現代 十二 記憶を辿って17 (過去 三十六 独り)
窓の外には二十三階が見える。
三年間の明継との生活をした部屋に戻って来たのだ。
紅は居間の明継が好んだ肘掛け椅子に、腰を下ろした。
其して明継が良く此処で瞳を瞑っている様に同じ行動をとった。
目の奥から明継の微笑んだ姿が見える。何時でも思い出せる彼の声。
明継の背中が見える。その耽美な横顔が振り返ると紅の瞑っていた双眸を見開く。
「先生……。」
声が久しぶりに帰って来た家で、木霊する。
明継と一緒に過した部屋は明継が逮捕された当時と同じ配置で、然程代わり映えも無かった。だが少し寂れている。
「どうしたの。紅様。又悪い夢……。」
節が心配そうに顔を覗かせた。
脂汗を掻いている紅は大丈夫ですと首を振る。
「白昼夢を見たのです。先生が逮捕された時『さようなら』って云いました……。」
「それは、昔の事でしょ……。伊藤さんも直ぐ来るわ。」
紅は節の言葉に頷く。
等身大の窓を開け放つ節に眩しく目を細める紅。風が優しく頬を撫でた。
明継が撫でた時と同じ感覚に紅が驚く。しかし節に話すのも気が引けたので、顔一杯に微笑みだけで我慢した。
今頃宮廷を出て一生懸命走って先生は自分の元に戻って来ると考えただけで、胸が踊った。
宮廷の周りには桜の花が植わっていた。彼はその下を走って来て第一声はきっと
『桜の花が咲いていましたよ。』と、嬉しそうに報告してくれる。
「先生、遅いですね。」
クスクスと笑う紅。幸せそうにしている姿を節と修一は微笑んで見ていた。
紅は明継と過した三年間の生活と此れから来る生活を想像した。
彼は明継の家で暖かい光の中待ち続けた。
『桜の花はもう満開ですか……。』と風の声を聞いた。
紅は来る筈もない明継を待ち続けるのであった。
記憶編はここまでです。お連れ様でした。
話は、現代に戻ります。




