第三十九話 一難去って
カロス討伐後、俺達はヒルデの集めた冒険者達に護衛される形で〈夢の穴〉の出口に向かうことになった。
一部のメンバーにはボス部屋へ向かってもらい、他の冒険者達へ〈夢の主〉の討伐レイドの中断を伝えに向かってもらっている。
「三人共……悪かったな。先に伝えるつもりだったが、結局タイミングを見誤ってしまった」
「無理もないんよ。カロスが犯人だって事前に言われてたって、ウチ、信じられてたかどうかわからなかったし」
メアベルがそうフォローしてくれた。
「次からは勘弁してくれよな……。いつ射ればいいのか、こっちは最後の最後まで頭抱えてたんだぜ。突然あんな化け物みたいなスキル構成が飛んできて、ほとんど理解も追い付いてなかったんだからよ」
ケルトが溜め息を吐く。
理解が追い付いていなかったというが、その割にはよくあそこまで動いていてくれたものだ。
絶妙な位置でのターゲットの分散に、身を挺したルーチェのカバー。
そしてアレ以上ない完璧なタイミングでカロスの肩を射抜いて、〈毒ダメージ反転〉を途切れさせてくれた。
タイミングをしくじっていれば、あっさりと回避されるか、そうでなくても相手にまともな痛手を負わせられないままこちらの手札が筒抜けになっていただろう。
ルーチェが倒れたままで、かつ《毒竜斬撃波》の準備が完了したあのタイミングだったからこそ、カロスは回避動作を取ることをせず、その後の立て直しも大きく遅れることになった。
「先に警告してたら怖がってこの人来てないんよ」
メアベルがカラカラと笑って指摘する。
その笑い声にケルトがしかめっ面を浮かべた。
「流石に酷くねぇか、おい」
「い、今は犠牲を出さずに大金星を上げられたことを讃え合いましょうよ! レイドとしては、この上ない大成功なんですし!」
ルーチェがケルトとメアベルの間に割って入る。
その後、ルーチェとメアベルが歓談している間、俺の横へとケルトが近づいてきた。
ケルトはルーチェ達を横目でちらりと見た後、声を潜める。
「なあ、今回の大規模依頼……どこまで読んでたんだ? カロスのスキルツリー……知ってたのか?」
「一番最悪を想定したら、たまたまそれが当たっただけだ」
「本当にお前、底知れない奴だな……」
しかし……今回は奇跡的にどうにかなったが、これで一連の騒動が完全に終わったわけがない。
カロスの口にしていた〈夢神の尖兵〉。
この謎の組織は、明らかにこの国で何か事を起こそうとしている。
カロスが情報の秘匿のために自死を選んだことで、連中の情報は何もわからず終いのままである。
『フン、大方、ただの時間稼ぎであろうな。舐めた真似をしてくれるわい』
ハーデン侯爵がスノウの暗殺未遂事件の際に口にしていた言葉の意味がようやくわかった。
やはりハーデン侯爵は、ハウルロッド侯爵家がこの事件に関係しているとは全く考えていなかったのだろう。
カロスの狙いは〈夢の主〉の二段目の存在進化、〈夢壊〉を人為的に引き起こすことにあった。
二段階目の存在進化には大量の高レベル冒険者を生贄にする必要がある。
それを実現するための手段が大規模依頼だった。
だが、カロスは周到に計画してきた〈嘆きの墓所〉のレイドが俺達によって破綻することになる。
恐らく、この時点ではこの失敗をフォローできる計画を立てられていなかったのだ。
ばかりかあそこで〈夢壊〉さえ引き起こせれば、その後に自身が裏切り者だと判明しても問題ないと考えていたのかもしれない。
貴族やギルドに大規模依頼を持ち込んだ上級冒険者など、どう足掻いても第一容疑者からは逃れられない。
都合よく改竄した地図のばらまきもあまり大胆過ぎる。
カロスはあの時点では大規模依頼後にボロが出ることを問題視していなかったのだ。
故にこれまでの下準備を無駄にしないためも、疑いの目が自分に向き切らない間に、強引にもう一度同条件の大規模依頼で冒険者を集めて、〈夢壊〉を引き起こす必要に駆られたのだ。
そのために散々ハウルロッド侯爵家内部の人間が怪しいと吹聴し、スノウの暗殺未遂事件によってその疑いを強めて、その場凌ぎでもいいからとにかく自分から少しでも矛先を逸らす必要があった。
ハーデン侯爵の時間稼ぎというのは、それを見抜いた上での言葉だったのだ。
あの人はとっくにカロスへ容疑者を絞っていた。
暗殺未遂事件の後、〈幻獣の塔〉の周囲に全く怪しい気配がなかったことにも頷ける。
そもそも目的は暗殺ではなく、侯爵家の内部抗争を匂わせることだった。
アレを仕掛けたカロスは、スノウの生死自体には全く関心がなかったのだ。
「何はともあれ、結果オーライなんよ! まだレイド自体は片付いてないけど、全部終わったらまた皆でお祝いに美味しいもの食べに行くんよ!」
メアベルが声を張り上げてそう口にする。
カロスの最期の様子から、何ともいえない気まずさのようなものが張り詰めていた。
彼女はそうした空気を払拭したかったのだろう。
ただ、メアベルは、その声に振り返ったヒルデと目を合わせることになっていた。
「あっと、その、ヒルデさん……」
「まだ頭が追い付ていないが……別にオレだって、これで逆恨みする程馬鹿じゃねえよ。さっきの魔弾、悪かったな」
ヒルデは無感情にそう口にして、前に向き直った。
普段の調子が全くない。
尊敬する人間がテロリストで、その上目の前で自害したのだ。
今はそっとしておいてやるべきだろう。
「……あの人を止めてくれてありがとうな」
ヒルデは俺達に背を向けたまま、小さくそう呟いた。




