現代 十二 記憶を辿って3 (過去 二十二 悪夢の記憶)
明継は紅の待つ部屋に帰ってきた。
節が明日と表現を使っていたので、必ず捕まえに来ると感じた。
紅にとってはこの侭、自首するのも、部屋を出てから逮捕されるのも、明継本人の口から聞いた方が楽なのではないだろうか。もしくは聞かせず知らせず、紅は保護された方が良いのかもしれないと考える明継。
重い口を必死に動かして目を瞑りながら話しはじめた。ポッリポッリと紡がれる明継の心中。光が窓から差し込んで来るのに明継の顔は冴えない。
「あのですね……。紅にお別れを云いに来ました。」
口に付いた言葉は、文章的に見ても可笑しな語感があった。
明継が笑うと紅が目を丸くする。聞き逃した様な動作をする彼にハッキリした口調で同じ事を繰り返す。
「御別れを云いに来ました。」
少し遅れて紅が反応する。
「へっ……。」
遠い言い回し過ぎて紅には明継が云うわんとする事が理解できない。
「紅……。此れで元の生活に戻れますよ。今日私を捕まえに来ます。」
「どうして……。」
「私は紅を誘拐ました。そして君を不幸にしていたのですよ。」
呆然と明継の事を見ている。紅は意味が分からず反応出来ずにいた。極端な明継の変化にシドロモドロする。
だが明継の虚無的な瞳が紅に語り掛けていた。彼は、得体の知れない明継の穏やかな空気を感じ取る。
「もう二度と会う事はありませんが……。有り難う御座いました。」
異常なまでの静けさが辺りを包む。朝早いとは云え人の往来の声すらない。階段付近が静か過ぎると不信に思う。時間がないと明継は実感した。
其の途端ドアを押し破るケタタマシイ音があり、一斉に男が突入してくる。
音とは裏腹に、明継の視界だけがゆっくりとコマ落としの様な状態に見えた。本当に数秒ぐらいの出来事なのに、男達の突入は、時間経過が手に取る様に分かった。
人の流れた足跡が部屋中に残る。男の顔が一人一人確認できる。狭い部屋が人と熱気で埋め尽くされる。
上司らしき人が明継の前に現れると同時に「確保。」と誰かが叫ぶ。
紅が数人の男に周りを囲まれていた。事態を認識出来ず彼は脅えた目付きであった。
「伊藤 明継だな。皇侮辱罪。及び、皇族略取で逮捕する。」
明継が落ち着いて頷くと彼を取り押さえる。
暴れもせず観音菩薩の笑みを浮かべる明継。
久しぶりに開ける窓からは紅の表情がハッキリ苦痛で顔が歪んでいるのが分かる。
「先生。嫌です。」
紅は制止も振り解き力一杯に叫んだ。大柄な男達が紅を押え付ける様に腕を絡ませた。無理にでも逃げ様とする紅。
其れを裏目に明継は冷淡な態度で一人に手錠を掛けられ、腰に細い紐を括り付ける。
終始、無言で穏やかだった。
紅は必死に抵抗していた。案の定拘束を破る気のない彼に、反応は無理でしかなく、明継に「先生。先生。」と何度も呼びかげたが、何も返っては来なかった。
視線すら向けてくれない明継に、半べそを掻きながら紅は、何度も何度も制止を振り払って明継の元へと向かおうとした。
明継の薄い輪郭の横顔が、体格の良い男達に囲まれて、少しだけ見え隠れする。ユックリと紅の目の前から明継が、部屋を後にした。




