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【完結】倫敦《ロンドン》  時折《トキオリ》、春 〜君を辿って〜   作者: 木村空流樹
第二章

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現代 十二 記憶を辿って 7( 過去 二十六 佐波 )

「あの傷は自分で付けたのですよ。」


 (こう)(せつ)修一(しゅういち)が居る部屋の出入り口付近で声がする。

 ()れは身分の高さを代弁している。動作も優雅な(オモムキ)である。

 鈍い音を立ててドアが閉まると外の世界とは隔離された事を印象付けた。


「何の(タメ)に……。自分で自分を傷付けているのですか……。」


 節の顔を見ると佐波(さわ)は嫌な顔をした。修一は直ぐに頭を下げて言葉を待った。


「理由は知らん。だが原因は伊藤殿だろう。自分が抵抗すれば伊藤殿が解放されると思っている。」


「其れは無理だわ。慶吾隊員(けいごたいいん)に捕まったのだから……。」


 ()の少年は紅の傍に寄り腰を下ろす。

 丸くなっている紅の体を手ずから、通常の仰向けにし上蒲団を掛ける。


「伊藤殿が捕まった事への抗議である。自分を痛めつければ伊藤殿が開放されるだろうと考えているのだ。」


 佐波は馬鹿な行動に出た紅を睨み付けた。


「自分から望んで紅は伊藤殿に着いて行く程、好いていたのだろう。」


「しかし紅様の意思で軟禁されていたとは云え、明継の開放は無理です。紅様がどんなに無実だと()っても、誰も信用しません。」


 修一が佐波に敬語を使いながら尋ねた。


「伊藤殿は極刑は確実。紅がどんなに自分を痛め付けても無駄でしかない。」


 佐波は云い終わると急に黙ってしまった。

 三人の変な空間に逃げ出したくなる修一。

 だが節の表情は、何ら変わりもない。


「失礼ですが……。紅様との関係は、何ですか……。」


 修一が止め様とした隙に節が質問した。

 其れでも必死に次の言葉を出させまいとしている修一に、節が押し退けて口を出した。


「私は新聞記者の田所 節(タドコロ セセツ)です。此方は友人の林 修一(はやし しょういち)です。」


「私の名は佐波……。皇の第一子。皇子である。」


「では佐波様。紅様とはどの様な関係ですか。」


 女が質問してきたと侮蔑しきった視線を送る佐波。其れでもめげない姿勢を取る節。


「紅は私の側近になるはずだった。第一皇の皇院だ。」


「紅様が皇院(おういん)として仕える次期皇だったと、おっしゃりたいのですか……。」


 修一が質問すると普通に返答を返して来た。自分の時と大違いだと内心ムッと来た節。


「ではその次期皇の佐波様が何用ですか……。」


 嫌味を明らかに出して云う節。


「紅の見舞いに決まっておろう。」


 紅の頭を撫でている手を停止させると、直ぐに唇を噛み締めた。


「こんな何もない部屋に紅を住まわせるのですか……。」


「それは紅が住んでいた部屋を半壊にした所為(セイ)で仕方なかなく、此処(ココ)に住まわせている。始めの内は、食事を拒否する位だったが、明継が死刑確実と知ると椅子も机も部屋にあるもの全て投げつけてしまい、没収されると今度は自分の体を痛めつけて始めた。日に日に悪化するのを見るのは辛い……。」


 佐波は悲痛な表情をする。


「伊藤殿の開放が(ママ)為らないと分かって、彼の牢獄に住む事を望んだ。そんな物に入れる訳もいかず。仕方なく牢獄に一番近い普通の待機部屋を用意した。()れから先は拷問用牢獄以外にない。紅の意見を通さないと首を切る勢いだった。」


「だから伊藤さんは五大監獄(ケイムショ)に入れられないで、宮廷の別館の旧慶吾隊官舎キュウケイゴタイカンシャにいるのですね……。」


「紅を監獄(ケイムショ)に住まわせる訳にはいかない。」


 愛しい視線を紅の方に向ける佐波。

 佐波が再度紅の栗毛色の髪を撫でていると、紅の瞳が薄らと開いた。


 ゆっくりと紅の視線が佐波に辿(タド)り着く。

 少し食事を摂ったので紅の顔色が赤みを帯びている。徐々に見開いた瞳は佐波を見上げて行く。


「佐波様……。」


 辛そうに起き上がると修一と節が駆け寄ってきた。

 紅は心なしか会釈をすると、蒼白い頬の(ママ)で倒れそうになっている。

 佐波が一変して(ケワ)しい表情になる。


「どうしました。紅。少しは食べる気持ちになりましたか……。」


 紅の眼球が左右へ動くだけだった。

 其して手を口に当てて動かなくなった。口を閉じたっきり紅は喋らなくなってしまった。

 返答出来ない紅に佐波は声にならない言葉を即座に理解する。其して紅と同じ様な人相になり、素早く立ち上がる。


 次に門番に合図して部屋を後にした。門番が即座に門を開閉すると筋肉質な男の間を擦り抜けて佐波が風の様に消えていく。



 最後まで優美な佐波の動きに節と修一は溜息交じりに見送った。

 殺風景な部屋に足冷えする寒さが来た。


「大丈夫。紅様どうしたの……。」


 節の言葉にも反応を示さず。其れでも我慢して何かに耐え忍んでいる雰囲気の紅が、直ぐに節の口を(ツブ)らせた。


「少しでも食べた方が良いわ。」


 背中を擦る節を遮るかの様に修一が声を出す。


「あぁ……。もう、こんな時間だ。帰らないといけない。」


 修一が、少し躊躇(タメラ)って云う。

 節は精神不安定な紅を残すのは心配だったが、それでも一日中いる訳にはいかず、渋々了承した。

 節達が紅の側に居ても何ら問題の解決にはならず、医師と適切な治療が必要だ。


「御免ね。必ず明日来るから……。」


 紅の額を撫でると、蒲団から覗かせた小さな顔を頷かせた。

 食料を側に置き食べる事を薦めてから、もう一度駄目押しでも食べる事を勧めた。


「伊藤さんの諜報を仕入れて来るから大人しく、寝て食べなさい。」と云うと、其れは、其れは嬉しそうな紅の瞳が、爛々(ランラン)としていた。

 いらない期待をさせてしまったと後悔する節。しかし、修一は(第一に紅の体力を付けさせる方が先決だ)と目で合図をした。明継の話題以外に紅に生きる気力を持たせる手段がないとも考えた。



 入り口を開けてもらって外へ出た。外の空気と内部は違う。

 紅の居る部屋の方が数倍冷え込んでいると思う。


「御疲れ様です……。」


 門番に挨拶する修一。会釈する門番。



 節と修一は帰路に付いた。周りの視界が流れる程度の速度を保って進む。彼等は肩を並べて歩いて行く。

 明継の牢獄からは近距離であり、勿論紅も牢獄の正確な在処(アリカ)は教えられていないだろう。


「節は今どんな仕事をしているのだい……。」


 修一が話題を変えて来た。


「新聞記者よ。林くんは今は何をしているの……。」


「今は定職に付いてないよ。」


 苦笑いを浮かべながら修一は前を見据(ミス)えた。

 節は修一と長い付き合いだが、(ツカ)み所がないと感じた人物であった。


「あ……。」


 間の抜けた声を出した節に修一は驚いて足を止める。二人同時に歩調を停止した。


「どうしたのだい……。」


 息を素早く吸ってから、眉間に皺を寄せて物思いに(フケ)る節。


「そう云えば……。何処(ドコ)かで見かけた顔だなと思ったのよね。佐波様の顔は、紅に似ているのよ。」


 同意を求める節に修一の様子は納得が行かない様だった。節は同意が帰ってこないので、苛立つ。


「佐波様の顔は紅様に似ているわ。間違いないわよ。」


 節が修一の背中を思いっきり引っ叩くと、余りの衝撃に()せ返る。


「佐波様が紅様と似てるとは、思わないよ。」


 修一が未だに考えている。

 其れでも節の願う答えではなく、曖昧な返答しか出てこなかった。

 節の考えでは紅と佐波の顔は、瓜二つになっていた。

 気絶する程の重傷の紅が霞む目を開いて、直ぐに佐波だと判断したのは、偶然ではない。他の人の顔なら即答は出来ないはず。

 根拠はないが自信を持って、節が頷く。


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