現代 一
時宮 紅は目を開けた。
畳の跡がくっきり残った顔を撫でる。
じっとりと汗が滴り落ちてきた。
冷蔵庫は中身が無く調味料だけが残った冷たい箱になっていた。冷たい水道水を煽り空腹を紛らわす。
「律之の家に行くか……。」
地区のスピーカーで緊急事態宣言が発令されている放送が流れている。
紅は部屋に鍵を掛けて二棟隣の団地に向かう。蝉の鳴き声がひぐらしになり始めていた。ビーサンをペタペタさせて熱せられたコンクリートの上を歩く。
インターホンが壊れているのでドアを叩く。
「おばちゃん。紅です。」
部屋から声がする。紅は何も云わずノブに手を当てた。
玄関は狭く。半畳しかない。そこに靴が並べられている。
突っ張り棒のカーテンを開くと、目の前のダイニングテーブルに律之が体育座りでテレビを見ている。
「紅。今日もシャバシャバのカレーだぜ。」
視線をテレビから離す事無く言う。
「食べれるだけ有りがたいよ。」
律之の隣に座ると、律之の母がカレーを装ってご飯を丼の様に盛った。
「紅ちゃん。諦めて我が家に住んだら……? 姉さん帰って着てないのでしょう? 」
紅は冷ます様に具のないカレーを混ぜている。
「でもまだライフラインは生きてるし、携帯もたまにLINEがくるから、来なくなるまでは帰るよ。緊急事態宣言だから、為るべく家にいる。」
「姉さんも何を考えているのかしらね……。中学生一人残して居なくなる何てバカだわ。中学校が復活したら、律之の部屋に一緒に住みなさいね。」
「有り難う。おばちゃん。」
紅が一口頬張ると、まだ熱かった様で水で流し込んだ。今日始めての食事に胃が驚いた様だった。
教育番組を見ている律之の手元を見た。食が進んでいない。
「食べ終わったらゲームする? 」
「する。する。またボス戦で止まってる。紅がやった方が上手いから、お願いするよ。」
律之がカレーを流し込んで席を立った。
「ごっそさん。早くこいよ。」
自室に向かうと言えど数歩で襖だ。荷物を避ける様に襖を開いた。自室のテレビを付けて、ゲームを立ち上げる。
律之の母が変わりにダイニングテーブルに付く。カレーを食べ始めた。
「紅ちゃん。姉さんから何か連絡はあった? 」
律之の皿とコップを渡し、紅も再度食べ始める。冷めて来たので楽に飲み込める。
「LINEだけInstagramさえ上げてない。金の事と飯の事だけだよ。おばさんを頼れって……。ごめん。学校も無いから食べさせて貰って……。」
「子供が気にする事ではないわ。三食食べに着なさい。カレーばかりだけど無いよりましよ。律之部屋片付けて。紅ちゃん寝る部屋があんたんとこしかないのよ。」
「知ってる。ゲーム終わったらやるよ。」
律之の母が眉がしらを上げた。
「今やれ。今。」
「ババア。うるせえ。」
律之はゲームをしている。何十年か前に発売されたゲームのリメイクである。巣籠もり生活でそのゲームは億を稼いでいる。
紅の携帯から通知音がする。
「晴来るって。律之の家でいいかい……? 」
「オッケー。どうせ明日も学校もないからいいよ。」
紅は携帯を操作して、お尻のポッケに入れた。
「早く食べろ。経験値だけ上げとく。」
紅はカレーを胃に流し込んだ。
律之の部屋に行くと、セガのゲームコントローラを片手に彼が舌打ちをしている。
「いいよ。貸して。」
紅が片腕を出して誘う。画面にゲームオーバーの文字が浮かんでいる。
「晴は直ぐに来るって言ってたか? 」
「家が近いから道順は知ってる大丈夫ではないの。どうせ。自転車で来るだろうね。律之は晴の家には行った事はないっけ? 」
「クラスが違うから行った事ない。いとこが同じクラスに二人も入らないだろう。」
「時宮。何て珍しい名前だから余計かもな……。」
ラスボスを倒すと、レベルアップの効果音がする。数分は戦っていたようだ。
「友達来たわよ。」
台所から律之の母の声がする。律之が玄関に向かうと、招き入れた。
「散らかってて悪い。」
「いいよ。僕は紅に会いに来ただけだからね。」
次の敵を倒していた紅がゲームを中断する。
「晴、久しぶり。元気してたか? 」
晴は紅の顔を見て表情を曇らせた。
「痩せた? 」
「大丈夫だよ。これくらい。」
「紅もさ……。我が家にご飯食べにおいでよ。律之家より部屋が広いし、風呂も二人で入ったって余る位なんだよ。」
「狭くても楽しいから良いの。律之ん家が、合ってるんだよ。俺にはな。」
律之が頷いている。紅の隣に晴が畳に座わる。流石に男三人になり、襖を閉めて冷房を付けた。
「今日は紅が泊まってくから晴は早く帰れ。」
律之が言うと晴は嫌な顔をした。
「じゃあ。僕も泊まってく。良いだろ。紅。」
「紅の家ではない。俺んち。」
「家主に許可を取ってくれ。俺は居候だよ。」
「部屋が狭いんだろ。帰れ。」
「律之は、直ぐにそう言う事を言う。来たばかりだろうが……。」
晴が居直って、コーラの缶を律之に転がした。紅には、差し出す。三人はプルタブを開けた。
まだお付き合いください。




