった。
ゲーム時代よりアイテムを揃えるハードルが何かと高くなっているこの世界ではあるが、そろそろ黒鋼からは卒業しておきたいところだ。
「もちろん、アタシの装備ばっかりお金掛けてもらうわけにはいきませんから! エルマさんの鎧も買っちゃいましょう! 二億ゴルドくらいの超格好いい奴を!」
……それだと二人の共同財産を丸ごと吐き出すことになるのだが。
その後、しばらく二人で鎧巡りをすることになった。
最終的にB級以上の冒険者限定の高級店である〈竜銀武具店〉に行き着いた。
「特別な防具でございますが……ハウルロッド侯爵家の当主様と面識のある騎士クラスの上級冒険者となれば、お見せしないわけには行きますまい」
店内を、白髪の初老の男が案内してくれた。
彼はこの〈竜銀武具店〉の店主である。
最上階の部屋へと通され、床に敷かれた豪奢な赤い絨毯の上を歩く。
ルーチェは居心地悪そうに俺の腕に抱き着き、恐々と周囲へ目をやっている。
部屋の奥には厚いケースが二つ並んでおり、それぞれに鎧が保管されていた。
一つは真っ赤な灼熱を思わせる眩い輝きを放つ鎧であり、もう一つは青黒い鈍い輝きを放つ鎧であった。
それを見て、ルーチェは息を呑む。
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〈ヴォルケーノ・アーマー〉《推奨装備Lv:58》
【防御力:+18】
【市場価値:二千六百万ゴルド】
火山口の紅蓮石を用いて造られた鎧。
火山の高温を宿しており、徒手で攻撃した者にはその灼熱で反撃する。
装備者に〈火属性耐性〉を与えてくれる。
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〈古代の鎧〉《推奨装備Lv:65》
【防御力:+29】
【市場価値:三千五百万ゴルド】
古代人の叡智の結晶。
既に遺失された技術が用いられており、今では再現することはできない。
装備者は状態異常を受けやすくなる。
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やはりこんなものか……。
俺は性能を確認してがっかりした。
「あ、あれ、思ったより、大差ないような……」
ルーチェは途中まで口にして、気まずげに言葉を濁す。
〈ヴォルケーノ・アーマー〉は推奨装備レベルが低過ぎる。
それに効果が発揮できるタイミングも限定的だ。
〈夢の穴〉毎に装備を変えていくつもりなら一応持っていれば使うタイミングはあるだろうが、現在の経済状態で二千六百万ゴルドの価値があるのかは微妙なところだ。
肝心な防御力の上昇値も〈黒鋼の鎧〉とそこまで差がない。
〈古代の鎧〉はこの上昇値なら購入の視野に入ったのだが、デメリット効果が痛すぎる。
別に上昇値もこのデメリットを呑める程高いわけではない。
こちらも小まめに付け替えるなら、戦う魔物によっては使用するタイミングもあるだろうが、そこまでするべきか、という考えが先立つ。
結局何も買わずに〈竜銀武具店〉を後にすることになった。
「一応防御力が上がるなら、買ってもよかったんじゃないですか? あの真っ赤な大鎧」
「……高い買い物だ。焦る必要はない。もう少し探してみよう」
俺は首を振ってそう答えた。
【防御力:+15】から【防御力:+18】はほとんど差を実感できないレベルだ。
1でもダメージが下がった方がありがたいことは間違いないが、そこに数千万ゴルドを払える程に余裕があるわけではない。
「でも、今日一日で色んな鎧を目にしましたけど、エルマさんの今の鎧と大差ない性能のものばかりでしたね……」
「黒鋼装備は新人向けとはいえ、コスパ最強だからな……。半端な高レベル向けより質がいい」
〈マジックワールド〉の市場は黒鋼装備で溢れていたし、初心者の多くは真っ黒装備であった。
ドロップしやすい上に性能が高いためだ。
そのため黒鋼以下の性能の武具はがくっと値段が下がる傾向にあった。
この世界ではB級以上の冒険者というだけで相当数が絞られるため、必然的に市場に出回っているB級以上の冒険者に向けた装備アイテムの数も少ない。
知識も充分でないため、効率的に強武器を乱獲する冒険者もいない。
ヒルデが強い武器探しにあれだけ躍起になっていたのもそのためだ。
「なに、店に当たるだけが手段ではないさ」
「それって、どういう……? あ! 冒険者の方に譲ってもらう……とかですか!?」
「それも難しいだろうな」
上級冒険者にとって、武器や防具は、自身の命を預ける最大の相棒。
己の命の次に大事だという者も珍しくはないだろう。
「当たる店を変えてみる。素材の金属さえ手に入れば、ベルガの爺さんに打ってもらえるからな」
腕利きだが偏屈の鍛冶師、ベルガ。
相手を認めなければ意地でも武具を造らないため、超一流でありながら慎ましい暮らしをしている頑固爺さんだ。
俺は一度腕を認めてもらっているし、あのときの印象は悪くなかったはずだ。
素材さえ持ち込めばまた造ってもらえるはずだ。
「オーダーメイドですね! でも、素材の金属の当てはあるんですか?」
鎧の鍛冶には、他の武器より多くの金属が必要になる。
今のレベル帯に適した金属が簡単に手に入る〈夢の穴〉はなかなかない。
ただ、手段がないわけではない。
「この街の錬金術師を当たってみよう。鎧の素材になる金属を抱えているかもしれない」




