現代 十四 過去との相違点
秋継の部屋で肩を寄せあって話している。
紅の隣に晴が座り、秋継の隣に節が居る。それを前にして時継と律之が座っていた。
冷房を下げているのに人の熱気で息苦しい。
麦茶ポッドは空になりグラスは机の上に乗せられている。
「相違点が有りすぎるわ。過去の逃亡した記憶を、持っている私、律之くん、時継さんでは、明継と紅は倫敦に逃げるのよ?確か明継の母は九州に一人で帰さなかったはずよ。そのお陰で晴に会う事になるの。電車で一緒に九州の近場に出るわ。」
秋継は紅から視線を逸らせずにいた。
「確か母上が天都から帰った後に、私は捕まった。その後は牢獄から出られず殺された。母と電車で九州何てそんな場面なかったよ。牢獄に居るだけだった。節と修一が見舞いに来てくれるだけだったよ。佐波様も罪を被せようと一度だけ来たな。」
律之が身を乗り出した。
「俺は佐波として牢獄の伊藤殿に合った記憶ない。常継を使って逃亡した過去では文はやり取りしたけど……。直ぐに三人は倫敦に向かったって、田所が逃亡した後になって教えてくれた。」
時継が首を傾げた。
「私の記憶では宮廷に牢獄はありましたが、明継が入ったと言うのは聞かされてません。兄弟なのだから捕まった時点で会いに行くと思います。常継兄さんも多分性格的に、明継を擁護しますよ。私達は明継が紅を連れて生活してるのを知ってましたから……。仕事の立場以上に家族でしたよ。私達は……。」
秋継が押し黙った。
晴に視線を移すと、当時よりも若い啓之助の姿がだぶった。
「私が見た投獄した景色からは、当時の家族に愛着はなかった様だよ……。紅と二人だけの世界が全てだった。」
晴が紅の手を握ろうとする。咄嗟に手を振り払う紅から発せられた声は、秋継に向けられた。
「私の記憶している過去もそうです。先生との生活が全てでした……。」
節が辛そうな顔をしている。
「私が監視していた三年間は確かにそんな感じだったわ。伊藤さんは紅の為だけに仕事をしていたもの……。」
「節が監視?」
「ええ。林くんから話を聞いていたの。私は軍部所属だったのよ。直属は明継の父君。継一様よ。」
「いや……。節は新聞記者だった筈だ。」
「確かに、新聞記者だった時期はあるわ。でも明継と紅様が暮らす事になってから、内々に継一様の命で天都の佐波様の下に付いたの。林くんに会ったのもその頃よ。」
紅が不思議そうな顔をした。
「私が死ぬまで田所さんは新聞記者でしたよ。先生が殺されたと聞かされず、只待ち続けて家で私は息を引き取ります。心労で食べられなくなって、後を追うように……。修一さんと、啓之助も一緒に居てくれました。最後は啓之助が介護をしてくれました。」
紅が晴を見た。
晴が紅の瞳に驚いた顔をした。
秋継が晴を睨み付ける。
「そんな馬鹿な話があるかよ。黒幕は半田を操り、軍事国家にしょうとした父、継一だぞ。宮廷で起きた殺人事件も啓之助の犯行だ。紅を暗殺する為に啓之助を死ぬ最後まで側に置いた。」
「継一様は、確かに軍事産業で代を成したわ。」
時継が節が言い終わる前に言葉を被せた。
「慶吾隊の常継兄さんも、明継に協力して逃がそうとした。父上の名前が出て来たのが意外だが、軍部が動いてるなら九州軍部も動いてるだろうな……。半田さんは宮廷での印象が薄いが、佐波様と紅様の後見人のひとりだ。話しに絡んできても可笑しくない人物だ。」
冥冥に、静になった。
噛み合っていない過去が、2つある。
「伊藤殿が投獄される過去は、軍事的に利用出来ないと思い紅は泳がされたのかも知れない……。二人が逃げる過去では、成人の儀の後、佐波として戦地に赴いた。時継が側に居てくれたから辛くはなかった。でも、さもしかったな……。」
時継が律之の頭を撫でる。戦場での経験を思い出している様だった。
律之が体を時継に預けた。優しく抱き寄せると、時継が「大丈夫です。」と呟いた。
「過去が2つあるって事?逃亡する過去と、投獄される過去と……?では、今いる令和はどっちの過去な訳です?」
晴が秋継に聞いた。
「分からないね。どちらの過去にも、修一と節と佐波様と紅は居るが、投獄された過去に、兄さん達が私に優しくしてくれた記憶はないな……。」
晴が考え込んでいる。
「小説なら、捕まった世界がループしてるのかも……。何度も叔父さんと紅の時間が繰り返され、紅に記憶が蓄積されるけど、叔父さんは覚えてない……。逃げると言う選択で新しい世界が出来たんじゃない?」
「確かに、毎夜みる夢でも先生が慶吾隊員に捕まえる時は、少し話ている内容も、隊員の印象も違いました。」
節がふと、思い出した顔をした。
「過去の逃亡する電車で伊藤くんのお母様が、時間は一定でないと云っていたわ。その意味かしら……?名前に『時』の名前が付く人が意思を継とも……。」
時継が首を傾げた。
「確かに、母上はよく夢物語の様に未来の話をしていました。今ならアスファルト舗装やビルや電気だと分かりますが、過去の当時は意味不明でしたね。父上に良く話しているのを見かけました。」
「知識があるなら、継一様が軍事産業に手を出したのも頷けるわ。確かに先読みしてるみたいに、九州軍部は動いていたもの……。」
時継は律之を抱き締めた侭、節を見た。
「母上は何者です……。」
「未来を……。令和を知っている人だと考えるのが妥当だわね。逃亡する過去では、私が覚えてる限り、四人で電車に乗って船に乗り継ぐまでは、啓之助は出て来なかったもの……。」
晴が呆れた顔をしている。紅の手を握り直し、自分の膝の上に乗せた。
秋継の眉間に皺がよる。
「過去なのだから変える事は出来ないよ。でも叔父さんの母親がキーマンになってるのは分かる。過去が2つに分かれたのも、母親が出て来てからでしょ?分岐点に居るんじゃない?」
「現在の俺の母親は明治時代の過去の話、何てしないよ。晴の婆さんに当たるけど……。」
晴が溜息を付いた。
「逃亡する過去と投獄される過去での母親の名前は?時継さんと常継さんと叔父さんの母親の名前。」
秋継が眉間に皺を寄せた。
時継は驚いた顔をして、律之の手を握った。
「伊藤 時子だ……。」
節の瞳が大きくなった。指摘されても困ると顔に書いてある。
「時子って。私の名前だわ……。田所 時子が私の本名よ。節は、継一様が身分を偽る為に付けた名前なの……。現在は小さい頃に改名しているの。産まれた時は、時子だったのよ。」
「偶然か?……にしては、未来を知ってたな。母上は……。」
時継は首を捻った。
晴だけが溜息を付いた。
「節さんが叔父さん達の母親だったんじゃない?なら、何故叔父さんが捕まる時に、指摘しなかったのか……?逃げた過去と何処が違ったのか?」
紅は晴の側で苦笑いをした。
「さっき目覚めたばかりの私達には逃げた過去の記憶が無いから比較しょうがないよ。一文字一句覚えてないし……。私の記憶では先生が捕まって、正気では有りませんでした。さっきの夢なら、先生も逃げた世界を知らないよ。」
「律之も宮廷の人間だった私も逃亡した過去しか知らない……。倫敦で明継が殺されたと言う報告も、道中で殺されたと言う報告も受けていない。節さんは、どうです?」
「私も逃亡した過去しか知らないわ。前に佐波様の云う通り、倫敦に三人が向かってから、一旦天都に戻り佐波様に報告して、継一様の所に九州に残ったわ。」
「三人?」
「伊藤くんと紅様と林くんよ。林くんも倫敦に付いて行ったのよ。確か、何年かして日本に帰ってきたわ。」
律之と時継が目を合わせる。
「私も会いました。林さんに……。戦争が終わった後に……。」
「私も会った。確か、時継が合わせてくれた……。」
秋継と紅が顔を合わせる。
「私は知らないよ。逃亡した過去では、二人はどうなったの?先生は?私は?」
晴以外は目を伏せた。
「倫敦に渡ってから、第一次世界大戦があって、林くんが帰ってきたわ。ひとつの遺骨を持って……。」
「死んだって事ですか?誰が?」
口ごもっている。
節が秋継に向けて言葉を発した。
「伊藤くんと紅がよ。遺骨は日本の海に撒く為に一つにしたそうよ。継一様の願いらしいわ。林くんが最後に私に会いに来たと言っていたわ。他にも話したけど……。その後の方が人生が大変だったから、細かい所まで覚えてないの。」
晴が溜息を付いた。
「フラグが立ってるじゃないですか?遺骨に会った人物が令和に居る。紅に三人で逃亡する過去の記憶と叔父さんが投獄される過去の記憶があるのは、節さんが何かしたからですよ。時子って名前で、叔父さん達の母親だからですよ。 」
「私は何もしてないわ。」
「何かをしたんですよ。既に……。」
晴は呆れている。節だけでなく、回りの人々に視線を送った。
「今しか生きれないんですよ。過去程、塗り替えられない。記憶を辿って何かを得ましたか?今は平和な日本です。世界は変動するでしょうね。でも、誰を好きになったって、過去の記憶の影を見ているだけです。今を生きましょうよ。」
晴の言葉に秋継が目を伏せた。
紅に対するこの感情が何なのか分からないからだった。
過去の投獄する記憶を見てから、紅が綺麗に見えて仕方ない。何故か節が不安な表情で居るのが、秋継にも分かる。
紅を特別に想っているのだと自覚したからだ。
「困ったな……。」
記憶を辿って秋継が得た物は、紅への想いだった。
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