第二十話 情報収集とギルド長
後日、俺はルーチェと共に冒険者ギルドの最奥部であるギルド長の執務室へと向かっていた。
例のハーデン侯爵の大規模依頼について、どうしても確認しておきたいことがあったのだ。
例の《哀哭するトラペゾヘドロン》騒動の対策は、冒険者ギルドが中心となって動いている。
ギルド長であるハレインが一番詳しいはずであった。
「あのですね……確かにハレイン様は、御二方でしたらいつでも連れてこいとは仰られていましたが……本当に突然来られるとは思っていませんでしたよ」
ここまで案内してくれた受付嬢のマルチダが、扉の前で足を止めると、俺達へと振り返って溜め息を吐いた。
「いや、悪い。俺も悩んでいて動くのが遅くなった。先に言伝しておきたかったが、あまり時間もなさそうでな」
例の大規模依頼の告知は下手したら今日にでも行われるかもしれない。
できればその前に話を聞いておきたかったのだ。
「まぁ、御二方なら問題ないでしょうが……一応確認して参りますね」
マルチダが扉をノックした。
「ハレイン様、マルチダです」
「どうした? 入るがいい」
ハレインの声が返ってきた。
マルチダが一人で執務室へと入っていく。
「実は冒険者の方が、すぐにハレイン様にお会いしたいと……」
「今すぐだと? 随分と不躾だな……。一冒険者の面会などに付き合っていればキリがないぞ。何故ここまで連れてきた?」
「え、い、いえ、しかし、その……」
「第一、こっちは例の騒動関連の書類で大忙しなんだ。暇なら話によっては出てやらんこともないとは思うが、この後、商会の重鎮との商談と、ハウルロッド家の本家の人間との大規模依頼についての話し合いがある。正直なところ、こっちは君に話している時間も惜しい。十分なり仮眠が取りたい状態なんだ。このくらいのことは自分で判断してくれ」
「す、すみません……」
どんどんマルチダの声が小さくなっていく。
「う~ん……駄目そうですね」
ルーチェがそう呟いた。
「まぁ、本当に突然だったからな……。例の事件絡みとなると、下手に言伝を頼むわけにもいかないし、諦めて日を改めるとするか」
早ければ早い方がよかったのは間違いないが、どうにもハレインも例の騒動絡みで相当忙しくなっているようだ。
扉が半分だけ、控え目に開かれる。
マルチダが眉根を下げて、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「すみません、エルマさん。今は忙しいようでして……」
マルチダが言い辛そうに口を開く。
そのとき、背後よりガシャンと、椅子のひっくり返る大きな音が響いた。
「ハレイン様!?」
マルチダが執務室内を振り返る。
彼女の身体を押し退け、ハレインが姿を現した。
「おお、エルマ殿とルーチェ殿だったか! ……マルチダ、それを先に伝えろ!」
ハレインは俺達へと笑顔を向けた後、マルチダを目を細めて睨んだ。
「す、すみません、ハレイン様」
……なんだろう、この人。
有能なはずではあるのだが、いつもどこか抜けている印象が目立つ。
「ささ、上がってくれ。もしやラコリナ支部の職員冒険者になるという話……引き受けてもらえるのか?」
「いや、そっちではないんだが……」
「そうか……」
ハレインは肩を落とし、露骨にがっかりとした様子を見せる。
「こほん……ハウルロッド侯爵家の本家のスノウお嬢様を〈夢の穴〉内で助けたそうだな。私からも礼を言わせていただく。まさかこの短期間の内に、前回の〈嘆きの墓所〉騒動に続き、また手柄を上げるとは」
ハレインが事務机へと戻りながら、そう口にした。
「……俺達がハーデン侯爵から頼まれたことは知っているか?」
「む……」
ハレインがピタリと足を止めた。
「マルチダ、席を外してくれ」
「え……? は、はぁ、承知しました」
マルチダは俺達へと一礼すると、執務室から出て行った。
どうやらハレインは、俺が何の話をしたいのか、今の一声で概ね察してくれた様子である。
「……なるほど、そちらの要件だったわけだな。遣いの者から話しては聞いている。ハーデン侯爵様が、エルマ殿に『レイドで裏切り者を探してほしい』と頼んだとな」
「さすがにそれは荷が重いですが……」
内部犯を捜すなら、もっと侯爵家の息が掛かった人間にやらせた方がいいのは明らかだ。
純粋な冒険者側にもそうした人間を置いておいた方がいいという考えだろうが、それならば実力的にも人間性にももっと信用のおける人間がいるとは思うのだが……。
或いは、貴族家出身で出自が明確である部分に信用を置いたのか、ハーデン侯爵の考えは俺には今一つわからない。
「既にギルド内でも噂になっているが、明日の朝に〈夢の穴〉……〈水没した理想都〉を攻略する大規模依頼の募集を行う予定だ」
「〈水没した理想都〉……」
かなり高レベルの〈夢の穴〉だ。
相当厳しい戦いになるだろう。
「こちらも〈嘆きの墓所〉と同様……魔物の異常発生が起きており、例の結晶、〈哀哭するトラペゾヘドロン〉が発見されている」
こんなところに入り込んで、やれ〈哀哭するトラペゾヘドロン〉だ〈王の彷徨〉だのとやっていれば、相手側の命が幾つあっても足りないと思うのだが……。
「理想都……? それって〈夢の穴〉なんですかぁ?」
ルーチェが怪訝そうにそう口にした。
俺は頷く。
「〈夢の穴〉はなんでもアリだ。何せ、アルザロスの見る夢そのものだからな。〈幻獣の塔〉だって、造り物の空がいっぱいに広がっていただろう?」
「確かに……」
もっとも、それを言ってしまえば、この世界の全てが創造神アルザロスの創り物であるため、この世界も〈夢の穴〉の世界も似たようなものなのだが。
「ただ、厄介な〈夢の穴〉だ。あそこで魔物災害となると、本当にそれなりにレベルの高い冒険者でもないと入れないな」
もし何も起きていなかったとしても主の討伐が困難な〈夢の穴〉だ。
ここで存在進化なんて引き起こされれば、都市ラコリナを巻き込んだ大事件になる。
「しかし、それ絡みでの頼み事というのはなんだ?」
「ギルドは〈嘆きの墓所〉で〈王の彷徨〉を引き起こした人間の調査を行っていたな?」
「ああ、しかし……〈王の彷徨〉発生時に単独行動をしていた冒険者はいないんだ。その間に〈夢の穴〉から逃げ出した者もいない。複数人で口裏を合わせているか、〈王の彷徨〉発生時に命を落としたかのどちらかだな」
「その調査報告書が欲しい」
「調査報告書が欲しいのか? 私も目を通したが、不審な点は見られなかったがな。普段の行動が怪しい冒険者が集まって行動していた……といった部分も特に見受けられなかった。元々、四人参加自体が珍しくてギルド側で編成していたため、口裏を合わせているということも考えづらかったんだが……」
「念のためだ。〈夢の穴〉なんて魔物の対処で必死で、細かい部分なんて覚え切れていないこともあるからな。もしかしたらただの記憶違いや勘違いによって穴が出来ている可能性がある。或いは、悪意なく結果的に嘘を吐いている場合がな」
「な、なるほどな……ふむ……なるほど……?」
ハレインは眉根を寄せ、口許を手で覆い隠す。
「あまりピンとは来ていないようだが……」
「見ても仕方がないとは思うが……そうだな、前レイドに参加した冒険者の名簿はエルマ殿達には見せておいた方がいいだろう。前回と今回のレイドに続いて参加した人間は、それだけでかなり怪しいと言えるからな。それならば私の権限で渡せるが、渡したことを含めて、くれぐれも他言はしないでくれ」