時折 二十
紅時と晴が、自由に動ける様になってから、大分時間が経った。
「紅時、行ってくる。」
秋と啓之助が、農具を持って手を振った。
「お気をつけて。」
終一を抱いた紅時が、家の外まで出て送る。
晴も珍しいそうに微笑んだ。もう、女性の着物を着ていない。紅時の御産の床上げが終わったので、髪の毛も切ってしまっている。
「僕も学業に戻ろうかな……。」
「良いと思うわ。今迄、有り難う。私達を助けてけれて……。」
「何故か解らないけど、紅を守ろうとした理由が今迄の事で分かったからよいよ。僕も紅に会ってから、何か分からない親近感があったからね。」
「過去は変わらないわ。だから、今を精一杯生きましょう。」
紅時は晴を見詰めた。
時子も頷いた。
誰かの言葉ではない。三人は自分の言葉として受け止めた。
「何かと長い道のりを歩いて来たから、私達全員が同じ未來を夢見たのね。きっと……。」
「ええ。間違えなく、幸せな未來ですよ。時子さんの春も同じ気持ちだと思います。」
「懐かしくもあり、寂しい名前だわ。もう遠い昔の事だもの……。令和で秋継と結婚していたなんて……。夢だったと思うわ。今は旦那様がいるから、寂しくなんてないわ。でも、中身は林くんだとは思わなかったけどね。」
道を踏み仕切る足音が聞こえる。
三人は道の後ろを振り返ると、汗を流しながら走ってくる継一の姿が近付いて来た。
三人の前で止まると、腰を曲げて息をしている。長い道程を走って来た様だった。
「啓之助はどうした。」
「天都から帰って来て、どうしたのですか‥‥‥。」
時子が近くに寄り、心配をしている。
「茶を出しますから、中へ。」
紅時が、直ぐに家の中に誘導する。
晴が終を抱き抱えて、玄関をくぐった。
「落ち着いて話しましょう。旦那様は、天都に呼ばれてから、帰ってくるのが遅かったですもの。何か御座りましたか‥‥‥。」
紅時が水を差し出すと、継一が水を飲み干す。
一息に飲み込むと、玉の様な汗が吹きでる。時子が汗を拭うと落ち着いた様であった。
「啓之助が職を辞して来た。」
「は。」
「伊藤家の長子が仕事を投げ出して逃げたのだ。宮廷も左院も面を食らっている。誰も予想しなかった事だ。一文、庭師になりたいから、実家に帰ります等と馬鹿げている。今迄、事後処理をしてきたのだよ。佐波様の成人の儀で何とかなったが、外交では啓之助が手伝って居たのだぞ。」
「あの子のやりそうな事だわ。紅が倫敦に逃げたから御役御免をしたのよ。だって、小さい頃から伊藤家の嫡男を演じて居たもの。最後迄演じるのは嫌だったのね。」
継一が驚いた顔を妻に向ける。
時子は微笑んだ。
「此れで良かったのよ。私達も家へ帰りましょう。皆、元の生活に戻るのよ。其れが一番幸せだわ。紅時さん。今迄有難う。」
紅時も微笑んだ。
「晴を呼んで来るから待っていて‥‥‥。」
引き戸から様子を伺っている晴に、手を降った。
「皆、帰るわよ。」
継一が複雑な顔をしている。
晴が一度終を抱きしめてから、渡された彼を抱きとめると紅時が、頭を下げた。
「次は何時会えるか、分からないから、又、御会いしましょう‥‥‥。私達は何時でも、此処に居ますから‥‥‥。」
頭を上げると、満面の笑みを浮かべた。
紅時の顔に爽やかな風が吹いていた。
倫敦 時折、春(番外編 未來)
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この後
【桜の木応募作品】倫敦 時折、春(番外編 未來)
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