第十八話 侯爵の企て
転生重騎士のコミカライズがスタートしました!(2022/2/11)
「吾輩はキミを買っているのだよ、エルマ君。通常、〈王の彷徨〉から生存できる冒険者は稀である。ましてやその土壇場で討伐するなど……どれほど珍しいことか。普通に〈夢の主〉を討伐するのとはワケが違う。対策も準備も心構えも、ロクにできておらん状態で奴らの脅威に晒されるのだからな」
「……お褒めに預かり、光栄です」
この人に褒められても気が気ではない。
先に俺を疑っていた言葉も、本当に冗談だったのか怪しいところだ。
「それに……あの人見知りのスノウが、恩人とはいえ自ら望んで客人を招くとはな、クク。変わったクラスだが、強さは申し分ない……。話したところ、随分聡明に見える。ウチに婿入りしないかね、エルマ君?」
ハーデン侯爵はニヤリと笑って、とんでもないことを口にする。
この人、さっきから俺が困るのを単に楽しんでいるのではなかろうか。
「……侯爵様、御戯れを。先程は一冒険者の身で出過ぎた事を口にしましたが、お許しいただきたい。例の件にはレイドで関わっていたため、気掛かりだったのです。からかうのはこのくらいでご容赦願います」
「んぐぅっ! げほっげほっげほっ! かはっ! こほっ!」
俺が頭を下げる横で、ルーチェが激しく咽ていた。
「とっ、とと、父様!」
スノウが顔を真っ赤にして、目に涙を潤ませてハーデン侯爵を睨んでいる。
恥ずかしさからか声が震えていた。
……なぜ直接爆弾を叩き込まれた俺よりも、ルーチェとスノウの二人が動揺しているのか。
「は、ははは……侯爵様、ご冗談が過ぎます。こんな平民と、次期当主候補筆頭のお嬢様を、そんな……」
「なに、廃嫡された身であるとはいえ、エドヴァン家の出なのであろう? 吾輩がちょいと力を添えてやれば、復縁も乗っ取りも思いのままであるぞ、エルマ君」
「なっ……!」
ハーデン侯爵の発言に、つい言葉に詰まった。
誤魔化すべきかと頭を過ぎったが、今更否定しても仕方がない。
ハーデン侯爵も確証があってこう言っているのだろう。
ギルド長のハレインとも親族であるため、彼女から俺のことをもっと前から聞いて、調べていたのかもしれない。
「……佇まいや剣術より違和感があったが、お前、貴族の出だったのか」
イザベラが目を丸くして俺を見る。
「別に俺は、自身の扱いについては納得できています。ハーデン侯爵様、あまり触れないでいただきたい」
「おお、そうか。それはすまないことを口にした。ふむ……キミはあの男に、もう少し文句を言ってやってもいい立場だと思うがな」
俺は自分の眉間を軽く指で押さえた。
割り切ったつもりだったが、あまり外から不躾に触れられて愉快な話ではない。
「では、話を変えて……わざわざ吾輩が、なぜ一冒険者のキミと話をしにきたかの、本題に入らせてもらうか」
「本題……?」
「どうせ吾輩の噂は散々聞いておったのだろう? わざわざ娘の恩人に直接礼を言いたがるタイプではないと、知っておったであろうに」
〈嘆きの墓所〉での件で活躍した俺とルーチェを見に来たのではないか程度に考えていたのだが、しかしこの口振りから察するに、そういうわけでもないらしい。
「吾輩らとて遊んでいるわけではない。あの不気味な宝石をばら撒いて、〈夢の穴〉災害を引き起こしてくれた組織について、朧げながらに掴めてきておる」
「〈哀哭するトラペゾヘドロン〉の件で、何か進展が……?」
だとすれば、ぜひ聞きたいところではある。
しかし、そのことをわざわざ俺に打ち明ける理由が不明であった。
「ハ、ハーデン侯爵様! 部外の者に、あまりその話をしては不味いのでは……?」
イザベラが口を挟むが、ハーデン侯爵は彼女の方へは目も向けない。
「連中の目的は例の気味の悪い宝石を用いて、夢壊を人為的に引き起こすことだと考えておる」
「夢壊……えっと、〈夢の主〉の二段目の存在進化……ですよね?」
ルーチェが不安げに眉を寄せ、俺の方へと目をやった。
以前の騒動の後、俺の口から耳にしたことを思い出したらしい。
どうやら、ハーデン侯爵は、俺と同じ答えに行きついたらしい。
俺も確信こそ持てていないが、暗躍している奴らの狙いが夢壊にあるのではないかと怪しんでいた。
「……正確には、〈夢の主〉が二回存在進化を引き起こしたときに発生する、大災害だ。〈夢の穴〉が崩壊して、中の魔物達が外へと溢れ返る。元の〈夢の主〉のレベルにもよるが、仮にこの周辺でそんなことが起きて、対応を誤れば数千人規模の被害が出る」
「そ、そんな大規模な!?」
ルーチェが大きく仰け反った。
「ほほう、やはり知見が広く、聡明だなエルマ君。吾輩らが学者を招き、過去の文献を漁ってようやく行き着いた答えであったというのに……その様子、既に見当を付けておったと見える」
しかし、考えてこそいたが、夢壊が狙いだなんて思いたくなかった。
「〈夢の主〉が二度目の存在進化を引き起こすための条件の一つとして、大量の高レベル冒険者を殺す必要があるとされておる。〈嘆きの墓所〉の事件では、奴らは調査のための大規模依頼を逆に利用して、大量の冒険者を罠に掛けて〈夢の主〉に捧げ、夢壊を引き起こそうとしたと推測しておる」
……ハーデン侯爵の推察は筋は通っている。
前回、地図の改竄といい、〈夢の主〉に冒険者を殺させること自体が目的であったとしか思えない点が目立つのだ。
「吾輩はもう一度、敢えて大規模依頼を行って条件を整えてやって、連中を釣り上げるつもりだ。これで狙いが夢壊にあることを裏付け……同時に、吾輩の領地で好き勝手にやってくれている馬鹿共を炙り出す」
俺はハーデン侯爵の顔を見る。
彼に先程までの飄々とした様子はなく、真剣な表情をしていた。
「そんな……危険すぎる。一歩間違えたらラコリナが滅びかねません」
「万全は期す。夢壊を操ろうとしておる人間自体が危険過ぎるのだ。敵は狙いがバレた、正体が掴まれつつあると感じれば、ほとぼりが冷めるまで身を潜めるであろう。そうして次は、失敗を活かして確実に夢壊を引き起こそうとする……。敵が釣れる間に、リスクを取ってでも暴いて潰さねばならん」
「それは、そうですが……」
「連中は必ず、前回同様大規模依頼の妨害を試みるはずだ。キミ達には一般冒険者として参加して、裏切り者を見つけ出して騒ぎを起こす前に叩いてもらいたい。恐らくこれが、連中の尻尾を掴む最後の機会になるであろう」
「……他の信用のおける冒険者にも話してはいるのでしょうが、何故、俺達にもその話を?」
「なに、前回、連中の企てを破ったのはキミなのだろう? 実力があり、同時に信頼のおける冒険者ではないか。念のため揺さぶりは掛けたが、不審なようには見えんかったからな」
「は、はぁ……」
さっきから嫌なことばかり突いてくると思っていたが、俺に話すべきかどうか、俺の様子を見ながら考えていたのかもしれない。
「それに、何より、娘の恩人なのだからな。信じたくなるではないか、人の親として」
ハーデン侯爵は、先程までの硬い表情を崩して、ニヤリと笑ってそう口にする。
……本心なのか、ただのポーズなのか。
或いは、軽口のつもりなのかもしれない。
しかし、〈夢の穴〉災害を誘発させる〈哀哭するトラペゾヘドロン〉が出てきた時点で嫌な予感はしていたのだが、ここまで胡散臭い話になってくるとは思っていなかった。
「……少し考えさせてください」
大きなアドバンテージであるこの世界の知識を有している身として、そして王国を守護する貴族に生まれた身として、この事件の解決に協力したいという気持ちはある。
しかし、この事件は、あまりに危険過ぎる。
「うむ、今すぐ決めろとは言わん。その気になれば後日公表する、大規模依頼に参加してくれればよい。だが、くれぐれも他言はしてくれるなよ」