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【完結】倫敦《ロンドン》  時折《トキオリ》、春 〜君を辿って〜   作者: 木村空流樹
第三章

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未来 四 家督を継ぐ者

御婆(オバア)様は薄情です。」


 船に乗り換える時に(はる)が呟いた。


「何が薄情ですか……。もう、明継(あきつぐ)とは別れを告げていましたからね。男子が泪等(ナミダナド)見せる(ハズ)がありません。」


「でも、明継叔父さんは何か()いたそうでしたよ……。」


 明継の母が、考え込んでから、笑った。


()れからは、紅ちゃんが大変になるわ。全く知らない場所に行くのだから……。」


 ステップを上がって行くと、塩の香りが強くなった。


 まるで此から来る波乱に満ちた人世を物語るかの様に、波が高い。


「林さんも着いて行ったのだから大丈夫だわ。彼は、自分が思って居るより、二人を思っているわ。」


「何故、()う考えるのですか……。」


 晴が(イブカ)しがった。

 未来を知らない晴に取って、死ぬ覚悟で二人に寄り添った修一(しゅういち)の心の内は解らないだろう。


「任務よりも二人を選んだからよ。」


「確かに、敵前逃亡で軍人らしからぬ立ち居振舞いだと思います。」


「人の心は其の様に簡単では無いからよ。」


 晴が納得出来ない顔をして居ると、まるで自分の子供をあやす様に母が微笑んだ。


 晴が見せる表情に懐かしさがあった。


「憎しみすら愛情の裏返しだもの。」


 余計、晴の顔が解らないと伝えている。


「長い人世に何があるか解らないわ。だから納得出来る形で旅立てた二人は幸せだわ。皆に祝われて旅立てた。少ない人数だったけど、明継達の人生に深く関係した人ばかりだもの。二人を忘れる事はないでしょう……。晴もね。」


「確かに、明継叔父さんよりも(こう)は、親友に慣れそうだったのに、残念です。」


 母が頷いた。


「親友よりも深い感情で結ばれる(ハズ)だったわ。」


「又、御婆様の未来予想ですか……。」


 母は鼻で笑った。


御国(オクニ)に着いたら、久しぶりに浴衣でも縫おうかしら……。」


「御婆様は不器用なのを忘れていますね。下女(ゲジョ)に頼んだ方が良いですよ。」


「晴は遠慮が無いわね。常継(つねつぐ)から、(シカ)って貰うわよ……。」


「其の気もない(クセ)に脅さないで下さい。御婆様は、云いたい事は自分で云う(タチ)です。」


「確かにそうね……。晴は、本当に私の性格を知ってるわね。」


「御婆様の孫ですからね。」


 晴が微笑んだ。

 船のデッキに出ると潮風が髪を撫でて行く。晴が荷物を置きに、個室の方へ向かおうとする。





 背の高い男性が晴の前に立っていた。横を()り抜け様として視線が交わる。

 晴の父親よりも貫禄のある男性が目尻に(シワ)を寄せた。


「晴か……。久しぶりだな……。」


 真っ正面から見ると()の男は母を見た。

 驚いている母を尻目に男が近付いて来る。


天都(てんと)如何(イカガ)でしたか……。」


 母は久しぶりな息子との対談に困惑していた。

 彼は伊藤 啓之助(いとう けいのすけ)。伊藤家の長男である。


啓之助(けいのすけ)は何故御国(きゅうしゅう)に帰る船に居るの……。仕事はどうしたの。休める訳がないわ。」


「私用で、どうしても行きたい(トコロ)がありまして……。妻や子供にも会いたくなったので休みました。」


()の様に休まないといけない(ホド)の用事なの……。」


「ええ。」


 啓之助は頷いた。


 彼は大政官(だじょうかん)からなる左院(さいん)正院(しょういん)右院(ういん)の政治の中枢の補佐官である。仕事の都合上正月すら帰省しない。


 長男なので妻子を九州に残した(ママ)仕事をしている。


啓叔父(けいおじ)さん。御爺(オジイ)様に、呼ばれたのですか……。」


「父上から連絡があって帰っては来た。確かに、父上には報告しないといけないね。既に電話では話をしているけれども、正院も兵部省(ひょうぶしょう)が強すぎで左院も右院も判断しかねてる状態だよ。」


「其の様な中で実家に帰るのですか……。」


「私用だと()っただろう……。本家に少しいるだけだ。妻子にも会いたい。」


 デッキにから海を見る啓之助。

 長男である啓之助が次男である常継(つねつぐ)三男である時継(ときつぐ)末である明継(あきつぐ)の『継』の字を持たないのは、訳がある。

 伊藤の嫡子は、長男に『継一(つぐいち)』の名前を継がせるのだ。だから、啓之助だけ名前の色が違うのである。


「啓之助も明継達と御別れが出来たら良かったのに……。」


 母が微笑んで啓之助を見た。

 彼の視線は海から動く事はなかった。険しい表情で見詰めている。


「心配事でもあるの……。啓之助。」


「否。明継達を心配している訳ではありません。彼らは煙を巻いた様に姿を(クラ)ましたのですから……。父上も納得されるでしょう。事後処理は、常継がするでしょうし、時継も補佐するので心配はしていませんよ。」


 眼球に鋭い光は消えなかった啓之助。


「御国に着きましたら、話せる(トコロ)は話しますよ。母上も体に(サワ)りますから、中に入っては如何(イカガ)です。」


 啓之助が母と晴を中へ誘導した。

 母は啓之助の違う空気を感じ取って心配をした。だが言葉には出せなかった。

 彼の背中を見詰めながら、晴の手を握った。

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