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時折 十八 春

 膜に戻ると、(はる)(アワ)てて走り出した。

 (はる)(こう)との別れを惜しむ暇すら与えてくれない。


「ごめん。晴!私は先に帰るわ!」


 目の前の膜が、青白く光っている。

 晴が膜を見ると、少女の部屋がうっすら見える。女性的ではない部屋は、端的に(マト)められ整理されている。


「パパが部屋に入ってきちゃう!じゃあね。晴!もう会えないけど、あんたは元気でやってるでしょ?私もそう。元気でいるわ。紅くんだけは(ユズ)らないけどね!」


 春が膜を切り裂くと飛び降りて、自分の体のあるベットに降りると、セーラー服の姿が消えていた。


 春が開けた切り筋は自然と消えて行った。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 ゆっくりと春の瞳が開く。


 上半身を上げると、腕時計の時間を確認する。


 布団の上にあるセーラー服を(ツカ)み、パジャマを脱ぎ畳むと、枕元にある手帳とジッポとペーパーナイフを机の引き出しに仕舞い、手帳だけ学生鞄に入れた。


 黒い靴下を履き、セーラー服のタイを結わく。


 髪の毛をとかし、下の方から男の声が聞こえる。


「春~。起きてるか?」


「今行く~。」


 鞄を掴み下の階へと向かう。


 春が後ろに振り返り、笑顔で手を振った。晴に最後のお別れをしたのだった。


 洗面台に行き、歯を磨き、顔を洗う。前髪が跳ねているのを直してから、父親の元へ向かった。


 ダイニングテーブルに朝食を出し、エプロンをほどいている秋継(あきつぐ)が居た。焦げている目玉焼きを苦々しく見ている。


 春がテーブルの上の弁当包みを、鞄に仕舞う。


「ママに、挨拶をして来なさい……。」


 秋継は椅子に腰かけると、厚切りのトーストを食べ始めた。


「解ってる。私より朝出勤が早いのに大丈夫?」


「今、急いでる。燃えるごみと鍵だけ頼む。」


 秋継が時計を確認しながら、慌てている。


 春は和室に移動し、仏間にある仏壇の前に背筋を伸ばして座った。


「おはよう。ママ。昨日なは、晴に会ったのよ。今の晴くんよりも負けん気が強かったわ。」


 線香に(トモシビ)をともし、おりんを鳴らす。


 (イク)ばくの時間、拝んでいる。


「今度の土日は、四十九日だから親戚が来るぞ。合わせて納骨もするから忙しくなるぞ。」


 台の上に、骨壷と遺影が置かれている。


「きっと、あの廊下に行けるのは、もう終わりね。ママが導いてくれたのでしょ?紅時(べにとき)さんや紅隆(こうりゅう)や晴に出会わせてくれた。有り難う。もう、ゆっくり休んでね。」


 春が立ち上がると、ダイニングから食器を流しに出す秋継の姿があった。


「ついでに皿洗いも頼む。行ってくる。」


 秋継が家を出る。

 玄関先に燃えるごみの袋を置いて行く。



 TVから天気予報が流れてきたが、春は座りながらスマホから情報を得る。


「頂きます。」


 パンをもぐもぐしながら、朝のニュースも見る。

 がらんとした人の気配のない空間に、アナウンサーの声が響く。


 ついこの前迄、居た母の気配がない。春の涙も荒れ果てて居たのである。


 夢の赤い廊下に行く様になり、何とか元気を取り戻した。


 一人で令和の秋継と紅の出会いを見て、紅時に会い、明治時代の事を知り、晴に会って、自分の生い立ちを見たのである。


 長い流れの中の一つでしかないと自分が思えた。


 だが、春の実年齢の記憶しか見られず、令和の未來は見る事が出来なかったのだ。


 春は元から母親っ子であった。相談事は全て母親に話していたのである。その心の隙間を埋める者は見付かっていない。


「晴くんは来るから、紅くんも来るのかしら……。土日だから会社は休みだろうけど……。バパに会わせたくないわよね。気丈に振る舞っているけど弱っているし、独身に戻ってるものね。二人が同居して数年経ってるけど、晴くんが何処(ドコ)迄、信頼を得ているか謎だわ。」


 春が考えたが(ラチ)があかなかった。


「まあ、会った時の様子で解るからよいわ。また、紅くんに会いましょう。久しぶりだから、私が誰だか解らないかも知れないけど……。」


 流しに食器を持って行き、皿を洗う。


 TVを消し鼻唄混じりに、ゴミと鞄を持ちながら、学校に向かった。一日の始まりである。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 晴が()の姿を薄くなった膜から見ていた。


 段々と色が赤くなり、他の膜と同じ様に色になっていく。


 もう春の姿をすらない。


 晴が後ろを振り返る。長い通路は、キラキラと輝いている。


()れが我々の未來か……。」


 晴が満足気に見詰める。我々は間違えを犯した訳ではない。


「僕の前世が伊藤 春である様に、未來も予想される事ではないのだな……。何が正しく、何が間違え等ないのだな人の人生は……。」


 膜に手を置くと、胎動する様に脈を打っている。


 晴が鼻唄を歌いながら先へ進む。


「ああ、そうか……。此の場所が懐かしい訳が解ったな……。生き死に関係する時にしか開かない場所。此の場所は、産道だ。だから、明るく脈を打っている……。」


 鼻唄が言葉になっていく。


 先が見える。光が指して居るのが分かる。


「僕の未來か……。」


 先端に近付くと、春の帰った場所の様に透けている。

 触って見ると、脈を打って暖かい。


 下を覗くと、明治時代で紅時と一緒に眠った和室であった。


 紅時は蒲団の上で赤子に母乳を与えている。其の側を、秋継が寄り添っている。二人は幸せにそうに微笑んでいた。


 其の隣で寝ている晴の(ホホ)を叩いている啓之助が、必死に呼び掛けている。心配そうに時子が晴の手を(ニギ)り締めている。


 どうやら目を覚まさないので、焦って居る様だった。




「大丈夫ですよ。後、少しです。」


 晴はペーパーナイフを取り出し、膜に突き立てた。


 赤子の産声が聞こえる。


 膜の下に飛び降りると直ぐに意識が遠退いた。


「ああ、僕の産声が聞こえているのだな……。今帰りますよ。」

読んで頂きます有難うございます。

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