現代 十二 記憶を辿って 9 (過去 二十八 庭師 )
昨日の部屋と同じ様な状態だった紅の部屋。
廊下と隣接しているとは思えないほど平和だった。
「紅様。大丈夫ですか……。」
紅は蒲団の上で寝間着の侭、上半身の持ち上げて座っていた。昨日より元気そうな顔色でホッとする節。
その隣に紅に寄り添う、男が居た。
目が合うと会釈をして来た。端正な顔立ちの少年。紅よりも年上なのが伺える。目に強い印象を持った。漆黒の黒い瞳に、鋭い光が見える。
(何処となく、明継に似ている……。)と節は思った。
「彼は誰ですか……。」
紅に聞いてみた。
通常なら少年に問うはずだが何故か抵抗があった。
「彼の名前は、啓之助。この宮廷の庭師です。先生から出会う前の三年前からの知り合いですよ。大丈夫です。身元は保証します。」
節が啓之助を訝しいと分かり、紅は安心させる様に何日ぶりかの笑みを浮かべた。明継から引き離されて、始めて見た微笑であった。
「こちら田所 節さんと林 修一さん。」
昨日と比べ格段と顔色も良く、紅は健康的に話している。
「私は新聞記者よ。此方は、同郷の林修一。伊藤さんと同じ出身の九州で私達は知り合いなのよ。」
紅の目が曇った。
明継の名前が出ただけで、雰囲気が激変した。真っ直ぐに見据えていた紅が、膝を抱えて丸まった。
「紅の前で其の名を云わないで下さい。」
口調は丁寧だが棘の有る口振りで、啓之助が述べる。
どうやら明継の名前が出なければ、紅は普通を装える様になったようだ。
其よりも啓之助がどれだけ明継について知っているか、疑問に思った。
変死体が発見されてからの彼の登場がタイミング、良すぎると思う節。
「節さん。どうか先生について教えて下さい。先生は、どうしていますか……。」
殺人が身近で起こったのに紅には、明継の事にしか気持がなかった。(それだけ精神が病んでいるのかも知れない……。)と、節達は考えた。
「もしかして……。知らないの……。」
ボソリと云った節に凄まじい形相になった啓之助。
「節さん。紅に変な事を云わないで下さい。」
紅に寄り添っていた啓之助が呶鳴った。どうやら宮廷の人間は紅に事件を教えないつもりらしい。
啓之助の登場に憤りを感じる
宮廷の人間が紅の耳に明継や不利な諜報を遮断するつもりで、啓之助を紅の側に置いた様に思えた。
「これ以上紅を苦しめないで下さい。」
節と修一は顔を見合わせた。殺人すらも隠そうとするやり方が気にくわない。
「分かったわ……。」
仕方なく了承したが次に来た時話すつもりであった。
啓之助がどれだけ、紅の信頼を確立しているか分かる。だが節と修一は引く気にならなかった。
「彼は…。仕事をしなくていいのですか……。」
節は明白に侮蔑の視線を送った。
慌てて修一が割り込んできたが、無駄であった。
「昨日の今日だ。話し相手が居るだけ、心強いよ。紅の様子はどうだい。」
啓之助も女に馬鹿にされたと、腹立たしさを露にした。
「下手な敵を作るな。」と耳元で節に忠告した修一。
その場を取り繕うと修一は、必死に上手い文句を云おうとした。だが無駄だった。
「紅様から直々に許可を得て休暇を頂ました。」
無理矢理丁寧な笑みを作り啓之助が節を睨んだ。(節も減らず口を叩きやがってと……。)と心の中で思った。
「心細いでしょうから今日から御側に仕えます。許可も取ってありますし……。ねぇ、紅。」
彼が何の目的で紅の側にいるのかは理解出来ない。だが裏がありそうで、注意しようと思う節。
「又来るからね……。」と伝えてから二人は部屋を後にした。啓之助の言葉が無性に頭に来る。節の苛立ちを感じ取った。
節と修一は部屋を出た。
「可笑しいわね……。話が上手すぎるわ。」
節が爪を齧りながら独り言を呟いた。
「だがら伊藤さんが捕まってから新聞に報道されないし宮廷の一部に匿っているし、殺人事件も起こっているのに静かすぎるわ……。」
諜報が外に漏れない。確かに宮廷の事が軽々と流れては困るのだが、此処まで来ると不気味である。
「監視役ですな。あれは……。」
「啓之助の事ね。でも、何で今更其の様な御供を付けるのかしら……。」
修一は考え込んでから、周りを気にしながら節に聞こえるだけの声を出した。
「紅が……。殺されそうになったと思う……。」
節は背筋が寒くなった。修一は、表情を変えず。足を止めて顔を近づけた。
「紅様の暗殺って事なの……。」
「考えたられるのはふたつある。」
節の目を見て話し出した。




