第二十六話 〈水没した理想都〉
入り口近辺のウミオニを討伐した後、〈夢の穴〉の中へと突入することになった。
【〈水没した理想都〉:《推奨Lv:80》】
〈水没した理想都〉は、荒れ果てた廃墟や瓦礫の山が並んでいる〈夢の穴〉である。
足許には靴が沈む程度に水が張っていた。
名前の通り元々は街だったかのような外観ではあるが、それがむしろ〈夢の穴〉の無機質で不気味な雰囲気を強めていた。
首のない彫像が、半身を泥水に沈めていた。
「……不気味なところだとは聞いていましたけれど、想像以上ですね」
ルーチェが恐々とそう口にした。
今回の探索の目的は魔物の間引きと、〈夢の穴〉の魔力を高める〈哀哭するトラペゾヘドロン〉の破壊。
そしてそれらが終わり次第、一度集結してからの〈夢の主〉の討伐である。
各四人パーティーは、事前に配布された地図に記されたルートに極力沿って〈夢の穴〉を探索し、役割を熟していくことになる。
もっともこの〈水没した理想都〉はまだ冒険者がほとんど探索していなかったらしく、地図も粗だらけになっている。
そのため地図への書き込みも目的の一つとなっている。
「馬車の中でも相談させてもらっていたが……今回俺は、ハーデン侯爵から『レイドに参加するなら裏切り者を捜してくれ』と頼まれている」
俺は探索を進めながら、今回の探索の手順を皆へと再確認する。
単純に事が進めばただの『ちょっと推奨レベルの高い〈夢の穴〉のレイド攻略』に過ぎない。
それがここまでハウルロッド侯爵家が関与しているのは、例の〈哀哭するトラペゾヘドロン〉の件と、それをばら撒いている相手側からの何かしらの妨害が入ると予想してのことである。
裏切り者を想定した動きを取るのは必要なことであった。
俺達が来る前に、既に数名のハウルロッド侯爵家の兵が〈水没した理想都〉の入り口を見張っていた。
レイド開始前に〈夢の穴〉に出入りした冒険者がいないことを確かめるためのものである。
前回のように〈王の彷徨〉を引き起こされては困るため、その対策である。
レイドの事前説明では、入り口の見張りは最低でも半日以上前から付けるとのことであった。
つまり、事前に〈夢の穴〉の内部に忍ばせておいた人間に〈王の彷徨〉を引き起こさせるには、半日以上この魔物溜まりの発生した推奨レベル80の〈夢の穴〉に少数で待機した上で、こちらの突入に対して柔軟に行動する必要がある。
そういった心配はまず考慮しなくていい、ということだ。
そうなると警戒せねばならないのは、同時に突入した冒険者に裏切り者が紛れ込んでおり、先回りして〈夢の穴〉内に何かしらの罠を仕掛けられることである。
「だから俺達は最速で〈夢の主〉の間を目指して、そこに別の人間が近づけないようにブロックする。レイドの課題である、魔物の間引きや地図の作成、例の水晶の破壊は二の次だ」
俺は地図に記される、〈夢の主〉の居場所を指で示した。
〈夢の主〉の間への道さえ押さえておけば、レイドが壊滅するような厄介な現象を誘発されることもない。
俺達が先に陣取っていれば相手側も迂闊な行動は取れないはずだ。
ここまでは既に馬車内で説明したことで、ケルトやメアベルからも了承を得ている。
ギルドの命令を無視して独断行動することにはなるが、これについてはハーデン侯爵から言い含められていることなので、後々咎められることもない。
そもそも〈夢の穴〉内での行動なんてどうとでも取り繕えるものなので、その点を心配する必要もないのだが。
「そういえばメアベルは、さっきのウミオニ狩りでレベルは上がったか?」
「ううん……申し訳ないけど、一つも上がってないんよ」
「そこまでレベルの高い相手じゃなかったし、戦闘貢献も稼ぎにくいポジションだから仕方ないな……」
メアベルのレベルを上げておきたかったが、そう上手くは行かないか。
速攻でレベルを上げたいのなら、数を狩るよりも、多少無理をしてレベル上を狙うしかない。
これは〈マジックワールド〉の鉄則である。
デスペナルティの経験値ダウンと、効率的なレベルアップを天秤に掛けて行動するのが〈マジックワールド〉の楽しみの一つでもあった。
……もっともこの世界はワンライフ制なので、あまり無茶はできないが。
「このメンバーで安全に狩れるレベル上の魔物を移動しながら見繕う必要があるな……。こればかりはエンカウント次第だから、タイムリミットもある現状、難しいところだが。出現率の高い、ウミオニ辺りの魔物は基本的に倒さず戦闘を避ける形で進むか」
俺は言いながら、地図に道筋を加筆していく。
「ここは路地の方に入った方が、結果的に近くなりそうだな。挟み撃ちにあっても逃走か撃退は充分できるから、その程度のリスクならとってもいい……」
崩れた家屋の間の、細い道へと目を向ける。
「……なんでエルマさん、まだ見てもない先の道を加筆してるんよ?」
地図を覗いたメアベルが、不思議そうにそう口にする。
彼女の言葉に俺は頷いた。
「〈夢の穴〉の生成ルートにはパターンや制限がある。ランダムとはいえ、矛盾した地形にはならないし、〈夢の主〉の間のような特殊な場所には入り口から一定の距離が開くようになっている。後は『こうなりやすい』という偏りもある」
ちょっとしたパズルのようなものである。
「全体の三割の確定情報があれば、もう二割程度なら概ね見えてくる。よし、このルートなら最速で辿り着けるはずだ。少なくとも他の冒険者に対して、かなり優位なリードが取れた。まず出遅れることはないだろう」
俺はぐねぐねと曲がった矢印を加筆した地図を広げて、ルーチェ達へと見せた。
途中で実際に目視で道を見て多少修正することにはなるだろうが、大きくは間違えていないはずだ。
「な、なるほど……これに従えば、最短で〈夢の主〉の許へと到着できるんですね……?」
ルーチェが半信半疑といった様子で地図を覗き込む。
「話を聞いても、なんでわかるのか全く理解できないんよ……」
「お前と敵対した奴に、心底同情するよ……」
メアベルとケルトが、何故か呆れた風にそう口にした。




