現代 十二 記憶を辿って 2 (過去 二十一 彼の寝具と母の帰宅)
時代設定のため、旧字体で表現しています。
明継の母が天都の部屋に泊りに来て、寝所が足りなくなり、紅の和室を使って貰う事になった。
夜に明継と紅が一緒の部屋で寝た。
初めは心許ない雰囲気の紅だったが、ベットに同時に入ると2人共に話さず背中を向けた侭眠った。
紅は寝返りを打つこと無く、眠りに入っていった。
窓の隙間から零れる光で目を覚ました。明継は隣に寝ている紅を、起すまいと上半身をそろりと退けた。
無理な体勢で眠った為に渋々が痛くなっていたが、良い思い出が出来たと微笑んだ。
私服に着替えようと、紅の寝姿を残して箪笥から服を出そうと探したが何処に置いたか忘れていて、探せど探せど見付からない。数分を費やしても無駄だった。
諦めた雰囲気でベッドに座り込んだ。
ゴワゴワしていたベッド。
「これをお探しですか……。」
はだけた浴衣姿の紅がシャツを握り絞め、そでに立っていた。
「ああ。其れ其れ。紅にばかり家事をさせていたから分からなかったよ。」
アイロン掛けも済ませてあるシャツを手渡されると、明継は地膚に袖を通す。全ては無言であった。
「其れでは、御送りしますよ。」と明継が母に声を掛ける。
紅は何時もの様に、明継のタイを直した。
母は物珍しそうにしていて、
「まぁ、仲が御宜しいのですね。」と声高々に笑って部屋を後にする。
部屋を出る時に、紅と母が小声で話しているのを見かけたが、明継が席を外している最中だったので、内容を知る由もなかった。
近くに或る駅まで歩いて数分。黙々と歩く明継の後ろを三歩下がって歩む母。
何故かこんな日に限って人通りは少なく、風は冷たかった。
「明継……。」
外出中に母が声を発する事自体、稀だったので一瞬驚いた。正面を見据えている母。
「疲れたのなら、何時でも帰って来て良いのよ……。」
明継の足が自然と停止する。
後ろを振り返る勇気もなく、明継は耳を傾けていただけだった。
「すみません……。其れは……。」
背中から母の空気は伝わって来る。母は明継の表情は伺えなくても分かった様だった。
何でそんなに理解している。母は凄い物だと始めて分かった。たった一言で此処まで、自分の心を救ってくれる。
「これから、色々と迷惑を御掛けすると思います……。何と云って良いのか……。」
話すべきか自答自問するが、答えを出す前に母が切り出してしまう。
「何時か分かる事なら話さなくても良いわ。其れに、時間が必要でしょう。」
問題が問題だけに返答に困る。
『もう大人何だから自分で始末を付けなさいな。』と裏の意味が有る気がした。
「すみません……。話しても、分からないと思います。」
話せるだけの勇気がなかった。母に対する面目なさ言葉に表せない程の後悔。若かったからで終らせるには、紅を連れ出した代償は大き過ぎた。
自分一人の身に起こる事なら後悔はしない。例え捕まって死刑になっても本人的に問題はない。関係ある全ての人を不幸にするであろう自分の行動。余りに考えなしだったと実感した。
「自分の手に負えない事も有ります。私の罪は大き過ぎた……。」
「加害者なのに被害者に為った気分になるのは止めなさい。」
母の物とも思えない威圧が皮膚から伝わった。様子が雰囲気が一変した。何故その様な事を云うのか明継には理解出来ない。
「貴方の決めた事でしょ。最後まで責任持ちなさい。」
後ろを振り返ると優美な着物とは場違いな鬼の様な目付きの母が仁王立ちしていた。
幼い頃に良く怒られた時の母が目の前に居た。
「貴方は要らない事を考え過ぎる。」
母の女性にしては声が大きく気が付いて手で押さえたが無理で当たりに響き渡った後だった。
「熟考すべき時は、気に留めないのにねぇ……。」
老婆の愚痴を零す様に似ている母。
其の姿から母が年老いた事を現実感として感じ取った。
(二十歳も当に越えて分別が付いているはずなのに、大きな子供でしかない。反対に母は年老いて行く。一人になる不安。頼れる人物がいなくなる不安。全てが自分を中心とした利己でしかないのに……)と悩んだ。
「もう此処で良いわ。一人で帰れます。」
何を云い出すのかとギョットした。
「しかし危ないのでは……。」
この時代は男ですら野党や追いはぎが襲う。
女物の上質な着物を纏っているだけで危険である。其れに宮廷の周りは人が配置されているので、然程庶民の住居に比べて、安全とは云え人影が全く無いのも心配を誘った。
可笑しいほど、静かな朝。
「一人で悩んでいる人は知りません……。」
質問の答えになっていないと言葉が喉の奥で出掛かった時に母はシレッとした顔で云った。
「例え何が合っても、私の息子には変りがないから……。何時でも帰っていらっしゃい。」
明継がその側に寄って頷く。母は裾から覗かせた細い腕で頬を撫でると、か細い声で、
「笑ってくれるのね。」と最後に言い残して去って行く。
明継はそれを朝日の中で手を降り続けた。




