現代 十二 記憶を辿って15 ( 過去 三十四 朗報)
修一は紅の元へ逆戻りした。
あの惨劇が嘘の様に花崗岩が新品同様に磨かれて、もり潮が戸に寄り添っている。
門番が相変わらず仏頂面で立っていた。
其の横に一足先に帰って来た節が、落ち込んだ様子で座っている。様子が一目で可笑しいと分かった。
「どうした……。」
門番の人目が気になるのか、場所を離れて話し始めた。
「伊藤さんの様子が可笑しいの……。何か、嫌な事が起きそうで……。怖い。」
「でも大丈夫ではないのかい……。半田さんは紅の留学の件も、三年間の同居も良い印象だった。話の内容から御咎めなしで釈放かもって……。きっと、それで気分が高揚しているのだよ。」
節に朗報を聞かせて慰め様とした。
だが何かが引っ掛かる。話が上手すぎる気がする。其れを払い除けるため修一は頭を振った。
「明継が紅を連れ出したのも後見人の差し金だったらしい。元から紅を匿う為に明継の家に同居をさせていたようだよ。」
節は唖然として修一の話を聞き入っていた。其れでも、彼女も信じ倦んでいた。
「簡単にすると後見人の半田さんが伊藤さんに紅様を預けて、反対勢力から守ったと云う訳なのかしら……。でも伊藤さんは其れを知らないから今迄苦しんで来たと云う事……。」
修一は其の通りと頷く。
「何だ……。無駄な労力使った。」
ドッと疲れが込み上げて来る節。腰が抜ける様に下にしゃがみ込んだ。
「紅に知らせて上げよう。」
修一は節を無理矢理立たせると、門番の前を素通りして、ドアを開けた。
部屋の中からは待ち焦がれていた紅が、蒲団から飛び出して来る。
二人は紅を抱き止めると微笑んだ。
「紅。もしかしたら明継に会えるかもしれないぞ。」
「どう云う事です……。」
啓之助が後ろに構えていた。
修一と節は顔を見合わせた。
啓之助の存在を忘れていたのだ。明継の話をするのは得策ではないと合図する。
「何でもないよ。紅と話をしたいだけさ……。」
修一が紅を蒲団に連れて行く。節は黙って後ろに着いた。
紅の部屋に乱入して来た半田は肩で息を吸って四人の前に座り込む。
言葉を一気に言い放った。
「紅様の留学の件後継者達は満場一致で、許可されました。驚きになされますな……。倫敦の留学に際し見知らぬ地故、不慣れな点があるはずと伊藤殿を案内役に抜擢されました。」
信じられない顔の紅。
偶々紅の背中を擦っていた節が喜びの余り引っ叩いた。肉と爪が擦れた音がする。
紅は痛みよりも、嬉しさが込み上げてきた。
「本当ですか……。」
瞳に涙が溢れそうになるが必死に堪えた。
「御免なさい。痛かったかしら……。」
節は痛み故の涙だと勘違いした。しかし表情から直ぐに其れは嬉しさだと気付いた。
半田は、頭を項垂れる。
逆に紅は、華やかな声を出した。
「何時になったら、倫敦へ……。」
啓之助が其れを横目で見ながら、訝しい顔をした。
「時間が懸るので元気になってからが宜しいかと……。」
半田は紅に笑い掛けた。
嬉しそうに紅が節を見る。
修一は明継の苦しみ方をを見ていたので、納得は出来ないが節は紅の笑顔に水を差したくなかった。
「良かったら先生の家に帰って、荷物を取りに行きたいのですが……。」
紅がハニカンだ。
半田が頷くと即座に立ち上がり、今にも走り出しそうな勢いだった。
「先生と一緒に帰ります。呼んできても宜しいですか……。」
声が甲高くなっている紅に節が歯止めを効かせて、座らせた。
「今すぐでは体が持たないわ。」
「少し食べられる様にななるまでは、出歩かない方が良いよ。」
修一も殺人犯がくるかも知れない外に出すのは怖がった。
「大丈夫です。家には缶詰が有りましたから其れを食べます。」
啓之助が紅の顔を覗き込んだ。
「僕も行っていい……。」
修一と節が微妙な顔をしている。しかし紅だけ有頂天で頷いた。
「もちろん。修一さんも、節さんも要らして下さい。」
半田が申し訳なさそうに云い出した。
「紅様。伊藤殿には直に会って謝りたいので、先に御行き下さい。謝罪をした後紅様が家で待っていらっしゃると御伝えします。」
半田の言葉に頷く。
紅は堂々と部屋から出て行った。
啓之助に寄り添いながら歩く。
紅は思ったよりも戸が小さいと感じた。重苦しいドアが音を立てて、開いて行く。門番が訝しく睨んでいた。
紅達は外の空気を一杯吸い込む。背伸びをすると体の渋々が痛い。
紅は笑いながら明継と住んだ家へ向かった。節と修一は其の後を続いた。
それを手を振って半田は見送ってから、体を翻し、明継の居る牢獄へと足を向けた。
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