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【完結】倫敦《ロンドン》  時折《トキオリ》、春 〜君を辿って〜   作者: 木村空流樹
第一章

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過去 四十一 晴と紅

 明継(あきつぐ)(べに)と母は紅茶を飲んでいた。


 車両の扉が開き、(はる)が駆け込んで来た。

 車掌に止められ切符を見せる。

 直ぐに席に近付くと紅の顔を確認した。


「紅は……。」


「大丈夫よ。明継が追い払ったから、誰も怪我はないわよ。着物が肌蹴(ハダケ)ているわ。直しなさい。」


 晴は空いている明継の隣に座ろうとしたが、直ぐに考えが変わった。

 彼は立った(ママ)話し始めた。


「修一さんの所へ行って下さい。無頼共(ゴロツキドモ)と関係があります。」


「解った。紅と母を頼む。」


 晴は頷く。

 明継は一等車両を出て行く。紅が付いて行こうとしたが、母が首を横に振った。


「二等よりは安全です。話が収まるまで、待ちなさい。明継なら大丈夫よ。其の様に心配ばかりしていては体が持ちませんよ。少しは休みなさい。明継よりも紅ちゃんの方が初めての体験ばかりでしょう。慣れない事ばかりだから、熱でも出たら大変よ。」


「先生にも云われました。でも、温泉宿に停まっていますから、大丈夫です。節さんも休み休み動いてくれています。」


 母は目を丸くした。


「紅ちゃんは、人によって自分を使い分けてるのね……。頭が良いのは解るけど、伊藤の家の者に()れをしても意味がないわよ。」


「御婆様どう云う意味です……。」


 晴が汗を手で拭いながら、紅の前に座った。紅は手拭いを渡して、晴は頭を下げて礼を云った。


露呈(ロケン)します。簡単に露呈します。だから、紅ちゃんは紅ちゃんらしく居れば良いのよ。」


「おかあさん……。」


「僕も紅とは仲良く為りたいから紅らしくあって欲しい。」


 明継以外の他人の言葉が紅の心に響いた。


「有り難う。」


 紅は泣きそうに為りながら下を向いた。

 明継の様に母は頭を撫でた。涙は出なかったが心が温かくなった。


「御手洗いに行くわ。晴。着いていて上げて。」


 紅と晴の二人っきりになった。


 晴は汗を拭うのに必死だった。修一の指示は父よりも困難であった。だが独りで乗り切ったのだから、認めてはくれるだろう。


 車掌が気を使って紅茶を運んできた。一気に煽ると汗も吹き出す。只管(ヒタスラ)汗と戦っていた晴。

 紅に汗の臭いを感じて欲しくはなかった。


「戦って来たのですね。」


 晴の額を手拭いで紅は拭いた。明継にしている様に平然としている。


 晴は困惑した。顔から耳まで真っ赤になる。級友にされた事すらない。多分されても気にも停めないだろう。


「なっ、何をするの……。」


 雄弁に語る口は影を潜め、初めての感覚に困惑した。


「先生も代謝が良いので良く拭きますが、何か……。」


「二言目には、明継叔父さんの事なのですね。」


 晴は見るからに不機嫌になった。


「敬語は止めましょう。折角、同い年なので。」


 級友ならご機嫌伺いの言葉をくれるのに、紅は笑っていた。皮肉すら通じない。


「叔父さんとは男色と聞いた。正確には違うとも……。」


 紅が事情が呑み込めない表情をした。


「だんしょくとは何……。」


「紅は、硬派ではないの……。意味すら知らないと……。学生の間で男同士の恋情の事を硬派。異性同士の恋情を軟派と云い、学校は殆どが男子ばかりなので、軟派は遊郭や遊女を相手にして遊ぶのですよ。知らないの……。」


「はい。先生の書物には在りません。春画は見た事があるよ。だんしょくとは、男同士の恋の事。」


 紅が考え込んでいる。

 嫌な沈黙が流れる。其れは晴に取ってだった。汗は変な汗に変わった。


「私が先生に恋をしていると云う事ですね。確かに、納得出来ます。」


「男色は恋ではないよ。男同士の(チギ)りの事を()う。意味が解らないかな……。夫婦間の目合(マグア)いを男同士でするのが、男色だよ。意味が解る……、どうせ何を云っても理解出来ないでしょうね。紅は青年君主の明継叔父さんの教育を受けているのだから、俗物とは関係がないよ。そうだよ。僕が生きてる生活など興味ないよね。軟派だ。硬派だと馬鹿みたいですよ。私達の……。」


 晴は黙った。


 紅が下を向いて耳を真っ赤にしている。長い髪で伺えないが顔もだろう。


「余り一目のある場所で話す物ではないよ。」


(可愛い所もあるではないか……。友達同士のやり取りがないので、俗物の耐性がないのだ。)と考えた晴。


「教えて上げましょうか……。」


 晴は自然と本心が出ていた。

 どうせ男色なら学生時代で卒業だ。其れが時代の流行だった。


「あの……。先生とも其の様な事が出来るのでしょうか……。」


 晴は苛立(イラダ)った。

 又、明継の話をする。対象は自分ではない。其の様な事は人生で一度もなかった。目の前に居るのに自分など気にも留められない。


「落とせるか、(イナ)かは知りません。やり方があるだけです。」


「其のやり方を教えて頂けますか……。」


(期待通りではないが、近い答えが帰って来た)と晴は考えた。


「其を知れば、先生の注目を女性から()らす事は出来ますか……。」


 晴は瞬きした。

 明継が女性と付き合ったと云う話しは聞かない。


「女性……、節さんですかね。……。叔父さんと彼女は恋仲には見えない。他の女性の婚約者が居るとは聞いてないですが、何故です。」


 紅は首を傾げた。


「解りませんが、節さんが先生と話してるのが嫌なのです。無視したくても、出来ません。私にも解らないのです。」


「うん。やり方を知れば対処の方法もあるよ。もう、敬語に戻っている。紅は真面目だね。」


 晴は笑った。紅も口角を上げる。


「本当だね。晴と話さなければ、もっと自分を嫌いになる所だった。先生を独り占めしたいなど思った事が無かったから……。この三年は……。」


「今は、明継叔父さんを好きなのだね。」


 体さえ手にすれば、心などどうにでもなると考えていた。今迄もそうだったのだから、例外はない。自分は明継よりも信頼を勝ち得る立場になれると、感じた。

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