未來 三 過去に進んで
明継が目を覚ましたのは、朝日が大分上がってからだった。
明継の母と紅は寝台車から出ず、話をしている。
二人とも普段使いの着物を着て、帯留めの話をしていた。瑠璃の帯留めを手にしながら、母が笑っている。
「其の様な高価な物を持って行けません。」
紅が頭を揺らして居る。抵抗をしても母に口では勝てないのが解っていた。
「旦那様から貰った物だから余計に持たせたいのよ。あの人は、何も買ってくれた事が無いの。贈り物を贈る紳士ではないのよ。」
「ならば余計に頂けません。戦争に為るなら紙幣より物の価値が上がります。宝石は貴重です。」
「尚の事よ。倫敦の方がどの様な情勢になるか解らないわ。天都はまだ大丈夫なのよ。だから明継に渡して上げて……。大切な人に蒼い物を贈って欲しいのよ。」
紅が意味が解らず呆けている。
「けっこんしきを挙げる時にね。借りた物。古い物。新しい物。青い物を持ってると幸せに為れる言い伝えがあるの。此の瑠璃は全部当てはまるから……。私からの餞よ。」
明継が二段階ベッドから降りて来た。
紅が助けを呼ぶ目をしている。
「高価な物で其の上、頂いた物なら持っているべきです。贈り物に青い物等聞いた事が有りません。」
母が考え込んでいる。
手には瑠璃の上品な作りがあった。
「紅くんは私にサムシングフォーをしてくれたのよ。だから、御礼をしたかったのだけど……。」
紅が困惑している。自分でした記憶が無いものを云われているからだ。
「サムシ……。何なんですか。其れは……。」
明継がふと顔を歪めた。
「Something Four……。欧州での童話だ。」
「何か知って居るのですか。先生。」
「有名では無いけれど、留学先で聞いた事があるのだよ。marriageで使うと幸せになると云う小物だよ。確かに青い物と6ペンスが必要だったはずだけど……。母上が祝言を挙げた時代は、高砂を踊り、酒を飲み祝っていた日本式だったはず……。」
母が考え込んでから紅にだけ話した。近付いて耳元で囁く。
「未来には、祝言の形も変わるのよ。結婚式と読んで誓いを立てる神様も仏様も違うのよ。」
「節さん達は結婚式を挙げたのですか……。」
「いいえ。時代が悪かったから、お腹に赤子がいる時に写真だけ取ったの。その時新しい物に花束を、借りた物にレースのハンカチを、古い物に手作りのヴェールを用意してくれたの。全てにワンポイントで青い刺繍が入っていたわ。秋継が結婚式指輪に青い石を入れてくれたわ。6ペンスも秋継が用意してくれたのよ。だから、紅ちゃんにも幸せになって欲しいのよ……。」
紅が考え込んでからから微笑んだ。
「解りました。おかあさんの想いは、頂きます。」
瑠璃の帯留めを手にして懐に入れた。
母は満足している。
「おかあさんは未来をご存じなのですね……。其の世界には私と先生が居る。其れだけで十分です。餞に貰っていきます。」
紅は微笑んだ。
「幸せになってね……。もうして上げる事は出来ないから……。」
「おかさんもご無事で……。倫敦で祈っています。」
紅は明継の母に抱き締められるとはにかんだ。
「母上。話は終わったのかい……。」
秋継が溜息を漏らしていた。まだ、浴衣の侭だった。
彼が話の内容に疑問を持ちながら、立ち竦んでいる。
二人の長い包容は長々終わらなかった。
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