現代 十 朝
紅が起きたのは6時を過ぎた辺りだった。
布団には晴と隣に秋継が狭そうに眠っている。
二人ともまだ寝ているので、紅はダイニングの扉を開けて音を立てない様に出た。
節が、昨日の服の侭台所で水を飲んでいた。
「おはようございます。」
節の背中に挨拶をする紅。
節は罰が悪い顔をしていた。
「体調はどう? 」
節の顔色から紅に対する心配な気配を感じた。
「普通です。」
冷蔵庫から食パンを出しオーブン付きの電子レンジで、パンを焼く。
「節さんも食べますか? 」
「朝は食べれないの。珈琲だけ。」
節の手元にはドリトップ式の珈琲メーカーが音を立てていた。
紅は又冷蔵庫からヨーグルトとピーナッツバターを取り出し、焼けるのを待った。
「紅は記憶は戻ったの? 」
トーストが焼けた音がする。皿に盛り付けピーナッツバターを塗り残りは冷蔵庫に戻した。
紅と節がダイニングテーブルに向かう。
向かい合わせに座ると、テレビを付けた。
「恐怖しか思い出せません。夢で同じ画面を見ているだけです。」
「秋継が捕まる場面? 」
「そうです。でも、先生は同じ様に見えて……。少しの違う気がします。同じであって、同じではない感じがします。」
「そうなんだ……。律之くんの電話番号教えて。相談したい事があるの。今日はみんなお休みだから丁度良いわ。私の仕事が終わったら、連絡すると律之くんに言ってくれる? 」
紅は不思議そうに頭を傾げたが、節の言う通りにした。
「昨日なは、眠れたの? 」
「大分良くなりました。悪夢で起き上がらないし、熟睡に近いです。」
「秋継との悪夢を見ていない? 」
「多分、そうだと思います。でも、先生の家に来てからは、夢を見ても落ち着いて寝られます。」
節は複雑な顔をした。しかし、言葉にはしなかった。無言で珈琲を飲んでいる。
晴が扉を開いて、ダイニングに出てくる。
「いい匂いがすると思った。」
晴は微笑んで紅を見た。
「食べる? 目玉焼き作る? 」
「食べたいけど……。紅が食べ終わってからでいいよ。一緒に作ろうよ。」
紅はモグモグと咀嚼している。
台所で晴が珈琲メイカーから、ドリップされた物に牛乳と砂糖を加える。2つ作って持って来た。
「紅。眠りはどう? 」
「寝られたよ。」
「叔父さんが、悪夢に魘されてる紅を起こしたの覚えている? 」
珈琲を啜る紅が止まる。
「秋継さんが? 」
「覚えてないのだね……。顔を見たら安心して寝たんだよ。それ程怖いの過去の夢なのかい。」
「律之にも小さい時に悪夢があったって、律之の叔母さんが言ってた。でも、大きくなると過去を思い出す事も無くなった様だよ。」
言い終わると紅は部屋から携帯を持って来た。律之の電話番号を紙に書いて、節に渡す。
「LINEで節さんに電話番号を渡した事を伝えるね。」
「ありがとう。紅もゆっくりしてね。」
飲み終わったマグカップを洗い、節は玄関に出ていく。
「仕事があるから、先に失礼するわ。夜には戻るからね。」
二人は手を振った。
「いってらっしゃい。」
紅と晴は台所で目玉焼きを焼き始めた。
紅が焼く所を晴が見ている。
「夢の内容は、叔父さんが捕まるだけ? 」
「男達に取り押さえられる所ばかりだね。俺が秋継さんを先生と呼んでる。まるで、スローモーションなんだ。だから、先生が諦めた顔をしているのを見てるだけだよ。」
「律之の話が違うのが変だよな……。叔父さんと紅は海外に逃亡するんだよ。」
「俺も分からないよ。」
「だから節さんは律之と連絡を取りたいのかな? 」
目玉焼きが三つ出来上がる。皿に小分けにするとレタスとプチトマトを添えた。
「晴は、ソース? 醤油?」
「僕はソース。叔父さんは……、起きてからでいいよ。」
「節さん。俺に何か優しくなった。怖いんだけど……。」
晴はダイニングに戻り皿を並べている。紅はフライパンを洗い、トーストを焼いている。
「晴は、マーガリンでいい? ヨーグルトは? 」
「僕はそれでいいよ。ヨーグルトも食べる。」
4枚切りのトーストの数が少くなり冷蔵庫に戻された。
二人は代わり映えしないテレビを見ながら、朝食を食べていた。
少し気温が上がったリビングの冷房を強くする。
「紅は大丈夫だったかい? 」
隣りに座って頭を撫でる晴に紅は頷いた。悪夢の話をしているのだろうと思った。
「紅は我慢するから心配だよ。」
座っている紅の唇に、晴が軽くキスをした。
呆然とする紅の頭が回らない。反応のない紅に晴が苦笑した。
「気長に待ってるのは……。辞めにする。待ってたら叔父さんが五月蝿そうだもの。でも、安心して紅も……、僕の事を嫌いじゃないでしょ? 」
紅は静かに頷いた。
「うん。」
「だから、叔父さんには邪魔はさせない。」
向かい合わせに座り直すと、朝食を再度食べ始めた。
数分すると、部屋から焦った秋継が出てきた。
「紅?!」
二人は振り替える様に秋継を見る。
食べているだけの様子を見て安堵した様だった。
「せん……。秋継さんは、目玉焼きに醤油? 」
紅の隣に座ると頭を撫でた。若干高い体温と、大きな手のひらを髪から感じる。
紅は顔を上げられなくなった。
「大丈夫だったかい? 少しは寝れた? 」
秋継の問いに答えられない。
頭を払えず、テーブルの醤油を秋継の皿に寄せた紅。
「ああ、俺も醤油が好きだよ。」
紅が無言で台所に向かう。
パンの焼ける匂いとピーナッツバターの香りがした。
もう一度珈琲を淹れている香りがする。
「紅が変じゃないか? 」
「さあね……。」
晴は不機嫌に頬杖を付いた。土曜の朝番組を苦々しく見ている。
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