現代 十二 記憶を辿って 1
秋継の家に紅と律之が着くと、肝心の節はまだ仕事で戻っていなかった。
秋継が布団に横たわっていた。少し眠っている。
懐かしい寝顔とは、この事だろうと紅は思った。髪に触れると、手触りが他の誰ともちがった。
「帰って来たのか? 楽しかったかい? 」
目を開けず秋継が呟く。
「先生は昨日な寝れましたか? もしかして俺の為に起きて居ましたか? 」
秋継がゆっくりと瞼を開き微笑んだ。
「紅の所為ではないよ。節のメールでの内容は俺が居ないとダメみたいだから、成るべく寝るよ。」
秋継が又、瞼を閉じた。心地よい冷房の風が頬を撫でる。
紅は秋継の側から離れて、扉を閉めた。
ダイニングテーブルに座っている律之が、手招きした。
「節さんの計画は紅を浅い眠りにさせて、記憶を呼び起こす。熟睡させない様に30分に一回起こすんだ。悪夢を見た時に秋継が起こす。時継も俺も呼ばれてる。一日で終わらないからまだ時継は反対してる。紅が前世である過去の記憶を拒否してるのも知っている。試しに一日だけ昼間にする事になったよ。」
紅が渋い顔をした。
「自信ない……。」
「やれるだけやってみよう。確かに俺も記憶の相違には……、明継と逃げる過去と、紅の捕まる過去に疑問がある。」
呼び鈴が鳴った。律之が飛び上がって玄関に向かう。入り口付近で甘い声が聞こえたが、紅は無視して台所に向かった。
冷蔵庫から麦茶ポットを出し、コップを4つお盆に乗せた。
秋継の家には既にコップがない。独り暮らしの許容範囲を越えた人数が来ている。
「時継が来たよ。」
「お久しぶりです。紅さん。」
「時継さんも、お元気そうで何よりです。」
紅は率直に意見を述べた。律之と出会い表情が別人になっている。年相応の疲れが見えた瞳の影が無くなって、時継らしい燐とした光があった。
「節さんから頼まれました。今から直ぐに紅さんの過去の眠りを初めて欲しいそうです。紅さんは只、眠っているだけですから心配はしないでください。」
律之と立った侭話をしている。
「俺も起きてるから安心しろ。」
「まだ日も高いのに寝れるのかな? 」
「やるだけやってみましょう。紅さんの記憶が戻らなくても大丈夫です。所詮終わってる話ですからね。」
時継が紅に笑い掛ける。
幼い子供に言い聞かせる微笑み。
それを見て律之が時継の腕にしがみ付く。腕に絡みついている彼は不安な表情はしていない。
「今は何も考えないで、悪い夢を見ない為の準備だと思ってよ。俺も幼い時に散々母さん困らさせたから、分かるよ。思い出すと寝るのが楽になるからさ……。」
紅は頷いた。
「先生は起こす? 」
「いいや。その侭寝ていて貰おう。節さんの話では悪夢の度合いが酷いみたいだね。秋継さんが直ぐ必要になるなら、起こすからそれまで寝てて貰おう。」
紅が秋継が寝ている部屋を開けた。冷気が漂っている。
ドアを閉めず、時継達も入って来た。
流石に男四人は部屋が狭かったが律之が正座した。
「寝てる……。紅も横になって……、大丈夫。悪夢なら揺らすして起こすから、秋継さんも起こすしね。だから安心して。」
「上手く行くかな? 」
秋継の隣に敷かれている布団に包まる。天井を見詰めた侭瞳を閉じた。
二、三度寝返りを打つ。
冷房が温度を下げようと、音を立てている。
律之の隣に窮屈そうに時継が、胡座をかいた。律之の手を握って目で合図する。
言葉を発しない様に、口を閉めて口角を上げた。
話したい事があったのだろうが、律之が手を握り返した。
時継と律之の初めてのお泊まりが寝ずの番になってしまった。




