現代 十二 記憶を辿って11 (過去 三十 牢獄へ報告 )
明継は変わらない様子で節の方に視線は向けず、頭を垂れている背が印象に残った。
一点を見据えた侭明継は息をしていないのか、いないのか分からない程動かない。
他愛もない話には耳を傾けず返事すらしない。仕方なく本題に入ろうと、節は口を開いた。
「昨日紅様の部屋の前で……。」
話題を進めると明継の肩がピクリと動いて、飛び起きたかの様に吊るされた侭の姿勢で顔を向けた。
逆光で顔が暗く瞳だけが光っている不気味さがあった。髪を振り乱した彼には美青年の面影はない。
修一が端的に説明してくれて、節は助かったと息を付いた。
「紅は無事か……。」
明継は血相を変えた。今の彼に紅と住んでいた頃の美しさはない。
「えぇ……。大丈夫。心配いらないわよ。」
節の一言で表情が和らいだ。
優男の目に光りが見えた。
修一が又昨日なの事件について説明する。端的な状況説明と紅が狙われたか紅が加害者に疑われていると話した。
「紅が狙われたと……。」
「可能性は高いが暗殺されていない。啓之助が護衛に付いてる。」
「聞いた事のない名前だ……。」
「庭師と云っていたが多分、軍人だ。目が鋭すぎる。」
「何故修一は何故、其う思うのだ……。」
修一が黙って視線を反らした。
「修一。御前裏切っていたのか……。」
明継が睨み付ける。
「すまない。俺も軍人だ……。」
怒号を出す明継。
髪を振り乱し、枕木を支える様にすれすれの所で立ち上がった。長身の上に剃っていない髭が、恐ろしく見えた。
明継の生涯の中で最高の怒りが込み上げて来る。肩をワナワナと震わせて今にも襲って来そうだった。
「タイミング良く現れると思った……。諜報を横流していたのか……。」
「いや。宮廷の事は軍部が関与できない。明継には悪いと思ったけど紅について警護対象だった……。佐波様の成人の儀式の為に紅を宮廷に戻しただけだ……。」
明継が鬼の形相に様変わりした。
「何が目的だった。」
明継の今迄にない様子に節が恐れて怯えた。女性ならあの剣幕は恐ろしく感じた。
だが、有らぬ疑いを掛けられては困ると、修一との間に割って入った。自分を弁解をするために…。
「私は宮廷に付いて記事にしようと思ったのよ。でも伊藤さんに取材したら、皇院の方が面白そうだっから調査は対象を変えただけよ。でも記事を隠滅された。」
「では何故、今更来る……。」
「興味があったのよ。記者として皇院の紅様を誘拐した男の末路を……。」
明継が殺気発った。余計墓穴を掘ったと節は顔が引き攣る。
要人として半田が節に会いに来た時、紅については半分しか心配していなかった。元の生活に戻れて幸せ一杯だと思っていた。だから明継にだけ興味があった。どの様な末路があるのか知りたかった。
しかし現実は紅も同じ様に、心に傷を受けている。啓之助が出て来てから表だけは、普通に戻っているだけだと思った。紅は明継よりも深い所で傷付いている。
見ていられないと修一が割り込んだ。
「信じられないかもしれないが、今は君達を悪い様にはしないつもりだ……。」
「諜報を流したのは御前等だろ。其れなのに信じろと云うのか軍人と記者等信じられるか……。」
「諜報なんて流してないわ。記事が差し押さえになって、慶吾隊員が動き出したのよ。」
「軍部と慶吾隊は派閥が違う。指揮官が違うのだよ。慶吾隊の長は、明継の兄、常継さんだぞ。記事を握り潰して民間に知らさない様に仕組んだのはきっと彼だ。だが明継が捕まるのは時間の問題だった。それを知らせようと近づいたけど余計怖がらせただけだった。」
修一の真剣な目付きに明継は信じ倦んでいた。
「今迄の事は悪いと思っている。償いはするつもりだ。今は紅が心配だ。明継と目的は一緒だろ。」
明継は、二人を睨み付けた侭立ち竦んだ。
熟考したあげく彼等を信じなくても良いと結論に至った。彼等の紅に対する好意は嘘には聞こえなかったし、紅の諜報を得られるのは二人だけが頼りだった。
(明継は自分でも甘いとな……)と可笑しくなった。
死刑確実の明継は、今更紅に付いて話を聞いても無意味に思えたが、彼が幸せなら心の慰みにもなる。
今は紅の事を思い出す度に心が暖かくなった。紅だけが現実の痛みを和らげる頼りだった。
修一は深く考えている明継にボソリと云った。
「二人は面白そうだからかな……。」
素っ気無い態度を取る修一。明継から唖然とした空気が伺えた。
怒る方が馬鹿らしくなって来た明継。今更、怒ったって無駄だと感じたらしく、直ぐに元に戻った。
紅の幸せを奪っていると節が云ってくれたので、監獄での生活も自分の罪も受け止める事が出来た。
「悪いと思うなら紅の様子を知らせてくれ。心配で気が変になりそうだ。」
「分かった。」
修一は頷いた。
その後修一は啓之助の事と節と話した状況証拠と時間進行を中心に話していた。
明継も自体を重く見て終始無言で真剣な表情だった。監守は、二人の後ろ数メートルしか離れていない。
修一は節にも言葉を聞き取れないほど、音量を下げて会話を進めた。
「啓之助とか云う庭師の特徴をもう一度話してくれないか……。」
「見目の美しい。黒髪の少年。紅より少し年上で、中肉中背。紅より五分ぐらい高いかな。顔の印象より、目が強い子だったね。本当に吸い込まれそうな目をしていた。」
節は修一の言葉が己と感じた事の一言一句、同じで有る事に驚いた。少年の印象を表現するなら目であると……。明継は顔を顰めながら、首を捻った。
「あれ……。何処かで、見た感じがするな。」
明継は少し俯いた。
「何処で……。」
節が聞く。
「それが……。記憶に薄くて……。」
明継が答える。
「でも啓之助が明継に接触したなら裏が有るな。」
修一が結論付ける。
思い出せそうで思い出せない、モドカシさから、不機嫌な顔付きになる明継。
節と修一は顔を見詰めながら笑った。
「其れだけの元気があれば大丈夫。」
節が云うと生きる気力が湧いて来たのか、明継も何日かぶりに歯を出して笑った。
彼等は同じ時間を共有した同士として、思い出話をした。確かに探り探られで傷付いたが、今は目的は同じ。
紅を救いたいのである。紅の謎を解き明かしたい、紅の諜報を知りたいのである。
「成人の儀式に必要なら、紅様以外の皇院で血族の中から代えを出せば良いのではない……。」
節が普通に疑問を持った事を口に出して、明継と修一は口を噤んでしまう。二人は考えを纏めるために、口を動かさない。
「確かに、皇院は其処までして紅に執着するのだろう……。分からないね。」
明継は、今迄、聞いて来たり、見て来たりして来た事から、紅は只者ではないと述べた。
紅が皇院である以上、只者でない事は分かっていたが、其れでは、説明にならない。紅でなければならない理由真剣な表情の明継に微笑みが薄れた。
「紅の存在を疎ましく思っている人間と、必要と思っている人間がいるのではないか……。」
修一が自分の云った言葉に頷く二人。確信に迫ろうとした。
その時明継の監視官が、大声で
「面会時間終了。」と呶鳴った。
最後に明継が二人に述べる。
「君達しか頼れない。どうか紅を宜しく頼む。」
明継は深々と頭を下げた。二人はそれを見て強く頷いた。
「伊藤さんを勘違いしていたわ。御免なさい。」
節は其の言葉を残し、明継の元を去った。
話は続きます。
お付き合い下さい。
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