過去 二十一 彼の寝具
其の夜、浴衣姿の紅が、扉を開けて顔を覗かせた。
「今日は一緒に、寝ても良いですか。」
明継の部屋に夜紅が来るのは、今迄殆どないので戸惑った侭、頷く。
紅が、不釣り合いなベッドに潜り込んだ。
浴衣の袂を紅は、邪魔に為らないように、腹の上に乗せた。
紅に明継が上蒲団を掛けると、平常使っているベッドと違い、狭くて違和感がある。
「昔は、良く添寝をして上げたものですよ……。」
寒い訳ではないが、体を寄せ合って、目を瞑る。
成長期、故に体温が少し明継よりも高い。
「覚えていません……。其のような昔の事は……。」
明継には昨日のように覚えている事も、紅には昔と表現する過去であった。
明継は、照れ隠しに云ったつもりの言葉。
其れで、紅は明継に背を向けてしまった。
年齢差を始めて感じた明継。
今迄背伸びして、自分に合わせていたのだろうと申し訳ない気分になる。
「すみません。」
紅に嫌われるとか忘れられると云った感情ではなく、逮捕れるからかもっと安らかな心が紅との間に出来た気がする。
強いて云うなら、一方通行の感情が、二方向になったと云えば良いのか。
但し、紅に確認は取っていないので、もしかしたら明継だけそう考えているのかもしれないが……。其れでも、強い絆が出来たと確信した。
明継が、紅の茶毛を触ると、砂のように指から擦り抜けた。
「昔に戻った気がしますね……。」
手元で髪を遊ばせていると、ふと思い立った。
「其う云えば、律之さんと、話した事があるのですか。」
「先生……。」
紅は躊躇っている。
「律之は、佐波様の仮の姿です。私用の時に使っている仮の名です。」
「第一皇の佐波様の仮の名前……。」
「律之は……。母の名前です。」
明継の指が止まった。
「どう云う意味だ……。」
「佐波様は……、私の双子の兄なのです。母は、私達が小さき時に他界しました。次に向かえた王妃との間の第二皇子との間の年齢差は其のためです。」
「えつ……。紅が第二皇子になるのでは、ないのか……。」
紅は口を告ぐんだ。
一呼吸置いてから、話し始めた。
「双子は忌み子なのです。其の上、私は母親似でした。父皇から、疎まれて、皇院の位に落とされました。まだ幼い私に従う者はいませんでした。子供の心は正直です。先生に会うまで、大人とは話しませんでした。佐波様とは、文で連絡はしてましたよ。」
明継は、背中を向けている紅のお腹を抱え込み、彼の背にを抱き締めた。
「先生、どうしましたか……。」
「いいえ、只、さみしくて……。」
明継は、紅の髪に頬擦りをする。
「先生が、皇院の屋敷から連れ出さなくても、佐波様の十三歳の御披露目がある日に、出奔するつもりでしたから……。」
「其れでも、私がした事は許されないよ。」
「いいえ、先生は助けて下さりました。」
明継の腕に力が篭る。
「先生。少し、眠りましょう。仮眠だけでもしましょう。まだ、話はありますから……。」と云って深い眠りに入って行った。
明継は紅の旋毛に鼻を埋めて息を吐いた。
眠れそうもない。
でも、眠らなければ……と、目を瞑り紅の寝息と合わせて呼吸をした。
徐々に意識が遠くのが分かったが、腕の力だけは弱めなかった。




