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プロローグ (過去 五 いない時間)

イメージ画像の投稿は、許可を取っております。

内政には干渉しない作品となっております。

 無言で明継(あきつぐ)の後ろを付いて来る(こう)。首を動かさず目線だけが左右に揺れている。


「先生。本当に大丈夫なのでしょうか。」


 今更ながら不安がる紅に明継が外へ出るよう肩を押した。コートを着た明継は平然と街を歩いている。人の流れがない為か楽に歩いている。

 しかし、背の高い美情夫(ビジョウフ)(美しい男性)が歩いているだけでも人目に付く。()れも着物を身に付けているならまだしも、紅共にまだ一般に珍しい洋服を纏っている。


「大丈夫……。困惑している方が余計、怪しまれるよ。」


 明継は度胸が座っている。だが、変に気を取られている所為か、紅の歩きはギコチナイ。

 三年ぶりに太陽の下に出た紅は、表情も堅く皮膚は月光石の様に艶めかしい。


 外出を拒んで同じ会話を何度も繰り返して攻防戦を繰り広げたが、紅は、先生と一緒なら……と納得し、今に至っている。


 事実は、自分が駄々(ダダ)を捏ねて明継に白い目で見られるのが嫌だったのだ。


 紅は明継が自分を捨てると怖がっていた。


 其れでも、紅は最終的に明継の言葉に従った。明継は、自分の(タメ)を思って鍵を預けたのだと……。決して追い出す為ではないと考え努力していた。

 其の裏の、明継の考えている紅の独立を気付きながら考えない様にしている。


 少し歩くと広めの公園に出た。鬱蒼(ウッソウ)と茂る木々は明継(あきつぐ)の家からは見る事が出来ない。

 日は高く、池も或る所為か心地よい風が吹く。


「こんなに、外は気持良かったのですね……。」


 紅は呟く。明継は頷く。


「先生。木蓮(もくれん)の木は何処(ドコ)ですか。」


「池の辺ぐらいかな……。」


 明継の指先が、遠くの方を指す。開けている為か、樹木が景色を作り出している。

 舗装されていない散歩道を二人で歩く。日差しは優しく、春を告げていた。


「此の全体が桜の木なのだよ。木蓮が咲き終った頃には、桜が咲くね。」


 枯れ果てているかに見えて、桜は蕾を付けていた。


「此の木、全てがですか。凄いですね。では桜が咲いた頃にもう一度参りましょう。」


 辺りを見回しながら紅が感心すると、目の前に木蓮の白い花が見え始めた。紅は堪らず走り寄る。


 色の薄い空で白い花が心に残る。()せ返る香りも仄かに香る。


「わぁ。綺麗ですね。こんなに()せかえる匂いがするなんて……。」


 植物辞典などで知識はあっても、間近に見るのは、初めての紅には一つ一つが新鮮だった。

 近所の木蓮が咲いたと、一輪一輪明継に報告していた紅にとって、鮮やかな白は印象に濃い。


「近くで見ると、やはり綺麗ですね。」


 何度も何度も繰り返す言葉。花に夢中になり身を隠しているとは忘れている紅。


 平日、故に人通りも少なく木蓮に足を止めて見る日本人はいなかった。其れが余計、無邪気な紅の愛くるしい姿を強めた。


「気に入りましたか。」


 言葉は届いているのか、(イナ)か。でも紅の表情も明るく、答えは言葉に発しなくても決まっていた。

 家に閉じ篭りっきりの紅の新しい出発は出来た。少なからず、明継にはそう感じられた。


 ()れで紅の自信と社会への興味は身に付き、遅い青春は向かえられると安心した。幼少期を自分が食い潰してしまった事に自責の念がある。

 明継には嬉しい光景だった。


「先生、先生。木蓮の花は今が一番盛りらしいです。」


 花の下で手を振っている紅。

 木製のベンチに腰を掛けてから、手を振った明継。


 池の辺は色々な樹木が植えられていた。植林である。それ故に手入れされているので、風景は美しく、日光を乱反射した。水辺が言葉を()むほど美しい。



 明継は昔の事を思い出す。

 紅はまだ十歳になり立ての頃、明継は其の容貌の美しさに恐ろしくなった事を記憶している。今では普通の子供であるが妖しさは憂いの時現れた。


「先生、先生。」


 嬉しそうな姿は、何処(ドコ)にでもいる十四の少年だった。


 紅は先生の側にいたいと云う。まだ迷っている自分がいる。


「でも、それは紅が決める事だから……。私は多くの選択肢を紅に教えてあげよう。」


 独り言を呟く。淡水の香りが頬に伝う。


 ドンと音が鳴った。


 一斉に鳥が飛び立って行く。明継は空に飛ぶ群れを見ながら、風を仰いだ。


 雲が晴れていく様な空だった。


 紅に視線を移すと、彼も空を見上げていた。


「紅……。」


 明継が呟くと、彼は爪先から力が抜けて行き、糸が切れたマリオネットの様に膝が折れて、道に膝まずき、左肩から地面に倒れた。


 明継の脳味噌が判断出来ないでいると、女性の悲鳴が聞こえた。


 ベンチから立ち上がり、ゆっくりと紅に近付くと、徐々に鮮明に紅がうつ伏せになっているのが分かった。


 紅の上半身を抱き抱えた。


 胸の中心から穴が空いていて、紅色の血がドロドロと流れていた。


「先生……。」


 半開きの瞳、既に眼球が上に上がってしまっていた。


 明継の押さえている掌には黒い血が纏付(マトワリツ)いている。


「紅……。」


 明継は状況が理解出来ないで、紅の体を抱き締めていた。手先が冷たくなり、もう動く事のない身体がある。


木蓮の花がひらりと落ちて来た。


 人の群れが彼らに集まりだしたのだった。

挿絵(By みてみん)

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