エピローグ ( 過去 四十七 再会 )
修一が十数年の後、倫敦から帰国した。
明継と紅と日本を出奔したのが、此の前の様な気がする。
懐かしい塩の香りと、共に、伊藤家に向かった。
「帰って来たぞ。明継と紅……。」
首から下げた骨壺を大切そうに話し掛けた。
答えは帰って来なかったが、二人の存在を感じていた。
伊藤家の大名屋敷に圧巻する。
二度の大戦を潜り抜けた建物には見えなかった。
外に出た下女と目があった。
慌てた様子で敷居を飛び越えて、家に入る。
「何だ。」
ふと、彼女を何処かで見た気がするが思い出せない修一が居た。
其の侭進むと、扉が解放されていて板場に伊藤 継一が座っていた。
修一を待って居たかの様に、一瞥した。
日本人の死亡する平均年齢を大いに越えて居るとは思えない姿だった。
「林 修一様ですな……。」
「正式な御姿は初めて会いすると思います。林 修一と申します。」
「伊藤家の当主、伊藤 継一です。妻の時子が待っていました。どうぞ此方へ。」
継一が案内する方へ向かう。
「時子……。修一さんが来たよ。」
襖を引くと、床の上で上半身を上げて居る老婆が居た。
其の介助をしている女が目を丸くした。
「林くん……。」
「田所さんですか……。」
修一が目を白黒させながら、骨壺を時子の前に置いた。
時子では骨壺が持ち上がらないので、節が支えながら、抱き締めた。
「小さくなって……。親より先に死ぬ等、もっての他ですよ。紅ちゃんも一緒に入って居るのでしょう……。二人仲良く最後まで寄り添いましたね。もう、思い残す事は無いでしょうね。」
「申し訳ありません。荼毘に伏す事すら出来なかったのです。」
継一が納得している。
「外国に坊さん等いないだろう……。ならば、今から手配をする。時子は何もしなくて良いから、体を大事にしてくれ。明継に関係して居る者達を呼ぶ。少しばかり伊藤家に滞在してくるか……。」
修一が頷くと、継一が席を立った。
節も慌てて彼の後に続く。骨壺は、畳の上に置かれて、沈黙している。
「海外ではどの様な生活でした……。」
時子が震えながら、問う。
「何処も戦火で大変でした。敵国に居たので、東洋人と云うだけで差別と迫害の連鎖でしたが、何とか持たせて貰った金で息ながらえました。明継が先に亡くなり、後を追うように紅も……。既に、お知らせした様に写真が……。」
「持っておりますよ。最後の写真は、額に入っています。紅ちゃんは余り窶れた感じは無いのに、亡くなってしまったのね。明継が最後まで倫敦に居たのは立派でした。自分の為に祖国に帰らなかった。修一さんを付き合わせて悪かったわ。此れからは、修一さんの人生を生きて下さい。」
「奥様。御言葉有り難う御座います。しかし、約束通り帰って来ても、頼る家族も居ませんし……。」
時子が微笑んだ。
「ならば、伊藤家を継ぐのはどうかしら……。」
修一の瞳孔が開いた。
意味が分からず、瞬きしている。
「正確には、家督を継ぐ者の補佐を御願い出来ないかしら……。」
「嫡子達様が異論を唱えて当たり前だと思います。其れに、常継兄が怒ります。」
時子は躊躇わず、話を進めた。
「啓之助は、家督を放棄しています。常継は大戦で亡くなり、殆んどの孫も成人している者は亡くなっています。」
「晴もですか……。」
時子は力無く頷いた。
「生きているのは、一八の終一が、明継の次の五男におります。終る一番の一でしゅういち。伊藤家の養子になりますが、彼なら問題は有りません。」
「未成年ですから、補佐を……。伊藤に詳しい貴方なら適任だと、旦那様も仰っています。」
節が付け加える。
「冗談ではなく……。」
困惑して黙る修一。
「事業の事なら、田所 節さんに聞くと良いわ。彼女は旦那様の秘書をしているから、間違えなく教えてくれるわ。まだ、独身よ。」
時子が手を叩いて、終一を呼んだ。
足音が幼さを感じさせる。
「母上。何か有りましたか。」
詰め襟姿の少年が入って来た。
蒲団の側迄、近付きか正座する。
「此方。林 修一さん。貴方が伊藤家を継ぐ為に、来てくれたわよ。」
修一が止めようとしたが、時子は介する事なく喋った。
「あの……。」
終一少年も困惑している。
「正当な後継者は、貴方よ。終一。修一さんも、名前が同じだから、驚いたでしょうが……。この子の名字は、林です。伊藤の全てを支えて頂けるないかしら……。」
「此の少年も林と云うのですか……。」
「ええ。修一さんと同じ。旦那様も納得なさっているから、早く後継を譲りたいのよ。私も此の姿ですから……。」
時子は微笑んだ。
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