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【完結】倫敦《ロンドン》  時折《トキオリ》、春 〜君を辿って〜   作者: 木村空流樹
第一章

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過去 三十七 一等車両

 警護の為の車掌が、開閉口の側に立っている。ボックス席に三人や二人だけの空きが目立った。


明継(あきつぐ)(こう)ちゃんも同じ電車に乗っていたのね。」


 明継の母が上機嫌で話す。

 二等車両とは隔絶と違う空間に居た。壁には電気の飾りがあり、ベロアの席掛けには背凭れにも同種の布が使われている。


「紅を先程見付けられたのは、奇跡ですよね。三等車両まで歩いた甲斐がありました。明継叔父さんには気が付きませんでしたからね。」


 (はる)は自慢げに云うと、笑いながらコップの茶を飲んだ。

 紅と晴が向かい合わせに座り、紅の隣に母が、晴の隣に明継が座っている。流石に窓を開けている者は居なかった。


「明継は何を飲むのかしら……。紅ちゃん知ってるかしら……。」


 母の隣の紅は幸せそうにしている。晴は余り良い顔をしなかった。


何時(イツ)もは、紅茶を飲んでいます。希に、緑茶を(タシナ)みます。」


「では、紅茶にしましょう。四人とも。」


 母が立ち上がるとまるで当たり前の様に明継も立ち上がる。

 晴は壁から競り出したテーブルにコップを置いた。


「紅は叔父さんの何処が良いの……。まだ、父上なら分かるけど全く似てないよね。時継(ときつぐ)叔父さんにも、似てないし伊藤家の中でも浮いてるよ。」


 紅はコップを持って、明継の後を追いかけ様とした。直ぐに紅の手を掴む晴。


「紅が()の様な事するべきではない。佐波様だってしないよ。紅は皇子(おうじ)何だから……。」


 紅は捕まれた腕を振り払った。


「私は皇院(おういん)です。身分が違います。佐波様とは血を分けていますが、今は立場が違います。」


「宮廷の噂は本当だったのだね。僕は幼くて余り覚えてないのだけれど、内緒で時継叔父さんに話を聞いた事があるのだよ。君達双子の話をね。父上は職場に子供が居るのが許せない人だから、君達には会った事がないのだけれど……。今迄(イママデ)会いたかったのだよ。其の皇子にね。」


「皇子は佐波様だけです。」


 紅はあからさまに嫌な顔をした。

 晴は紅に動じず話を続けた。


「誰もそうは思わないよ。紅もそう思うだろ……。」


 溜息混じりに紅は首を振った。


「確かに私の立場は利用価値がある。其れは認める。だが、私はそうは成りたくない。先生は教えてくれました。だから今の私は居るのです。」


 晴は紅の表情から全く興味のない事を話してるのだと気が付いた。だが納得するだけには、晴は大人では、なかった。


「父上も逃げる場所に海外は反対だ。」


 母と明継が紅茶のソーサーを持っている歩いて来る。紅は紅茶を受けとると、テーブルの上にもう一つの紅茶を置き、明継にコップを渡した。直ぐに彼は車掌に返しに行く。


「晴、紅ちゃんを苛めるのは駄目よ。どんなに年代が近くても其れは、駄目よ。信頼関係が無くなるわよ。」


 紅の隣に座り微笑む母。


「御砂糖、二つで良いわよね。甘過ぎたかしら……。」


「いいえ。美味しいです。」


 紅は紅茶を冷ましながら飲んでいた。明継が戻ると晴が変な顔をしていた。明継は初対面の彼に状況を聞くのを辞めた。


 テーブルの前で明継が立った(ママ)でいる。彼を睨み付けながら、晴は立ち上がった。


「修一さんの所へ行ってくる。」と述べて一等車両を後にした。

 テーブルの上に、紅茶が残された。


「紅、何かあったのかい……。」


「何も有りません。」


「私にも話せない事かい……。」


「話す必要もない事です。先生。私を信じて下さい。」


 明継が諦めて席に付いた。紅の前に座って、二人分の紅茶を引き寄せた。


「其れは元よりだよ。信頼している。でも少しだけ不安になるのだよ。話しておくれ。何でも良い。(タダ)、私が安心したいだけだから……。」


 紅茶を飲みながら明継が云う。

 少し困った様な表情とあんにゅいな溜息が入り交じる。


「先生……。」


 紅にとって同性の同じ年代の人との付き合いが苦手であると、今分かったばかりだった。だから明継が心配をしてくれるのが只、嬉しかった。


「晴は常継(つねつぐ)から(おう)の話を聞いているのでしょう。後継者問題でも首を突っ込みたいのは分かるけど紅ちゃんが興味がないの分からないのね。主人に盲目的な忠誠心は武士の血……。常継といい。晴といい。」


 母が紅の隣で優雅に紅茶を飲んでいる。

 甘い褐色の()湯は冷めるのに時間が掛かった。


「先生も良くして下さいます。」


「晴と同じ忠誠心と、明継の心情は同じで無くてよ。最も深いものには変わらないけど……。」


 紅の顔が紅茶色になった。


「解っています。」と小さく呟き、手元のソーサーごと、煽った。


「明継。貴方は鈍感過ぎ。母も心配になります。伊藤家の男子は本当に心が幼くて嫌だわ。勉学ばかりしているからですよ。もっと、見聞(ケンブン)を広げなさい。」


「母上は、何かご存知なのですか……。」


明後日(アサッテ)の方向な質問とは()の事ね。まだ、晴の方が数段上かも知れないわ。紅ちゃん。困ったら母に相談しなさい。」


「だから何故、其処(ソコ)で晴の話が出てくるのです。」


「年下より鈍感でどうしますか……。」


 母が目に手を当てた。

 カップをテーブルに戻し明継を見据える。


「拳の傷の理由を考えなさい。明継が、其処(ソコ)まで追い込められる存在は誰です。心が動かされる理由を考えなさい。本当に鈍感なのだから……。違うわね。忘れっぽいのね。」


 母が独りで納得した。紅は答えず下を向いている。耳が赤い。


「同年代の晴と仲良くなるのは歓迎だよ。紅だって友達は必要だよ。」


 母が口を開いた。

 呆れて物が()えないと顔に書いてある。


「紅ちゃん、(シバラ)くは母の元に居なさい。守って上げるからね。当の本人が馬鹿だと嫌だわ。馬に蹴られたら良いのよ。」


「女性に同じ言葉を云われたのは、二度目です。田所(たどころ)さんと云う……。」


「既に云われてるね……。其の娘とは……気が合いそう。」


 又母は目に手を当てた。


「其の分だと御父様の文は見たのかしら……。」


 明継の胸元から文を出した。母の呆れた顔が又呆れる。


「宿屋で開けようと思ってたのですよ。本当に……。(タダ)、込み入ってしまって忘れて……。」


「早く開けなさい。大事な用だったら、どうするのです。御父様が文を書く等珍しい事ですから……。」


 紅も身を乗り出した。二人が見詰めるなか開封される。

 一文しかない。


「自分が、()すべきを成せ。」


 明継が一言呟いた。

 紅が意味が解らず困惑している。

 母は大きな溜息を吐いた。


御大層(ゴタイソウ)に文にする言葉では無いでしょうに……。あの人も鈍いわ。其の様な事、書かなくても大丈夫……よね。疑う訳ではないけど、もしかして、明継は迷ったりしたのかしら……。」


「先生は独りで罪を被ろうとした人ですから……。」


「あら、まあ。あの人間者でも雇っているのかしら。常継の私の上京案にも反対はしなかったのよね。私が間違えて捕らえられる可能性もあったのに……。晴から聞いた時は驚いたけど、あの人ならやりそうだわ。私を時間潰しに使うのなど簡単にね。」


「母上は何処まで知っているのです。」


 明継が文に視線を乗せながら、話した。


「紅ちゃんを連れて逃げてるのは気が付いてたわよ。常継が教えてくれたのは明継が好いた人と暮らしてる事だけね。其の後で晴から聞いた話。身分違いも(ハナハ)だしいわ。」


 紅が又下を向いた。


「紅はまだ未成年ですよ。」


「子供にだって心はあります。恋情(レンジョウ)だって当たり前でしょうね。其れに母は紅ちゃんの年ごろで祝言を挙げてますよ。」


 秋継が頭で計算をした。


「母上。計算が合いません。父と祝言を挙げたのは十七歳ですよ。」


「私は一度子供が出来なくて離縁してるのよ。お父様とは二度目なの。だから周りから反対はされたし、年下で身分も高い御父様が頑張ったのよ。」


「先生のおかあさんは苦労を為されておいでなのですね。」


「昔は子供を産めないのは其れ程の問題であったの。明継はもう諦めてるから良いのよ。四男だから子供まで欲しがりません。倫敦(ロンドン)で一生独りだと思ってたから、紅ちゃんが居てくれて頼もしいわ。」


 明継が、拳を見る。

(紅を失いたく無くて、自暴自棄になったあの時、支えてくれたのは紅の笑顔だった。食材を落としても自分を優先させた紅の思い。友愛とも違う。)


「成すべきを成せ……。」


 明継が考え込んだ。

(誰にも触らせたくない……。見付けられない様に隠したい……。あの笑顔を守りたいと考える。()の感情に名前を付けるなら、倫敦(ロンドン)の文学書にも書いてあった。まだ、年端もいかない少年に恋をしている。)と明継が又、自分の拳に目を配る。


「明継にしか守れない者もあるのよ。」


 母が云う。紅が此方(コチラ)を見ている。

 列車は、速度を落として運行をしている。


「成すべきを成せ。」


 怪我をした拳に力が籠った。

 年上の母を(メト)ろうとした父。身分差にも()げず嫁いだ母。

 其処には愛情があった。

 明継にも紅にも愛情が互いにある。


「成すべきを成せ。」


 明継の拳に力が入る。電車は流れる様に進んで行く。

 彼は外を見ながら、言葉を繰り返すのだった。

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― 新着の感想 ―
こんにちは。 まだ子供と言える年齢の紅くんが、「利用価値がある」と自分について語る現実を悲しく思います。 立場と本人の聡明さがそう言わしめるのでしょうが。
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