未來 七 赤子
此の時代の産婦は、赤子を産んでから七日座った侭で居なくてはならない。
蒲団を積み重ね体を横に出来ない様にして過ごす。頭に血が登るのを防ぐ為だと云われた。
「私が面倒を見るから人は呼ばせなくて良いわ。」
時子が産婆に云った。
持ち回りで経産婦が面倒を見るのが普通だったが、断った。
「私は手伝だいます。」
まだ年若い女は云った。最後まで妊婦を支えてくれた女だった。
「其の答えは嬉しいのだけど……。訳があってね。」
産婆に紙幣を掴ませ、時子は冷やかな瞳で云った。
「今迄の御産の遣り方と違うから、罰当たりだと思われるかも知れないです。他言無用でお願いします。」
産婆は頷くと出て行った。
後産も終わり赤子が座布団で寝かせられている。
道具も片付けられ血塗れの御座も産婆が持って行った。
梁に掛けられている綱以外は、只の土間になっていた。
「古い農村で噂になるのは困るし、穢れで男性が近付く事さえ許されないわ。だから何処かで待っている……、多分頭の家に居る伊藤継一と啓之助に伝えて貰えるかしら……。」
「あの伊藤様ですか……。」
明治に成っても農村では身分階級が根ず良く残っていた。伊藤家は下級武士ではないのだ。
「伝えれば解るから……。驚かないわ。他言しないなら手伝って欲しい。貴方なら大丈夫だろうしね。」
「解りました。」
女は時子から伝言を聞くと、家の外へ出て行った。
直ぐに時子は、汚れた上襦袢を脱ぎ湯で洗い、体を拭いた。
汚れを落とし終わると蒲団で凭れ掛かっている女性に聞いた。
「着物を貸して欲しいの。貴方は女性にしては背が高いから着れると思う。」
実際時子も此の時代にしては長身である。女性は、押し入れを指差し引く動作をした。
声が出せない程衰弱している様だった。
「開けて良いのね。」
襖を開けると着物用の行李が合った。
袖の擦り切れた着物と襦袢があったので、手を通し半幅帯で着付ける。
「此なら外にも出られるわ。」
まず始めにしたのは、奥の間に蒲団を引いてから、べにと呼ばれる女性を起こし横にした。
「安静にした方が良いわ。大丈夫。頭に血が登る何て、出任せだから……。誰も此の部屋に居れないわ。安心して……。」
困惑をした表情だったが、べには直ぐに疲れていて寝入ってしまった。
べには年を取っているのに、色香がまだあった。時子にとって顔に見覚えがあるが、誰かは良く解らなかった。
座布団の赤子を女の横に寝かせた。本能的に寄り添い、二人は寝息を立てていた。
二人を残し、障子を閉め、土間に開け放たれた板場に出た。
お産が合った民家は穢れで男性が入る事は許されない。其の間、近所の女だけで母と赤子の世話をするが、水仕事、針仕事、料理は産後の日達が良くないので、時子がするつもりであった。
辺りを見回し赤子の産着や襁褓は出来ていた。
土間に降りると、冷飯が飯櫃に入っている。
「此れと云って、変わった様子はないのだけれど……。」
時子は首を傾げた。其の違和感は解らないがゆっくりと立ち上がった。
何か違和感があるのだ。
若い女が戸を開いて入って来た。
「伝えて来ました。此方に顔を出すそうです。奥様は本当に紅さんのお世話をするのですか……。」
「ええ、其のつもりよ。私も子どもを産んでいるから、問題はないでしょう。」
表情が曇った。
「私は、御産はしていません。結婚はしていますので……。朝餉と夕餉だけ御時間を下さい。」
「大丈夫よ。強い見方を呼ぶつもりだから……。」
流石に、二人で経産婦と乳呑み子の面倒は辛いのが分かっていた。
「啓之助が此の家の旦那さんを『あき』と呼んでいたわ……。秋継と云う名前ではないの……。」
板場に腰を掛けて女に話し掛けた。
「此の家の夫婦は村でも有名なおしどり夫婦ですよ。名前は、林 秋と紅時と云う名前です。二人とも利発な方で、苗を育てるのが上手いのですよ。村外れに住んでいますが、長い間飢饉も乗り越えて来れたのは、林さん達が寒波や暖冬の前に芋の苗を配っていたから逃れられました。」
時子は継一に詰め寄りたい感情に襲われた。未来を知っている様な行動。『秋継』しか考えられないとも思った。
紅時に質問したいが体力的に無理だろう。
「産婦は、年を取って居たけど……。」
「幼い時に女郎屋から着たから年齢は正確には知らないけど……。確か、三十路だったと思います。」
「継一様と近い年齢で女性の知り合い何て居たかしら……。其れも『べにとき』何て、源氏名みたいなの……。」
時子は令和の時代を思い出していた。紅時の顔に見覚えはあるが、誰だか解らない。
「げんじめいとは何ですか……。」
女性が不思議そうな顔をしていた。
「ひっかかるけど話をしてみないと解らないわ……。其の上、遊郭上がりなんて、子どもを産めるだけ凄いわ。」
「噂では幼い時に伊藤様が見初めたらしいですよ。」
「旦那様が……。尚更、訳が解らないわ。何歳位に買われたのかしら……。何故、『あき』と暮らしていれのかしら……。」
「二十六、七年前だったと思います。凄い噂になっていたらしいです。私が生まれる前だから、良く解らないけども……。」
「明継が生まれた頃ではないの。旦那様が浮気してた時期だわ。」
時子が考え込んだ。確かに、数十年前の屋敷に戻らなくなった頃に一致している。
継一に、聞かなければならない時子は其う考えた。
外から戸を叩く音がした。
時子が、駆け寄ると戸の前に三人の男が立って居た。
継一と啓之助と秋である。
「噂になると困るので、敷居は跨がない。秋を伊藤の家に連れて帰る。後、明継の事後処理があるので、少し時間が掛かるが良いか……。」
「やっぱり逃げるのね。旦那様は何時も其の様にして煙りに巻くのですね。」
「しっかり説明はする……。私では無駄だ。信用しないだろう。御前の性格だと……。」
「其れに紅時さんの体力が回復される迄、私は居るつもりよ。後、晴に、女の括弧をさせて連れて来て下さいな。あの子は育児に適性があるわ。後、私付きの古株の下女を一人連れて来て下さいな。あの人達も私の御産を見ているから信頼出来るわ。」
継一が渋い顔をした。穢れは男が側に居てはならない。晴は成人していないが男である。
「紅時が嫌がらないか……、今は明治だぞ。」
「迷信に囚われてる方が馬鹿らしい。噂にならない程度の内向きな事しかさせないわ。外にも出さないつもり……。息子の明継と紅ちゃんの政治的な処理をお願いします。」
継一は大きな溜め息を吐いた。
「会い解った……。」
扉は締まり、三人の気配が朝焼けに消えて行く。
まだ明継である息子と別れてから、数日しか経って居ない事を思い出した。
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