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【完結】倫敦《ロンドン》  時折《トキオリ》、春 〜君を辿って〜   作者: 木村空流樹
第二章

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現代 七 同居



 (はる)(こう)は秋継の家で、紅茶を飲んでいる。

 秋継(あきつぐ)が台所からカップ麺を出して呟いた。


「晴。きちんと説明してくれないか? 」


 秋継の玄関を無理やり抉じ開けて二人はダイニングテーブルに座っているのが数分前。紅茶を煎れるのに数分。


「先生。カップ麺を食べるの? そんな栄養にならないのに……。冷蔵庫開けて良い? 」


 紅が立ち上がり秋継が席に付く。


「生徒がネグレクトされてるの黙って見てるの? 」


「しかし個人として入れない領域もある。児童相談所の案件だよ。俺では対応出来ない。一時保護なら大丈夫だけど。難しい」


「緊急事態宣言でそれどころではなくなるよ。だから叔父さんが面倒見て。ご飯食べさせて上げてよ。いとこの律之の家ですら、出て来てしまうんだよ。」


「なら他人の俺の方が信頼されないのではないのか? 」


 紅は冷凍庫からほうれん草の袋を出していた。


「叔父さんの家で少し様子みて見ようよ。ねえ。紅は叔父さんの家にいた方が良いよね。」


 晴が大声を出す。台所にいた紅が顔を覗かせ申し訳なさそうに頷いた。冷凍野菜の袋を持ちながら出てくる。


「律之の家だと頻繁に帰ってたから歩くと距離がある先生の方で厄介になったら方が良いですか……? 先生は迷惑では、無いのですか? 」


「迷惑ではないけど……。男同士だし問題にならないかなあ? 」


 秋継が悩んでいる。晴が拍手する。紅は乾麺を茹でている。


「決定。決定。学校が始まるまで叔父さんの家に住みなよ。僕も遊びに来るし律之も連れて来る。」


「嫌。勝手に決めないで。」


「紅がこの侭放って置かれて死体で発見が一番嫌だよ。先生なのだろ。叔父さん。」


 秋継が目を押さえて考えて込んだ。


「解った。律之くんのご家族と話して見るよ。」


 秋継が携帯を持って隣の部屋に行く。少しばかりの挨拶と真剣な面持ちだった。

 紅が三人前の蕎麦を作りテーブルに乗せる。つけ麺を隣に置き麺の皿に菜箸を添えた。


「晴の言った通り預かる事になった。紅くん。男独りの狭苦しい家だけどのんびりしてくれよ。」


 テーブルに秋継が着くと三人は蕎麦を食べ始めた。ほうれん草の小鉢が付いている。


「料理出来るのだね。美味しいよ。」


「冷凍庫に何も無かったので……。上手く出来ませんでしたが……。お口に合えば嬉しいです。」


「冗談抜きに美味しいよ。叔父さんの家にカップ麺以外の夕食見た事ないもん。」


 紅は眉毛を歪めた。直感は正しいと紅は思う。


「彼女が買ったのですか……。」


 紅が箸を置く。


「ああ。よく解ったね。節の買い物だよ。彼女も料理が駄目でね。葉物野菜は買わない様にしてるんだ。」


 秋継が否定もせずに答える。紅は立ち上がり台所に戻る。他の食材がないか確かめる。包丁を見て刃溢れがないか確認する。その姿を晴が見ている。


「紅は嫉妬深いね。男が嫉妬深いと悪い方にしかいかないよ。」


 晴がその様に述べる。

 それでも秋継が平然と蕎麦を食べている。

 晴だけお腹いっぱいと言う顔をしていた。晴はその侭自分の言葉に繋げた。


「女の子がする嫉妬は可愛いけど紅がすると怖いよ。自覚有る? 無いよね? だから自然にそんな行動が取れるんだよ。」


 ダイニングテーブルに付いている秋継だけが、呑気にしている。


「そう言えば節は嫉妬しないな。俺が親しい女友達と遊んでも束縛しないからね。良く出来た彼女だよ。」


 紅が作った蕎麦を食べてる秋継が小鉢に手を伸ばしていた。


「叔父さんは疎いの? それともわざと? 彼女にも紅にも悪いと思わないの? 」


「節に悪いとは思うけど浮気何てしないし、したいとも思わないよ。何故だろう。楽しくないんだよ。だから節も安心してくれてると思う。紅くんの小鉢は上手いね。懐かしい味付けだね。」


 紅は包丁を片付けて戻ってきた。座り冷めた紅茶を飲んだ。

 晴は食べる気が失せた様だった。


「私の名前は紅で良いです。時宮だと律之が先生のクラスに居るので、ごっちゃになります。くんも要りません。」


「解ったよ。紅。久しぶりに君と趣味の話が出来て楽しいって節に言ったら殴られた。何故怒るのだろう……。男同士の世界から除外されたのが、嫌だったのかな? 確かに、ビートルズの話が出来るの、紅だけだからね。後は、年配の人ばかりだよ。何時(イツカ)かロンドンに行って本場のザ キャーバンクラブに行ってみたいね。その時は高校を卒業していたら一緒に行こう。友人として楽しもう。日本みたいにライブハウスが閉店しないと良いね。緊急事態宣言で無くなる文化にしたくないよね。」


 秋継が殆んど食べたい皿を紅が片付けた。


「叔父さんってば、節さんに愛想つかされるよ。」


「これ位でまさかね。節はそんなに心狭くないよ。」


 紅が洗っている。お皿をシンクに落とす大きな音がする。割れてはいないので、直ぐに洗い直した。


「紅が動揺するから節さんの話は紅の前では止めてあげて……。何か不憫に成って来た。 」


 晴が紅茶を飲み干すと台所に運んだ。紅の隣に陣取る。


「紅はあんな叔父さんと居たいの? 無神経に彼女の話をする人だよ。独りの部屋で居るより健全だから、ましではあるけど……。節さんの話を我慢出来るの? 」


「出来れば先生の所に居たい。分からないけど落ち着くんだよね。」


 紅がうっすらと微笑んだ。嬉しい様な悲しい様な心境だった。

 晴は表情を見落とさなかった。


「片思いは辛いよ。止めときなよ。もっと良い彼女……、彼氏? が出来るって……。なんなら僕が立候補したい位だよ。」


 晴が紅の濡れた手を握った。

 紅が困惑した侭、手を見詰めている。


「分からないよ。この感情が何なんかも解らないのに……。誰かを選ぶ何て出来ないよ。」


「焦らなくて良いよ。僕は男が好きな訳じゃないから……。遊びで付き合うつもりはない。だから、考えて。」


 紅は俯いた。手の甲を握られた侭、振り払わなかった。


「分からないよ。」


「今はそれでいいよ。友達以上の関係になりたいから、待ってる。」


 晴は手を退かすと、微笑んだ。


「毎日遊びに来るよ。律之の家だと行けなかったし……。紅の家に行くのは、流石に自信がなかったから、二人つきりは無理だからね。だから、心が先。紅に僕を選んで欲しい。」


 紅は答えられなかった。

 晴に嘘を付きたくなかったのだ。直ぐに秋継が良いと答える自信もなかった。


「ごめん。」


「謝らないで。振られたみたいだから、自分の気持ちが、分からないのでしょう? なら、まだ可能性はあるよね。だから、待ってる。」


 晴が背を向けた。台所から去っていく姿を見送り手の甲を擦った。人肌に暖まっている。



 晴が帰ると秋継と二人だけの空間になった。ダイニングの他にフローリングの二つ部屋がある。

 秋継がベッドを使っているので、隣の部屋に客用の布団を敷いた。

 紅を風呂に先に入れると、秋継が先程の部屋着の侭出て来た。


「お風呂、有り難う御座います。」


 頭にバスタオルを乗せて上がって来た。既に汗を流している。

 秋継も寝巻きに着替えている。ラフな服装に紅は親近感があった。


「もう疲れただろう。ゆっくり休んでいって……。律之くんの親御さんから何時でも帰っておいでだってよ。紅の母親には引き続き、連絡を入れるから安心してね。」


「有り難う御座います。先生。」


 秋継が複雑な顔をした。


「職場以外で先生と呼ばれると、変な感じだよ。俺も仕事を引きずりそうだから、秋継でいいよ。伊藤だと晴と一緒だから辞めようか……。」


 紅は下を向いてしまった。

 違和感があるのだ。秋継を名前呼びするのは何か嫌だった。


「先生は、先生では駄目ですか? 」


「職場を思い出すから嫌だな。流石に気が張った侭、家には居たくないよ。リラックスしたいよね。」


「……。解りました。秋継さん。」


 紅が不服そうにしているが、秋継は紅の表情を見ない事にした。


「布団、これ使って、後、少いけどこれ。」


 紅の前に出されたのは、五千円札だった。


「どう言う意味ですか? 」


「学校は休みだけど、俺は仕事があるし、ご飯代かな。無理に気にしなくて良いから……。最低限の事だよ。」


 紅は黙って受け取った。手提げ袋から、財布を出し仕舞う。小銭入れには、自宅の黒い鍵がある。


「もう遅いから、お休み。隣の部屋に居るから、何かあったら言って……。少し、仕事があって起きてるからね。」


 秋継が部屋を出て行く。客用の布団を見て紅が溜息を吐く。

 電気を消して布団に滑り込む。


「秋継さんか……。何か遠いな距離がある。携帯でのやり取りは、そんな気がしなかったのにな。」


 布団から知らない香りがする。紅は寝返りながら瞼を閉じた。

 深い眠りに入って行く。



 秋継がコンピューターの前で、資料を作成している。画面を見詰めなから紅の事を考えていた。


「要注意監督生徒か……。もう既に巻き込まれてるよ。しかし、無視出来ない。今は命の方が最優先だよな。普通、いとこの家に居ると思うんだけど紅は違うのか……。晴が友達の性格を解らない奴ではないし、本当に失踪した母をひとり待つつもりなのだな。」


 タイピングの音が木霊する。


 その時人の悲鳴が聞こえた。嗚咽する様な鳴き声と、先生と言う単語。

 秋継が立ち上がり、声の方向へ向かう。隣の紅の部屋からする。


「開けるよ。」


 ノックするとドアを開く。暗闇の中に紅が寝ている。空中を掻き毟る様に動かして、叫んで泣いている。


「先生……。先生……。」


 紅は、届かない手を伸ばし、苦しんでいる。

 秋継は両肩を掴み、揺さぶった。


「紅。紅! 起きて……。」


 紅の目が見開き、秋継を捉える。


「先生。()無事で良かった。先生が何度も捕まって、死ぬ夢を何度も何度も見ます。何時(イツ)も助けられないのです。私だけ独り残されるのです。」


「紅? 何を言っているの? 」


 秋継の首に抱き付き、頭を振った。


「先生は、先生であって、先生ではない。助ける事が出来ない……。出会っても、助けられない。()れが悔しい。取り残される痛みより、私は先生との時間を大切にしたい。しかし、最後は助けられない。何度も何度も……。気が遠くなる程。」


「紅。紅……。落ち着いて。」


 秋継は自然に紅を抱き締めていた。

 紅は泣きながら、体を預けて、又目を瞑った。秋継の心臓の音と連動する様に息をしている。

読んで頂き有り難う御座います。

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