第四十話 エピローグ
後日、再び〈水没する理想都〉の大規模依頼が行われた。
目的は無論、〈夢の主〉の討伐である。
事前の見立て通り、〈水没する理想都〉の〈夢の主〉であるアクアスキュラは、既にカロスの手によって〈存在進化〉を果たした後であった。
今回討伐の指揮を担っているのは、ハウルロッド侯爵家の次期当主候補筆頭のスノウである。
彼女の指示の許に〈夢の主〉をボス部屋から引き摺り出し、既に戦力を配置して準備を整えた通常エリアへと引き摺り出す作戦を取っていた。
かなり高レベルの〈夢の主〉が相手ではあるが、〈水没する理想都〉は〈夢の穴〉の中でもかなり広く、今回は依頼者であるハーデン侯爵が高額な報酬を設定しており、自身の私兵も戦力として投入しているため、比較的余裕のある攻略となっていた。
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魔物:カリュブディス
Lv :90
HP :675/857
MP :436/568
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アクアスキュラの〈存在進化〉した姿、カリュブディス。
五メートル近くに及ぶ青い軟体動物のような身体を持ち、その上には青い肌の少女のような人間のような上半身がくっ付いている。
巨大な十の触手の先には、鋭い鉤爪がついていた。
「オオオオオオオオオオオオオッ!」
対する戦力は、貴族の私兵に冒険者。
冒険者の都ラコリナ選りすぐりの実力者達三十人が、カリュブディスをぐるりと囲んでいた。
通常、〈夢の主〉相手に人数差で挑むのはそこまでメリットのある作戦ではない。
不利に働くということはないが、レベル下の冒険者を数揃えてもまともにダメージを与えることができないまま死傷させられるため、あまりにデメリットが大き過ぎるのだ。
ただ、今回は戦力一人一人の質が充分に高い上に、〈夢の穴〉の地形が集団戦を行うのに適しており、カリュブディス自体も大柄でかつ素早く動き回るタイプではないことが幸いしていた。
勿論今回も、ルーチェとケルト、メアベルの三人と共に参加している。
ケルトとメアベルは後衛組として廃墟の屋根の上に乗り、俺とルーチェは前衛組としてカリュブディスを正面から相手取っていた。
「少しでもダメージを受けた方は、他の前衛の方にターゲットを取ってもらって、即時に後退して回復を受けてください!」
スノウが触手を躱しながら、声を張り上げて指示を飛ばす。
今回は余裕がある。
俺も〈燻り狂う牙〉は封印して、堅実に盾役として立ち回らせてもらっている。
「スノウさん、しっかり声出せてる……! 大勢を率いての〈夢の主〉攻略は慣れていると言っていましたものね!」
ルーチェが嬉しそうにそう口にする。
「……本人は気にしているようだから、あまり言ってやるなよ」
俺は苦笑しつつルーチェへとそう返した。
声を出すのが苦手なのもそうだろうが、大勢を率いての〈夢の主〉討伐経験も、当主候補として実績作りのためのお飾りの指揮官のようだった。
「余裕があるかと思ったが……相手の再生速度が想定以上に速いな。どこかで纏まったダメージを稼いだ方がいいかもしれん」
〈燻り狂う牙〉の使用を検討していると、ルーチェが一歩前に出た。
「じゃあアタシが行きますっ! 〈シールドバッシュ〉、お願いします!」
〈シールドバッシュ〉でルーチェの小柄な体躯をカリュブディスへと撃ち出す。
ルーチェは器用に触手を擦り抜け、カリュブディスの人間体の背へとナイフの一撃をお見舞いした。
「〈竜殺突き〉!」
「ギュオオオオオオッ!?」
カリュブディスの背中の肉が爆ぜて、その巨体が大きく揺れた。
ダメージに耐えかねたカリュブディスの触手が地へと垂れる。
それを好機と見た他のレイド参加者達が、一気に畳み掛けていく。
◆
無事、カリュブディス討伐によって〈水没する理想都〉の攻略が終わった。
それから三日後、俺とルーチェは再びハウルロッド侯爵家の館へと招かれていた。
ハーデン侯爵からの招待である。
『大規模依頼での貴殿らの功績と勇猛さを讃えるべく、特別な晩餐を用意したため是非お越しいただきたい』といった内容の手紙を受け取ったのだ。
だったらケルト達も招待してもらいたいところだったが、名前がなかった以上、こちらから打診するわけにもいかない。
記載や把握漏れだとは考えにくい。
正直あの人は苦手なのだが、だからといって逃げるわけにもいかない。
聞いておきたいこともたくさんある。
「来たか、エルマにルーチェ」
館に入れば、女騎士のイザベラと、スノウが出迎えてくれた。
スノウは俺達を見るや、ぱぁっと表情を輝かせる。
スノウは客間で先に待っているものかと考えていたので、こうして案内役に並んで現れるのは意外だった。
このノルスン王国の貴族作法としても、冒険者の歓待のためにこうして先んじで現れるのはかなり異様なことでもある。
ハーデン侯爵がいない間に、何か伝えたいことがあったのかもしれない。
俺は少し、スノウの言葉を待った。
場に奇妙な沈黙が訪れた。
スノウの頬に冷や汗が浮かぶ。
何かを読み違えたかもしれない。
なんにせよこれは駄目なときのスノウだと判断し、切り替えて普通に話すことにした。
「まさか、こうも短い間に侯爵邸に二度もご招待に預かるとは。いたく光栄です」
「あの……えっと……!」
スノウは俺に応じるように口を開く。
俺とルーチェも、彼女の先の言葉へと耳を傾けるが、再び沈黙が場を支配していた。
汗が増え、顔が赤くなっていく。
「お嬢様……!」
イザベラが素早く、スノウの補助に入った。
スノウが小さく手招きすると、イザベラが彼女へ耳を傾ける。
「ふんふん、なるほど……いいか、よく聞け、エルマにルーチェ。『二度の歓待は、それだけ貴方方が多くの偉大な功績を残されている証。この度は、私の指揮の許、カリュブディス討伐に貢献していただいたこと、この地を守る侯爵家の人間として誠に感謝しております』……と、スノウお嬢様はお前達に仰られている!」
「ちょくちょく顔を合わせた気になっていましたけれど、やっぱりその癖、まだ抜けていないんですね……。レイド指揮のときは、あんなに勇ましくて格好よかったのに……」
ルーチェが少しがっかりしたようにそう口にする。
「……正直私も、お前達相手なら克服できたものだと思っていた」
イザベラの言葉に、スノウが気恥ずかしさと申し訳なさが入り混じった表情を浮かべ、顔を伏せる。
「ああっ! すみませんお嬢様! 焦る必要はありませんので! できることから熟していきましょう!」
その後は、イザベラとスノウの案内の許、侯爵邸の廊下を進む。
「しかし、どうして案内役に次期当主候補の彼女が? 以前は客間で待機していたと思うが……」
「む……」
イザベラが気まずげに表情を顰める。
少し不味いことを聞いてしまったかもしれない。
「すみません、父様がいらっしゃると、ずっと自分のペースで話されるもので……。無作法ですが、私から先に、レイド指揮に当たっていた者として感謝を示させていただきたいと存じまして」
スノウが恥ずかしそうにそう口にする。
「な、なるほど……」
それは納得がいく理由だった。
確かに以前もハーデン侯爵が一方的に喋り続けていたため、スノウは置物と化していた。
そしてここまでして先に話す機会を設けてくれたにも関わらず、やや期間が空いていたため想像以上に本人の人見知りが発揮されて、結局イザベラ越しになってしまったようだ。
「しかし……ハーデン侯爵は忙しい御仁だと聞いていたが、こうも立て続けに招いてくださるとはな」
前回はスノウが招いたという形になっていたが、今回は正式にハーデン侯爵の招待である。
「正直私も意外だ。忙しいのもそうだが、偏屈で人の好き嫌いが激しい。利益にならんと思えば、目上の貴族が相手でも会合をすっぽかすような御方だからな」
娘であるスノウの前でばっさりと言い切った。
「あ、あはははは……」
ルーチェも困ったように苦笑いを浮かべていた。
その後、客間にてハーデン侯爵と顔を合わせることになった。
「いやぁ、エルマ君! またこうしてお会いできたことを嬉しく思うよ。吾輩はキミを、とても気に入っていてね」
大きく裂けた口が不気味な笑みを作る。
相変わらずの凶相であった。
「〈夢神の尖兵〉の一員……カロスの討伐、感謝しておるよ。情報をまともに引き出せなかったのは少々残念だったがね。ただ、面白いスキル構成をしておったそうじゃないか」
俺達が席に着いてから、ハーデン侯爵はそう切り出しつつ、その大きな口で豪快に肉の塊を頬張った。
ルーチェが小声で「竜のような口……」と呟いた。
以前、イザベラがハーデン侯爵を揶揄するために用いた言葉である。
俺は肘でルーチェを軽く小突いた。
「エルマ君、何か心当たりはないかね? キミは随分、クラスやスキルについて詳しいという話じゃないか。いや、エドヴァン伯爵家も舐めたものではないな!」
何となくケルトとメアベルが招かれなかった理由がわかった。
ハーデン侯爵は、冒険者の俺とではなく、エドヴァン伯爵家の者としての俺と話がしたかったらしい。
正直、あまりいい気分はしない。
「俺は廃嫡された身です。とはいえ、エドヴァン伯爵家に怨恨があるわけでもありません。あまり面白い話はできないかと」
「いや、純粋にキミの知恵を借りたいのだよ。キミも不思議には思うであろう? 王国が多大な犠牲を払い、長い歴史の中で開拓してきた加護の神秘。それを上回る情報量を持つ無名の教団、どこから湧いて出てきたのか、いや、不思議だとは思わんかね?」
俺はちらりとハーデン侯爵を見る。
表情から全く心情が読み取れない。
最悪の場合、ハーデン侯爵の疑心が俺へ向いている可能性も有り得る。
どう躱すのが一番正解なのか。
「……無論、不思議には思います。ただ、心当たりはありません。それに、家や生まれの事は、俺の身で勝手にお話しするわけにはいきませんから」
下手に嘘を吐くのは危険だと思ったが、前世の記憶云々なんて話せるわけがない。
あくまで家のことを探られたと感じたように装うことにした。
俺のクラスやスキルの知識は、あくまでエドヴァン伯爵家のものとして逃げる必要がある。
それもあまり具体性を持たせて話せば、父アイザスとの差異で怪しまれる可能性もある。
解釈の余地を残して誤魔化していくしかない。
「ンフフ、いやぁ、本当に面白いなあ、エルマ君は。武功しか取り柄のないどこぞの馬鹿親父とは違い、ちゃんと貴族をしておる。ラーナがドラゴンを産むとはよく言ったものであるな!」
ハーデン侯爵は楽しげに笑い、食事を続ける。
濁したのがバレて牽制されたのかもしれない。
やはりこの人と話すのは苦手だ。
いくら豪勢な料理を並べられても、食事が喉を通らない。
「父様、今日は御二方の歓待の席で……」
スノウが泣きそうな声でそう漏らす。
「ふむ、吾輩は何かおかしなことを口にしたか? ただの楽しい愉快な世間話ではないか、なあ、エルマ君よ」
ハーデン侯爵は口許をナプキンで拭きながらそう話す。
スノウが申し訳なさそうに俺へとぺこぺこと頭を下げる。
何故この父親からこの娘が生まれたのか全く理解が追い付かない。
「あまり堅苦しい態度は好きではない。その点でエルマ君に余計な気を使わせていれば申し訳ないがね」
「……いえ、その方が俺も気楽です。ハーデン侯爵に失礼がなければ、このまま続けていただければ」
「な、スノウよ? エルマ君もこう言っているではないか」
「…………」
……やっぱりスノウが口下手なのは、ハーデン侯爵のせいかもしれない。
「ハーデン侯爵の方で、何か〈夢神の尖兵〉についての心当たりは?」
「さっぱりであるな。我がハウルロッド侯爵家でも外部に対して秘匿してきた加護の情報は多く存在するが、明らかに連中の知識はそれを超越しておる。他国の機関か、或いは王国内のあくどい貴族の子飼いの組織か……それくらいしか有り得んだろうと考えておるが」
当たり障りのない返答だった。
カロスに対してどの程度疑いを向けていたのか知りたかったが、下手にこちらから探るような話を振りたくはなかった。
不可能だろうが、ただの歓談で終わってほしい。
「この二つでなければ、吾輩の知見が全く及ばん、得体の知れん何かが介在しているとしか思えんな」
ハーデン侯爵は事もなげにそう口にした。
背筋に冷たいものが走った。
「どうしたのだエルマ君?」
「いえ、すみません」
まさか、この世界を作り物として捉えた世界があり、そちらの記憶を持ち越している人間がいる……なんてことに、勘づいたわけではないだろう。
実際〈夢神の尖兵〉が本当に俺と同じ転生者絡みの人間が関与しているのかも断定はできない。
しかし、この人と話しているのはどうにも苦手だ。
これにて転生重騎士、第三章完結です!
ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございます!
第三章を読んで「面白かった!」、「次章も楽しみ!」と思っていただけましたら、ぜひ広告下の【☆☆☆☆☆】から評価をしていただけると、とても嬉しいです!(2024/09/10)




