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過去 四十二 デッキ

 明継(あきつぐ)が一等車両を出て来ると、まるで待ち構えた様な修一(しゅういち)(せつ)がデッキで待っていた。


「すまない。一等車両に間者(カンジャ)が居るとは予想しなかった……。其の上、湿式(シッシキ)写真だ。紅と買い物している時に取られてる。顔の判別が出来る位だ。すまない。」


 修一は落ち込んでいた。飄々(ヒョウヒョウ)とした態度の彼らしくなかった姿に、明継が肩に手を乗せた。


「気にするな。此方(コチラ)は一人だったから、問題ない。そちらは、多勢だったのだろう。良く堪えてくれたよ。」


 節が溜息を付く。


(はる)くんに、全部やらせたわよ。同時では無かったけど、体格の差を考えて上げても良いと思うわ。」


「晴が可笑しいのだろう。紅に手を出そうとするから……。頭に血も昇るだろうよ。でも、晴が護衛としては優秀なのは解ったよ。」


「紅に……。警護対象に何をするって……。」


 明継の顔色が変わる。


「晴は紅を自分の女にしょうと云い出したから、灸を据えただけだ。」


「女……。」


 明継が困惑している。


「晴くんの性格は解らないから何とも云えないけど、周りの話を聞く子でないなら紅様から離した方が良いわよ。悪影響を受けると思うわ。」


「紅には俺が付く。明継なら一人でも問題ないが、晴を付けるよ。明継が良ければだけど……。」


 修一(しゅういち)が舌打ちしながら。煙草を持った。


「確かに、紅には学問しか教えてない。性の目覚めか……。予想すらしていなかった。紅は晴が好きなのか……。」


「明継に決まってるだろう。」

「伊藤くんでしょ。」


 修一と節の声が重なる。


「紅が私を慕ってるのは知っている。()れは先生としてだよ。親の愛情を欲しがる鳥と変わらない。」


 節が眉がしらを上げた。


「伊藤家は人の話を聞かない人ばかりね。紅様の態度を見れば、私に当たりが激しいの解るわよね。完全な嫉妬よ。あれはね優しい顔で毒づくのよ。」


「明継が鈍感なのは知ってるが友情と恋情を比べられる位には成長してると思ってた。紅が可哀想だぞ。三年もお前の帰りだけを楽しみに生活してたのだからな……。」


 明継がふたりの生活を思い出してみた。

 弾ける様な笑顔は、帰宅すると紅がしていた。飯を作り服を洗い風呂から上がると背中を拭いてくれた。

 妻の役目の様に……、当たり前に毎日を過ごした。


「紅が俺を好き……。」


 口元が緩むのを隠したくて手を当てた。

 素直に嬉しい。心の底から暖かい物が込み上げてくる。


「どうしたら良い。」


「其れを私達に聞くのではないわよ。」

「俺も知りたいよ。」


 三人は黙した。


 終始、顔が締まりが無い明継と、口角を下げている節と、空を仰ぐ修一。


「両思いなら問題はないわよ。添い遂げればいいわ。何を悩む必要があるのよ。二人はお似合いだわ。女の私もそう思うわ。」


 修一が煙草を吸いながら頷く。


「紅は来年十五歳だ。武家なら成人だろ。問題ない。」


 明継が手に目を当てている。


「一般的に十八歳まで待っべきでは無いのかい……。」


 修一と節が前のめりになって()う。


「其の様な事してると、晴に持ってかれるぞ。」


「今の晴くんなら待っては駄目ね。一年も猶予はないわ。彼、絶対に()り手だわ。仲良くさせては駄目よ。私は許さないわよ。」


「俺は紅が慕って暮れてるだけで嬉しいのだよ。不粋な真似は止してくれないか。」


「なまっちょろい事は云うな。本当に紅が大切なら晴に渡すな。」


 修一が怒鳴った。節は頷く。


「あの年代の子供は早熟だ。興味だけで体の関係になるかも知れない。危ないのだよ。明継が居るのに、晴が手を出したら紅がどの位傷付くか……解るか……。お前だけだぞ。紅の心を開いたのは……。だから、絶対に二人にするな。必ず俺が見ててやる。駄目なら、明継が張り付け。」


「わかった。寝所も紅の側に居るよ。」


 明継がやっと頷いた。



 其の時車両の扉が開いた。

 母が歩いて来たのである。瑠璃色の訪問着を来て、風に靡かれながら足を運んでいる。


「明継。()の方々が護衛してくれてる方達ね。」


 節は何故か驚いた。


 修一は直ぐに頭を下げたが、肩に手を当てられて直る。


「林 修一と田所 節さんだよ。元は同郷だよ。修一は覚えてるだろう。田所さんは……。」


「覚えてますもの。修一さんは中学を卒業しても、我が家に遊びに来てくれたし、田所さんは、明継を見に来てくれてたのよ。」


「奥様。要らない諜報(チョウホウ)です。」


「私は当時は田所さんと御付き合いをしてると思ってたのよ。女の子が、男の子を見に来るのは、其れ以外はないものね。可愛い子だと思ってたのよ。」


 修一が煙草を吸う為に、婦人から離れた。


「やはり、節は明継が狙いかよ。まあ、わかってたから良いのだけれどな。」


「ちっ違うわよ。当時は、好きな人の面影を探してたの。似ていたから、見に行ってただけよ。」


「初恋など其の様な物よ。若かったら尚更だわ。田所さんに嫁候補になって貰いなさいな。年齢的にも良いわよ。紅ちゃんには可哀想だけど、男の子だから諦めも着くでしょう。」


 明継が紅を思い出した。


「ご免。紅の所へ戻る。母上、変な事は云わないで下さいよ。」


 足早に一等車両のドアに手を掛けた。

 明継が直ぐ消え去る。



 修一と節と母が残された。


「貴方達が何処の組織に属してるかは、知らないけど、伊藤家に着いたら、紅ちゃんから離れないで居て上げて。明継が離れないと思うけど、二人は力で引き剥がされます。だから、紅ちゃんは守って上げてください。」

 

 二人の顔が引き()る。


 節が恐る恐る母に問い掛ける。


何故(ナゼ)にそう思うのですか。」


御国(九州)の動きを知っているからです。お父様も、そうするでしょう。二人には試練となる事から、もう笑顔は見れないかも、しれません。」


 二人は黙った。流れる様に電車は進んでいく。


「状況を話し頂けますか。明継と紅の護衛が私達の任務です。伊藤家にご厄介になるなら直の事です。」


 母は頷いた。


「伊藤の家の事になります。嘘は着きませんが、此れは女勘です。だから、もっと、複雑かもしれません。其れに、田所さんは軍人ですから、手を貸すなら慎重にね。」


 母は話を続けた。







 明継が一等車両をに戻ると、紅が嬉しそうに手を振った。直ぐに紅の隣の席に着く。


「どの様な話をしていたのだい。」


 明継が紅に聞くと視線を()らし、体を壁の方へ寄せた。


「どうしたのだい。」


「叔父さんが気にする事はないですよ。友達と話をしていただけですからね。僕達は友となったのです。」


 明継がテーブルに目をやると、紅と晴の手が絡まっていた。


「紅……。」


 紅の手のひらを晴が擦る。艶かしい触り方だった。


「何でもありません。大丈夫です。先生は修一さん達と話しは終わったのですか。皆様無事でしたか……。」


 テーブルの上から紅は手を引っ込めた。


「皆、無事だ。安心して。それより二人でどの様な話をしていたのだ。教えてくれないか……。」


「先生には云いたくありません。」


 明継が瞬きする。初めての云われた言葉の様に聞こえた。

 晴が微笑む。


「只の友との会話ですよ。叔父さん。」


 晴を睨み付けると、為るべく優しい声を出そうと気に掛けた。


「お前は黙ってろ。紅……。何をされた……。」


「何もされてません。」


 其の問答を繰り返すだけだった。

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