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現代 九 深夜 1

 風呂から上がった(こう)(はる)はダイニングテーブルでテレビを見ている。

 二人は時折出てくる芸能人の話題をしながら待っていた。

 秋継(あきつぐ)(せつ)の会話と節の金切り声を聞きながら、二人喧嘩が終わるのを待った。


「終わらないね。」


 晴が呟く。

 紅はバスタオルに髪の雫を吸わせている。


「過去の記憶があるから節さんが引っ掛かっているのかも知れないね。」


「紅は気にならない? 節さんの嫉妬の対象になってるのに……? 」


「俺には記憶がないから……。どうする事も出来ないよ。節さんに前会った時、秋継さんには近付かないって言ってたから何か悪いけど、今だけ甘えさせて欲しい……。我が儘だけどね。」


「僕も叔父さんの彼女が彼処(そこ)まで怒るの初めて見たよ。叔父さんの隣で笑ってる印象しかない。叔父さんを独占欲で縛る人ではないよ。だから、叔父さんの家に居て、僕の為にもお願い。今の節さんの気持ちよりも、紅が自分の家に帰る方が嫌だよ。」


「晴が気にする事ではないよ。」


「今迄紅に興味が無かったのが意外だよ。もっと早く紅の家に遊びに行けば良かった。」


 晴が潤んだ瞳の(ママ)紅を見詰めた。紅は本能的に視線をずらしてテレビを見る。



 秋継の部屋の扉が突然開いた。


(ラチ)があかない! 紅を部屋に置くなら私も住むから! 秋継に拒否権は無いわよ!過去の記憶が無くったって紅は紅隆御時宮こうりゅうおんときのみや様なのよ! 女性とは違うの! 秋継が絶対に引かないのは紅の事だけだわ! 今も昔も! 私だけを愛するべきよ。今は私が彼女なのよ? 」


 秋継が節を部屋に引っ張ろうとする。


「生徒の前だ。興奮しないでくれ……。落ち着いてくれよ。もう場所を移そう。公園に行くか……? 」


「紅の前だけ良い先生ぶるの辞めてくれる! 秋継は教師だけど女子にだって特別扱いはしなかったでしょ? なのに、紅だけは部屋まで連れ込んで……。又三年も一緒に居るつもり! 今度は身分すらないから誰も止める人もいない! 現代では同性愛者は多いのよ? 昔みたいに学生の流行で同性に手を出すのではなく本気の証拠なのよ……。私は貴方の何なの? 」


 節が座り込んで顔を覆っている。

 秋継は腕を持ち上げて力ずくで立たせ様とするが、頭を振って抵抗する。


「節。お願いだ。話が解らないんだよ。誰と俺を比べているんだ? 紅と出会ってから様子が可笑しいよ。喧嘩すらした事がなかったのに……。紅を嫌がる理由が良く解らないよ。」


「紅様だけは嫌なの! 近くに居て欲しくないのよ! 学校で会うのすら嫌なのに、同棲してる何て夢にも思わなかったわ! 裏切りよ! 紅も秋継に近付かないと約束したのに、嘘つき! 二人とも嘘つきよ! 」


 座り込んで居る節に晴が歩みを寄せる。


「節さん。お久しぶりです。伊藤 晴です。律之(りつの)が話してくれました。僕も過去の登場人物の一人なのですよね? 僕も紅に振られますか? 」


 目線を同じくする二人。


「晴くんは、過去の時代で紅に興味がある様だったわ。でも周りに(イサ)められて諦めて、明継の母と一緒に九州に帰ったわ。だから私達が一緒に居たのは、ほんの一時(ヒトトキ)。だから余り記憶には残ってないの。」


「僕も振られるのか……。でも今は節さんが彼女なのでしょう? ならば未来は決まってないですよね? 叔父さんが節さんを選んだのですよ。だから、安心が出来ないのですか? 」


「秋継にとって紅様だけが特別なの……。だから苦しんでいるのよ。例え今の彼女になっても不安なのよ。」


「過去の彼氏が出て来たらそれは不安になります。まるで本命が出て来たみたいですもん。でも今は紅には僕も居ます。記憶がないけど今度は失敗しません。」


 節が少し落ち着いてダイニングテーブルの紅の隣に座った。

 晴も紅の目の前に座わる。慌てて秋継が節の席の前で、晴の横に腰を掛けた。


「記憶のない紅に言うのは酷だけど……、私の彼氏にチョッカイは出さないで欲しいの……。過去でも私にはリアルなのよ。」


 紅は目を伏せて頷いた。


「だから紅とは何でも無いって……、言ってるのに……。」


「私が嫌がっても紅と同居するって言うでしょ。もうそれが、秋継が秋継らしくない所なのよ。」


「男同士で何故、恋愛になると思うんだよ。生徒の緊急事態だから偶々(タマタマ)……、預かるだけだよ。俺が俺らしくないも意味が解らないよ。」


 晴が冷ややかな視線を送った。


「叔父さん。彼女の気持ちになりなよ。異性同性関係ないんだよ。好きになる気持ちってね。簡単じゃないよ。紅を好きになって解ったよ。男だからって関係ないよ。相手を一番欲しいと思う気持ちには……。」


 紅は下を向いた(ママ)動かない。どんな表情をしたら良いのか解らないのだ。


「でも中学生で同性に惹かれるのは良くある事だから……。思春期の熱病みたいな物だよ。」


 秋継が目を押さえながら話す。


「過去では明継と紅はお互いを思い合っていたわ。あれを、愛と呼ばなくて、何と敬称するの? 」


 節は秋継に(スガ)る様な顔をしている。

 秋継は両手で顔を覆った。困り果てた空気が出ている。


「過去の話は辞めてくれ……。有り得ない事を信じるのは無理だ。今迄そんな話はしなかったじゃないか? 紅に会ってから言動が可笑しいよ。もう居もしない紅に嫉妬しないでくれ……。」


 節の傷付いた眼差し。絶望に近い。


「叔父さん!何で話を聞いて上げないの! 何故否定するの? 」


「否定はしてない。でも有りもしない紅への嫉妬は無駄だと思う。彼女は節だけだし学生時代からの大切な恋人だ。安心してくれよ。」


 秋継が、紅の前で節の頭を撫でている。困った様に眉毛をハの字にさせながら秋継が節に微笑んだ。

 紅は鼓動が遅くなるのを感じた。


「紅を一時預かるのは許してくれ……。生徒を見殺しに出来ない……。節の言う通り晴も節も泊ってくれて構わないよ。いくらでも居てくれ。」


「解ったわ。部屋決めは私が勝手に決めて良いわよね! 」


 節が立ち上がって、叫んだ。






 場所は変わって、伊藤家の和室に移動した。


 (こう)が布団に潜り込んだ。

 昨日なと同じ匂いがする。少し緊張した面持ちで頭まで、掛け布団を掛けた。


「おやすみなさい。」


 電気を消す(せつ)が紅に話し掛けたが、返答は無かった。

 節は紅が同居中、秋継(あきつぐ)の家にいる事になり、寝る部屋だけは、紅と秋継を離すと宣言した。

 (はる)が紅と同じ部屋を希望した為、秋継が嫌がるが恋人の節と同じ部屋も嫌がり、結果的にこうなった。


「紅が悪い訳ではないのは頭では解っているの。でも、感情が付いて行かない……。出会う時期が悪すぎるのよ。」


「先生は悪くありません。俺の為を思ってくれています。」


 節が布団に足を入れながら、紅の方を向いた。


「今迄の秋継は生徒に深入りしない先生だったのよ。悩みも聞かない。家庭の事情にも首を突っ込まない。紅だけが特別。」


「節さんが特別と思うから、特別になるんです。」


「多分紅と晴の仲良い姿に嫉妬してるわ。彼のあんな表情見た事ないもの。悲しいけどね。」


偶々(タマタマ)、過去の記憶に引き()られているんです。俺には記憶がないから、先生との話は新鮮ですよ。音楽の話はしないのですか? 」


 節が寂しい雰囲気を醸し出している。


「残念ながら私が話しているのを聞いてくれてるパターンばかりよ。彼が音楽が好きなのも初耳。」


「大学で音楽のサークルに入ろうとした話は? 」


 節が布団に潜り込んで紅に背を向けた。声が遠退く。


「知らないわ。楽器を触ってる所すら、何て見た事ないわ。」


「実際には友達と飲み会のサークルに入って節さんに会ったそうです。だから、運命なんじゃないのですか? 音楽の方へ行かなかったのは? 」


「彼はライブにも行ってないわよ。」


 紅が布団から顔を出した。天井を見詰めた。


「ジャパンロックと言うより往年の名作が好きです。日本だとアイドルに曲を書いてる人が、特別に好きと言ってました。今度、CDを貸してくれる……、俺も既に家に居ますね。ならば一緒に聴きましょう。アメリカンロックのタトゥーも入れてみたいけど、公務員だから定年後に入れるみたいです。」


「秋継の知らない顔ばかりだわ。私がタトゥー嫌いだから話をしないのかも知れない。」


 秋継がL話したINEで入れてみたい図案の画像を思い出した紅。


「俺は働き出したら、初任給でタトゥーを入れるつもりです。左手の薬指の付け根に黒い指輪みたいな細い線を入れます。」


「タトゥーは一生消えないのよ? 」


「だから良いんです。消えない刻印。素敵ではないですか? 」


「秋継も同じ物を入れるの? 私は嫌だわ。」


「お揃いで入れる訳ではありません。俺だけ入れる予定です。」


 節が溜息を付いた。


「男の世界は解らないわ……。」


「女性に見せる顔と、男に見せる顔は違います。恋人なら尚更です。頭を撫でる女性は節さんだけです。だから、信用して上げて下さい。」


「恋敵に見方するの? 」


 紅が黙り込んだ。


「先生が恋愛感情か解りません。節さんと共に居ると思うと、少し息苦しくなるだけです。」


「それはもう恋ではないの? 自覚してないだけで。」


「解りません。でも先生に不幸になって欲しくない。俺が女だったら、振られても告白しているかも知れません。でも俺は女ではない。」


 紅の心が揺れた。布団を又、頭まで被り膝を抱えた。初めての感情に驚いている。


「俺が女だったら良いのに……。」


 節には聞こえない呟き。でも、確かに確信した感情に困惑する。

 紅は眼を瞑り、深く深呼吸をする。浅い眠りに落ちて行くのが分かった。

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