第二話 装備事情
〈水没する理想都〉の攻略から二週間が経過した。
俺とルーチェ、そしてケルトとメアベルは、冒険者の都ラコリナにおいて『A級冒険者カロスを倒したパーティーの一員』として有名になりつつあった。
ここ二週間、俺はカロスが口にしていた、世界の崩壊を目論む謎の組織〈夢神の尖兵〉について調べていた。
主にハウルロッド侯爵家の関係者や、歴史書なんかを当たってみたものの、結局今一つ何の手掛かりも得られていない。
俺と同じくVRMMO〈マジックワールド〉の知識を有した者が噛んでいるのか、それさえ定かではない。
強いていえば『これまで名前や類似例さえ出ていなかった組織』ということが最大の情報である。
最近突然発生した組織であるのか、或いは今まで水面下にあった組織が突然行動を始めたのか。
仮に後者だとすればそれは、永い下準備を終えて動き出した組織だ、ということになる。
「ダメですよぅ、エルマさん。そんな考え込んじゃって! 今日はカロスさんのことは忘れるって、そう言ってたじゃないですかあ!」
ルーチェが俺の進路に回り込んで遮り、声を掛けてきた。
俺は俯いていた顔を上げて頭を搔く。
「悪い悪い、そうだったな」
「なにせ、今日はアタシとエルマさんのデート……!」
ルーチェはそこまで言うと、頬を赤らめて言葉を止める。
「えへへ、えっとそのぅ……デートのようなもの……なんですからぁっ!」
俺とルーチェの今日の目的は装備の一新である。
〈夢神の尖兵〉の調査ばかりに気を取られてはいられないため、冒険者業を再開することにしたのだ。
俺達の本業は冒険者である。
乗りかかった舟ではあるし〈夢神の尖兵〉のことが気掛かりではある。
ただ、もし連中がカロス以上の戦力を複数名抱えているのであれば、今の俺達では到底力不足だ。
雲を掴むような調査を継続するよりは、レベルの一つでも上げた方がいい。
カロスとの戦いを経て、俺の中で心境の変化があった。
今までは、いつか強くなって父親を見返してやろう、程度の漠然とした気持ちであった。
ただ、ゲーム知識を悪用して王国に仇を為そうとする者達がいるのであれば、それに対抗できるのは、きっと同じ知識を有する俺だけだ。
一冒険者として、貴族の生まれとして、そして転生者として、俺はこの世界を守りたい。
そのためには、もっともっと強くなる必要がある。
俺とルーチェは、冒険者の武器や防具、装飾品を扱っている店を巡った。
さすがは冒険者の都ラコリナ。
冒険者関連の店が多く、なかなか回り応えがある。
「おお、お客様! すっかり見違えましたとも。大人びて見えますよ」
姿見の前に立つルーチェにそう声を掛けるのは、冒険者向けの装飾品を扱う〈女神の縫い針〉の店主である。
「え、えへへ、そうですかぁ……?」
照れた様子で頭を搔きながら、ルーチェが店主へと答える。
その後、ルーチェはくるりと回ってから気恥ずかしげにはにかみ、何かを期待した表情で、俺へとちらりと目をやった。
「ど、どうですかぁ、エルマさん? この、エルマさんの選んでくださった恰好……!」
シルエットが細めの道化のドレスは気品を感じさせ、確かに彼女を大人びて見せている。
胸元で輝くブローチもその印象を手伝っていた。
美しい装飾のなされた黒い靴の光沢が眩しい。
大きな道化帽は、彼女のクラスの成長を象徴しているかのようであった。
「ああ、綺麗だ。ルーチェ、よく似合っているぞ」
俺は大きく頷いた。
「き、綺麗だなんて、エルマさんの口から……! えへへ、えへへへ! ア、アタシ、なんだか凄い幸せです……!」
「性能も申し分ない! 〈宮廷道化服〉は防御力だけでなく、素早さも上昇させてくれる。〈宝飾のブローチ〉はアイテムドロップ率上昇、〈歌天使の靴〉には幸運力上昇がある! ルーチェの〈豪運〉に比べればその効果は微々たるものかもしれないが、間違いなく値段以上の恩恵を齎してくれるはずだ!」
「覚悟してましたけど、性能語ってるときの方が生き生きしてますね……エルマさん。ううん……アタシとしてはそのう、今だけは中身より外見を重視して評価してほしかったといいますか……」
ルーチェが苦笑いを浮かべる背後では、店主が大きな溜め息を吐いていた。
鎧以外の服系の装備は上昇率が低い上に、レベルが上がれば適正装備が変わる。
性能のいい装飾品はドロップしても冒険者本人が使用するため市場に出回らないため、あまり支払った金銭に見合う恩恵が得られるかは怪しい。
であれば、少しでも武器や〈技能の書〉にお金を掛けた方がいい。
そう考えて今までは後回しにしていたのだが、ルーチェのレベルも70を超えた。
今後今まで以上に危険な冒険が増えるかもしれないと考え、ある程度金銭的な余裕もできたことから、一度装備を整えておくことにしたのだ。
「では〈宮廷道化服〉に〈宝飾のブローチ〉、〈歌天使の靴〉……合わせて三千四百万ゴルドとなります」
店に来てからはずっと浮かれた様子のルーチェだったが、会計の際に値段を目にして凍り付いていた。
「そそそそそ、そんなにするんですかぁっ! ダ、ダメですよこれっ、エルマさん! やめておきましょうよぉっ!」
「大丈夫だ。ルーチェのドロップ率が更に上昇するんだ。これくらいすぐに元が取れるさ」
上級冒険者向けの装備が高いのは仕方のないことである。
装備の一新に合わせて、抱えていた使用予定のないアイテムの大半を金銭に替えておいたため、この程度の出費は問題ない。
それに以前スノウから〈死神の凶手〉の〈技能の書〉を譲ってもらったことで、金銭的にかなり余裕ができている。
ルーチェの新装備の出費を差し引いても、俺とルーチェの共同財産は現在二億ゴルド程度残っている。
改めて、景気よく五千万ゴルドぽんと(決闘で)出してくれたヒルデには、感謝してもし切れない。




