第二十四話 ウミオニの群れ
馬車の帳を捲り、外を眺める。
浅い川の上に、虹色の光の穴が広がっているのが見えた。
目的地である〈水没した理想都〉の入り口である。
「なるほど、あそこか」
入り口の周囲に大量のナメクジのような化け物がうろついている。
〈水没した理想都〉で発生した魔物溜まりにより、内部から溢れ出てきた魔物である。
……覚悟はしていたが、思っていたよりも数が多い。
「なんだ、あの不気味な奴らはよ」
俺の背後から外の光景を見たケルトが、魔物の姿を確認して眉を顰めた。
〈水没した理想都〉の周辺に大量発生している青い軟体の化け物……。
感覚器官の付いた長い触手を有しており、その姿はウミウシに似ている。
背中からは赤い触手がうようよと伸びている。
「ウミオニだ。攻撃力・防御力が共に高い。攻撃手段も複数の触手を用いてくるから、慣れない内は捌くのが難しいだろうな。かといって距離を取れば、水魔法で攻撃してくる」
「攻撃寄りで頑丈で手数が豊富って、とんでもない化け物じゃねぇか。あんなワラワラ群れていいもんじゃねぇだろ」
ケルトがげんなりしたように口許を歪める。
「だが、強みが明確な奴ほど、わかりやすい弱点があるものだ。本体も触手攻撃も速度はない。触手にさえ慣れれば、近距離戦を仕掛ければ優位に戦える。安心しろ、小手先の技術が活かしやすい、ああいうタイプはむしろ得意だ」
技術が通用する相手ならば優位に戦える自信がある。
剣聖クラスだったマリスのような、素早さを軸にステータスでぶん殴ってくるような奴の方が俺としては厄介だ。
重騎士は速度に難があるため、不安定な対応を迫られるようになり、どんどん後がなくなっていくことになる。
「……お前のその知識と経験、本当にどこから来てるんだ? 一周回って呆れてくるよ。お前と組んで、本当によかったぜエルマ」
ケルトが溜め息を吐いた。
「あの魔物……ウミオニ、ちょっと可愛いかも……」
ルーチェがウミオニを眺めながら、そう呟いた。
場の空気が凍った。
「可愛い? アレが? ちょっと趣味悪いぜ」
ケルトが目を細めてウミオニを見る。
「ア、アタシ、そんなに変なこと言いましたかぁ?」
「ま、まぁ、見方によっては……可愛いか……? 大きいウミウシみたいなものだし……」
フラフラ揺れる突起の先端の目玉と、目が合った。
その瞬間、背中のイソギンチャクのような触手が、俺を威嚇するようにわっと逆立つ。
その様子に吐き気が込み上げてきた。
ゲーム時代より遥かにリアルな分、やはり気色悪い。
「……悪い、やっぱりアレはない」
俺は不安げに見つめてくるルーチェから、そっと目を逸らした。
馬車を停め、まずは〈夢の穴〉の入り口近辺のウミオニ狩りから入ることになった。
先に着いていたレイドの冒険者達が既に交戦を始めている。
「ビュゥウ……」
「ビュウ……」
ウミオニの群れが鳴き声を上げながら、俺達へと迫ってくる。
――――――――――――――――――――
魔物:ウミオニ
Lv :63
HP :177/177
MP :99/99
――――――――――――――――――――
「俺が引き付ける! ケルトは奴らの隙を作って、ルーチェはそこを叩いてくれ。メアベルは誰かが攻撃を受けて崩れたときのカバーを頼む」
俺は叫びながら前へと出た。
周囲のウミオニ三体が、一斉に俺へと寄ってくる。
「お、おい、さすがに引き寄せ過ぎだぞエルマ! 突っ走り過ぎんな! 回復が追い付かなくなったら一気に崩れんだぞ!」
ケルトが慌ててそう叫ぶ。
「問題ない」
俺は剣のスキル〈パリィ〉を用いてウミオニの触手を捌く。
横方向から体当たりを仕掛けてきたウミオニは盾スキルの〈マジックガード〉で防ぐ。
細かく動き回り、三体のウミオニが互いが邪魔になり、同時に仕掛けられない盤面を維持する。
「……本当になんでも卒なく熟しやがって。可愛げのない奴だ」
ケルトが弓を構える。
「むしろこっちが重騎士本来の役割なんだがな」
ふと、ケルトの構えに違和感を覚えた。
狙いの先が高すぎる。
「ケルト、どこを狙って……?」
ケルトの放った矢が、一体のウミオニの、触覚の先の目玉へと命中する。
「ビギィ!?」
眼球が破裂し、ウミオニが身体を震わせる。
……わざわざ、フラフラ揺れる触手の先の目玉を狙ったのか。
確かに効果的だが、狙って容易く当てられるものだとは思っていなかった。
「凄い精度だな」
「ハッ、この距離なら外さねぇよ。お前に褒められると満更でもねぇな」
「さすがケルトさん。これまで集団戦の中で確実にトドメを横取りして経験値掠め取ってきただけはあるんよ」
得意げにしていたケルトだったが、メアベルから思いっきり横槍をぶっ刺されて表情を歪めていた。
「……ただ、エルマよ。決定打はルーチェ頼みでいいのか? 道化師は速度の手数で翻弄するクラスだろ。防御力の高い、ウミオニ相手じゃ、アタッカーとしては相性が……」
「〈竜殺突き〉!」
片眼を失ったウミオニの背後に回り込んだルーチェが、腰を深く落としてナイフを突き出す。
髑髏の光が広がる。
――――――――――――――――――――
〈奈落の凶刃〉【特性スキル】
クリティカル成功時の攻撃力を二倍にする。
――――――――――――――――――――
ウミオニが体液を撒き散らしながら、派手に宙を舞った。
地面に頭部から落下して、ベチャッとその身体が潰れる。
【経験値を446取得しました。】
遅れて経験値の取得メッセージがやってきた。
「よし、一匹仕留めましたよう!」
ルーチェが得意げにそう口にする。
「今……何やった?」
ケルトがあんぐりと口を開けて、潰れたウミオニの死骸へと目を向ける。
「〈嘆きの墓所〉じゃ確かに敵の気を引くのに終始してもらっていたが、ルーチェのメインはアタッカーだぞ」
あのときは〈死神の凶刃〉がなかったため、〈ダイススラスト〉頼みで威力も控え目で安定性もなかったことが大きいが。
「な、なんだ今!」
「ウミオニが空を飛んでたぞ!」
こちらの様子に気がついた冒険者達が、驚愕の声を上げているのが聞こえてきた。




