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現代 八 午後の一時 3《ヒトトキ》

 秋継が自室に戻り仕事の残りをしている。


 台所で三人、オムライスを作りダイニングテーブルで、(こう)(はる)律之(りつの)が仲良く食べている。楽しそうな笑い声が聞こえた。

 晴が紅が作った物を持って来てくれた。


「叔父さん。今日から泊るからね。布団と寝れる用のズボンとTシャツ貸して。」


「きちんと、兄さんには許可を得ているのか? 」


「それは大丈夫。数週間泊まると言ってある。塾は此所(ココ)から通うよ。自転車も置かしてね。」


 晴は要件だけ述べて去っていく。

 晴が持ってきた物を秋継も食べたが懐かしい味がした。何とも云えない幸福感。それがオムライスにあった。

 煙草を吸いたいが三人がいるダイニングを横切る勇気が秋継にはない。


「年頃の子供が一番難しいよ。」


 秋継が中学の教員になって感じた事だ。踏み込まず深入りせず受験に向けて準備をする。今時の生徒に共通するのが素直で従順。家庭で共働きの両親に育てられている子供の殆んどがそうだ。


「紅も初めはそうだと思った……。だが彼だけ何かが違う。纏っている空気が大人顔負けだった。知識も子供らしくないし、流行よりも自分がしっかりあった。」


 興味が湧いたのは言うまでもない。だがLINEでやり取りしている内に紅の孤独が伝わって来た。


「駄目だ。集中出来ない。生徒の一人なのに……。深入りし過ぎた。」


 秋継が携帯を取り出しメールを送る。相手は節だった。

 彼女は実家にいながら、近所の不動産の店舗で働いている。もう緊急事態宣言で短縮された営業の時間は終わったはずだろう。

 まだ私用のガラケーを使っている変わり者だ。

 メールを打ち込み仕事をしょうと画面を見つめた。

 直ぐにメールの返信がくる。秋継はスマートホンをタップする。


「えっ?明日は仕事だろ? 」


 節の仕事は土日がメインの仕事になる事が多いので、金曜日には会わない事にしていた。

 長文ではない単発のメールが一方的にくる。通常の節の行動でないと感じた秋継。

 途中でメールの返信が途絶えた。嫌な予感しかしない。






 紅達は台所で洗い物をしていた。晴が皿を拭き仕舞ってくれている。

 律之はダイニングでお茶を飲んでいる。


「ねえ。紅は学校が閉鎖になって何をしていたの? 」


「只家に居ただけだよ。ラジオを聞いてた。直ぐ速報ニュースに変わるばかりで余り聞いてなかったけどね。BGMとして流してたよ。」


「どんな音楽が好き? 僕はボカロの曲ばかりだよ。」


 皿を洗い終わり手を拭いた紅が不思議そうな顔をした。


「何で今迄に聞かなかった質問をするの? 」


「紅にはない? 好意を寄せた人の事が知りたくなるの? 」


 紅が首を傾げて思い出している。


「俺にはいないな……。そう言うのはまだ……。」


「じゃあ。話していて楽しかった人は?」


 晴が言い終わって紅の表情が曇った。紅の頭には秋継の顔が浮かんだのだ。


「 ……、ごめん。愚問だった。だったら楽しかった話をしょうよ。何が最近楽しかった? 」


「えっと……。」


 律之の家のゲームと自宅でのラジオしか思い出せない。緊急事態宣言で家にしかいなかったのだ。

 秋継の部屋からビートルズの音楽が流れてくる。マジカル・ミステリー・ツアーがだった。


「叔父さん。又古い曲を聴いてる。」


 紅にはイントロの部分が心地よい流れだった。紅にとっては何処を聴いても斬新だ。


「俺はビートルズが好き。空間を邪魔しない音楽だよ。先生から借りたリマスター版は毎日聴いてたよ。ラジオより怖くなかった。」


「へえ。じゃあ。僕も聴いてみる。お勧めは? どの曲が好き? 」


「今流れてるミステリー・ツアーが好き。初期のビートルズより音が面白いの。」


 スマホで晴が曲を調べている。


「タイトルは解らないけど何処で聴いた事がある曲ばかりだね。全世界でファンも多いね。まず聴いてから近所のカラオケ行こうよ。塾の通りで開いてる店があったからさ。」


「でも自宅に居ないと……。」


「息抜きは必要だよ。大分緩和されてきたしさ。行こうよ。楽しみは必要。二人が嫌だったら三人で行こうよ。」


「秋継さんと? 」


 晴が凄く嫌な顔をした。


「敵に塩は贈らない。律之です。」


 明白(あからさま)にブスッとしている晴。

 紅は笑いながら、晴の肩を叩いた。


「ごめん。そんなつもりではないよ。律之の所に行こうよ。」


 台所を出てダイニングテーブルに座っている律之に、麦茶を出した。

 三人は黙して飲んでいる。


「カラオケか……。久しぶりだね。マスク付けながら歌うの嫌だな。」


「どうせ。同じメンツだしさ。マイクも消毒されてるみたいだから大丈夫だよ。今ならフリードリンクだって……。」


 晴がスマホで情報を調べている。


「明日は夜に塾があるから予習するために帰るよ。午前中なら空いてる。」


「俺も今日は帰る時間だから明日の午前に迎えにくるよ。今度は自転車で来る。またご飯作ってくれよ。カレーばかりだと辛い。」


「律之の叔母さんも母さん同様に料理苦手だもんね。」


 紅が微笑んでいる。

 何時もの笑顔だと二人は思った。






 玄関から音がする。

 誰かが鍵をシリンダーに差し込んで居る様だ。それも乱暴なドアの開き方がする。

 玄関とリビングを仕切る扉がバタンと開いた。


「思った通り!」


 節が叫んだ。

 三人は顔を見合わせた。その声と同時に秋継が部屋から出てくる。


「落ち着け。節の誤解だ。」


 節は紅には詰め寄らず秋継の方へ向かった。


「紅様が出て来たらやっぱり面倒を焼くのね。私が怒ってる意味が、解る? 生徒の関係性を逸脱してるとは思わないの! 」


「だから誤解だって! ネグレクトされてる生徒は、ほっとけない。」


「何時もの貴方ならこんな判断はしないわ。行政にきちんと任せるわよ。紅様の話が出たから可笑しいと思ったのよ。同棲してるとは思わなかった! 酷い裏切りよ! 女の子と浮気の方がまだマシよ! 」


「節。何の話をしているんだ。浮気なんかしていないよ! 」


「私には浮気になるのよ! 紅様は! 」


 秋継が黙った。


 中学生三人は息を殺している。紅は訳が解らず二人を交互に見ている。晴が苦虫を飲み込んだ顔をした。律之が頭を押さえている。


「伊藤殿。黙っては肯定になってしまう。田所の為にも紅の為にも本命を指摘しなされ。紅もその言葉に従う。」


 律之が丁寧に説明した。

 紅は秋継の瞳を覗いた。懐かしい澄んだ色だった。

 秋継が悩む様に視点を動かしている。


「反対! 叔父さんが、紅をどうこう出来る立場にはないと思う。選ぶのは紅だよ。紅の気持ち次第だ。でも、今は黙って上げて……。本人の気持ちが解らないから……。」


 晴が自然と紅の手をテーブルの上で握っていた。

 晴の言葉だけ力強く感じる紅。


「でも過去の記憶がある。田所も不安なのだろう……。伊藤殿が恋人なら話し合えばよい。我々を巻き込むな。もう違う時代を生きている。」


 律之が麦茶を飲んでいる。記憶がある状況なら佐波には理解出来た。


「節。落ち着いて。話そう。」


 秋継が節を落ち着かせ様と自室に誘導する。彼女は大人しく部屋に入る。部屋を閉めた後秋継が顔を出した。


「悪いけど落ち着かせる為の飲み物くれる。」


 紅が立ち上がろうとすると晴の腕に力が籠った。


「当事者がする事じゃないよ。紅が悲しむのは見たくない。関係ないのにさ。」


「俺が行く。」


 律之が立ち上がって台所に行く。

 自室のドアを閉め節だけ残し、秋継が紅の前にやって来た。


「すまない。彼女は誤解しているんだ。何故か解らないから話をするね。」


 机の上で握られている手を秋継が力ずくで払った。


「叔父さん、その行動が節さんが怒ってるの解らないの? まるで触らせたくないみたいだよ。紅は、叔父さんのじゃない。なら節さんと末永く幸せになりなよ。」


 秋継が複雑な顔をした。

 晴に答えるでもなく紅を見詰めた。今度は紅から視線を反らした。

 秋継が驚いた様に目を見開いた。直ぐ普通の表情に戻り、律之からコップを2つ乗っているお盆を受け取った。

 自室に戻り扉を閉めて秋継達が話始めた。






 時間だけが進む。

 話し合いは長くなっているので、律之だけが先に家に帰った。

 紅と晴だけがダイニングテーブルに残る。


「もう嫌だから俺も家に帰るよ……。」


 紅が泣きそうな顔をしている。

 晴が力ずくで紅を抱き締めた。


「大丈夫。叔父さんは紅を見捨てないよ。それに僕も嫌だよ。あの家に帰すのは嫌だよ。僕の家も男ばかりだから紅を下の子達に取られるの嫌だな。」


「有り難う。」


 晴の腕に力が籠る。紅の匂いを嗅ぐように息を長く吸った。


「紅って良い香りだよね。」


 晴の瞳が艶やかだった。

 紅は腕を振り払い晴にこれ以上抱かれるのは危険だと思った。直ぐに立ち上がる。


「お風呂入っちゃお。晴が先に入って……。バスタオルは洗面台の下に収納スペースがあるから……。俺は布団を用意するね。昨日秋継さんが開いていた場所に、もう一組あったから……。」


 晴が風呂場に向かい紅は布団を探した。

 秋継達の話し合いは続いている。

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