未來 六 農家
お産のシーンがあります。
表現がダメな方は避けてください。
自動車を停めると既に畑が広がっていた。悪路に成る為、二人は砂利道を歩いた。
提灯で足元を照らし寄り添う。
やはり街とは違う山風に時子は目を眩ませた。
「しっかりしろ。」
継一が彼女の腕を持った。掴んだ侭、歩き始めた。
「もう少しだ。」
灯りの灯っている農家が見える。外に二人男性が立っている。近付くと一人は見覚えがあった。
「啓之助。貴方は此所で何をしているの……。」
時子は提灯を持ち上げて長男の啓之助を睨んだ。
「母上……。父上迄いらっしゃる何て……。近所の医者は皆、出払っています。」
時子が青ざめた。医者を呼ぶ程の重病人が居るのだと解ったからだった。
女性が度々、慌てて農家から出てくる。桶を持ち垂れ下がる晒から血が滲んでいる。
「待って。」
時子が其の一人を止める。
「もしかして御産では無いですか……。」
見た事もない女が来たと訝しい表情をしている。だか、時子の身成を見て直ぐに態度を変えた。
「明け六つから陣痛が来てるのに、まだ赤子が降りて来ない。母子共に危ない状態だよ。」
今は暮れ八つを過ぎている。長時間産婦は痛みに耐えているのだ。
「難産だわ。破水は……。御印は何時に来ましたか。」
「申七つにはもう来ているよ。」
時子が考え込んでいる。
「手伝える事が有る筈だわ。中に入っても良いかしら、啓之助の知り合いなら尚の事母子共に死なせない……。」
女は時子の上品な着物の裾を見た。
馬鹿にした顔をする。
「御嬢様に何が出来ると云うんだ。邪魔に成るだけだ。帰ってくれよ。」
「嫌よ。」
時子が否定の言葉と同時に農家の戸を開いて、一人だけ擦るりと入った。
農家は、梁もしっかりした建物で、土間の引戸を引いた様だった。硬い土が地面に叩かれている。
煮炊き出来る釜戸の隣に水瓶が置いてあり、湯を炊いている様で炎が着いている。
「私は伊藤 時子。手伝いに参りました。」
土間の産婦には目を向けず板場に上がり着物を脱ぎ出した。
産婆が目を丸くしている。
「其の様な高価な襦袢で手伝われたら、迷惑だよ。」
「なら、着物を貸して下さい。一刻の猶予も無いのでしょう……。」
「貸せる着物何てないよ。帰ってくれ。」
女達が騒ぎ出した。
時子は着物を畳み出した。引き返すつもりはない。命の大切さを時子は知っているからだった。
「襦袢で結構。産婆なら何をするか解ってるでしょう。知識が無い訳ではないわ。私は継一の家内です。助かるのなら助けるわ。」
足袋を脱いで裸足で土間に降りた。
気迫に押されたのか女達は睨んだだけだった。さっさと家を出て行くのも居る。
年若い女の腕を掴み脅す口調になる。
「猶予もないのが解るでしょう。妊婦の後ろに回って、背中合わせになって体重をささえて欲しいの。」
御座の上で、梁からぶら下げられた縄に捕まって、意識も絶え絶えな妊婦を見た。
「此の侭では、二人とも死んでしまうわ。お腹を圧迫して押し出すわよ。其の土台になって欲しいの。彼女を桶に座らせて体を斜めにするのよ。其うすればお腹を圧迫出来るわ。押すのは私がするから、産婆が取り出せばいい。今は此の方法しかないわ。」
家には話を聞いていた産婆と、年若い女性しか居なくなっていた。
だが産婆が頷いた。
「自力で産むだけの力は残ってないね……。なら、やろう。私は賛成だよ。」
「布団では体制を斜めに出来ない。貴方の力が必要なの……。」
困惑はしているが、脂汗を掻いている妊婦の姿を見た瞬間女性の顔が引き締まった。
「聞いた事もないお産だけど、紅さんとは仲が良いから、頑張って欲しい。又、楽しく話がしたい。」
「始めるわよ。」
時子が襦袢を捲し立てて、袂を襷掛けにした。
「私を信じて、我慢してね。」
手綱を持った手から血が滲んでいた。妊婦の手をほどくと、均衡を保てなくなった上半身が揺らぐ。
時子が両腕で支えると、桶を持って来た女性と目があった。
「大きいの持って来た。」
「しっかりしなさい。子供が駄目になるのよ。意識を失ったら終わりよ。最後まで産みなさい。」
妊婦を桶に座らせると、彼女の後ろを向けてぴったりと背中合わせになり、腕を絡ませて若い女が桶に座った。
少し前屈みになり妊婦を深い椅子に腰掛けた体勢にした。
「逆子ではないわよね……。」
時子が妊婦に股がると膨らんだ腹の上部を押した。
妊婦が力んだ時は、奥歯に力が入る。其の表情を見落とさない様に顔を見詰めた。
顔が歪んでしまっているので違和感はあった。
余計な事は考えたく無いと、頭を降った時子。
「諦めないで。痛くなったら力んで。」
時子は全体重を掛けて押した。
此の時代の妊婦は、どんなに痛くても悲鳴を上げない。声を漏らす事は、女の恥とされていた。
「ぐう。」
妊婦の口から空気が漏れる。
下敷きになっている女性が桶からずり落ちて、御座に膝を着いている。潰れそうになる上半身を必死に支えている。
女達の額には汗が滴っていた。
「頑張れ。」
時子が陣痛と同時に圧迫する事で、腹の張り形が変わって来た。
妊婦の踏ん張る力も強くなっているのが解る。
「頭が見えたよ。またまだ、御産はつづくけど今迄より良くなってる。頑張れ。」
産婆が叫んだ。
時子は力を込めて必ず助けると、頷いた。
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