時折 十七 暗い部屋
晴と春が赤い廊下に佇んでいる。
「一通り見た気がするけど、みんなの未来の結果が、赤い廊下かしら……?」
「どう云う意味だ……。廊下にも意味があるのか……。」
春が手帳を覗きながら、頷いている。
「紅時さんが、廊下に居られる期間は、赤ちゃんに関係しているの。継ちゃんと今の赤ちゃんが側にいる時だけだと思うわ。私は、その期間毎日夢でこちらの廊下に来ていたのよ。紅時さんが大人になって2人目の赤ちゃんを産んで再会したら嬉しくて言葉にならなかったわ。」
「御前が廊下来られる様になったのは、何故か……。」
春の顔が曇った。
「時子が交通事故で亡くなった時からよ。これも、生死に関わる事だからだと思う。」
「では、紅時さんみたいに、急に居なくなる可能性もあるのだな……。」
「それはないわ。朝にパパに起こされて、起きて仕舞うもの。だから、後数時間しか滞在出来ないわ。」
「なら、余計に急がなくてはならないな。巻きましょう。なるべく速く倫敦へ逃げる未來を探そう。僕達が出来るのはそれだけだ。」
「何はさておき、紅を助けないと……か。でも、もう助かってる過去しかないと思うわ。だって……。」
廊下になっている通路が赤く輝いている。
「我々は成功したと云う事か……。」
「間違えなく成功よ。今まで見たどの時代よりも、輝いて居るわよ。膜を触ると暖かいもの……。幸せな未来しかないわよ。」
「紅隆が代わり、紅時さんも代わり、後は、令和に何か関係しているのでは、ないか……。秋継叔父さんを失って、明治では紅の精神が壊れたはずだろ……。どうやって、乗り越えたのだ……。」
「それは、晴が頑張って立ち直らさせたのよ。」
「否。秋継叔父さんの代えはきかない筈だ。今迄を見てきて、其れはない。待つ事は出来ても、秋継叔父さんの代えはないと思う。」
「じゃあ、見てみましょうよ。」
春が後ろに振り返り、令和の時代の通路の放へ向かった。
ヒラヒラとスカートが振られる。
戻るのには時間を有したが、春が鼻唄を歌いながら、通路をスキップする様に進む。
「泳いでいる感覚より、歩く感覚になってきたな……。」
「何の話?」
「嫌。何か初めて来た時は、前に進むのに泳いでいる様な感覚だったのだが、今は歩くに近いなと思って……。」
「私もそうよ。この空間になれると進むのに、集中しないと駄目だったけど今は歩く方が楽に進めるわ。」
又、鼻唄を歌っている。晴には聞き覚えがあった。
首を傾げながら、春に聞いた。
「其の歌は、何だ……。聞いた記憶があるのだか……。」
春が驚いて振り返った。
「嘘。明治時代にない歌詞な筈よ。待って、晴のお婆ちゃんが、時子なのよね?なら、口ずさんでいる可能性はあるわ。ママが気分が良い時に、パパの影響で歌っていたから……。」
「令和の歌か……。確かに、英語の歌詞だったと思うが……。」
「歌ってるのは日本人よ。ママが私がお腹にいる時、悪阻が酷くて、イヤホンで聴いてた曲よ。胎教にロック歌手を使うとは、ママもなかなか切れてると思うわ。」
晴が小さい声で口ずさむ。
「♪〜♪…。」
「合ってるわ。間違いなく、イントロ。最新曲ではなく、昔の好きな曲を選ぶのは、ママがやりそうだわ。令和の記憶も明治でも大切にしていたのね。」
春が足を止めると、晴が頷いた。
赤くなっている膜を開く。
裂けてく膜からは月の光が入ってきた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
その場所は、夜の部屋だった。
時宮 紅の自室だ。
母と家に帰り数日が過ぎた後、ベットの上で膝を抱えて泣いていた。音もなく涙だけを流している。
少し痩せてしまった様で、薬指の指輪が浮いていた。
流れているのは、秋継との思い出の曲だった。マスター版になっているthe Beatles の曲が回っていた。
「先生……。」
呟く言葉は弱々しい。
晴が叫んだ。
「其の曲を聴いては駄目だよ!秋継叔父さんの後ろ姿だけを、見て生きて行く等駄目だ。」
今迄、膜の中の世界に深入りしなかった晴が、辛そうな顔をしている。
「御免よ。見ていられないよ。気づいて。紅。」
「もう諦めて、降りたら?」
「否。此所で話しても良いか……。」
「いいけど、私が誰か解らないと思うわよ。その上、晴は女の着物だしね。」
声を出している二人と紅の視線が、混じる。
「誰……?」
「こんな爛漫みたいな空間から、話してる私達を見て驚かないとは凄いわ。降りましょう。私達が降りなくて、いつ降りるのよ。」
「春は年齢的には赤子にすらなってないだろ……。」
「大丈夫。命として存在してるから、降りられるわ。」
晴が一歩下がると、膜の底を開いた。胸にペーパーナイフを仕舞うと、するりと紅の部屋へ降りた。
「紅。僕は晴だよ。事情があって、女の着物だけど……。」
「晴!私が降りられないから、手を貸してよ!」
春が下に降りるのに時間を有した。ベットの上に降りられる様にする。
「初めまして。紅。私は伊藤 春。時子のお腹の子供よ。」
「其の様な自己紹介をして、未來が変わらないか?」
「大丈夫よ。令和は変わらないからね。過去だから……。」
事態が飲み込めず、呆然としている紅がいる。
「晴はもっと細いし……。先生の子供には、まだ生まれてないから名前はない筈だよ。」
「明治時代の僕はよりもっと武術をしているからね。鍛えられ方が違うのだよ。」
「そんな事より、紅は何を泣いているの?」
晴が音源のスイッチを消す。音は流れなくなり、CDの中から日本人の曲を出した。
「春。この曲をかけてくれないか……。」
「今?それをするの?」
「秋継叔父さんを思い出させたくないのだよ。歌は記憶と共にあるものだよ。」
晴が選んだジャケットを見て、春が頷いた。
「ママが歌っていた曲だわ。紅。これかけて良い?」
「僕も借りただけて聞いてはいないよ。だから……。」
「大丈夫ではないだろ……。目が剥くんで、倍に腫れてるだろ……。何日泣き続けているのだよ。」
紅が下を向いた。
メロディアスなナンバーが流れてくる。
「曲が気に入ったら、ライブでも行かないか……。まだ、無理かも知れないが必ず元の世界に戻るから、心配するな。」
春が目を見開き、慌ただして、声がどもる。
「な、何を言ってるの?晴が記憶も取り戻してるの?えっ、何で……。」
「上手くは表現出来ないけど、パーツが埋まる感じに記憶も上書きされてくみたい。紅時さんは、演技をしていたのだと思うよ。令和の記憶があるのを隠してた。未來を知ってる等、軍事に影響がでるに決まっている。だから、明継叔父さんの投獄され処刑された未來は、軍事国家になったと予想されるのだよ。だから、戦争に勝ち続けてしまって未來が変わってしまったのだよ。」
「嫌な話だわ。」
紅は泣いていない。二人を不思議そうに見てる。
「大丈夫。敵ではないよ。」
「もしかして……。晴は過去から来たのかい……?春ちゃんは未來から来たのか……。」
囁く様に曲が流れる。
「本当に良い曲ね。ママより歌が上手いわ。」
春の瞳から涙が流れた。
「お前が泣いてどうするのだ。紅を元気付ける為に来たのだぞ。」
「人生に歌は付き物ね。心を一瞬で当時の子供に戻してくれる。」
ポケットからハンカチを出して涙を拭う。
「紅はどうしたい?」
春が優しく聞くと、力なく紅が下を向いた。
「先生が幸せになって欲しい……。でも、心の底から祝えないでいる。先生を見るのも辛いから、会わない様にしている。」
「会わない方が良いのではないか……。春が生まれても、会わなくて良いと思う。今の僕に全てを話していてごらんよ。其して、気が向く侭に泣いたら良いと思うよ。僕はささえるつもりだよ。」
「同じ事ばかり話す事になるよ……。秋には落ち葉を踏んで、思い出し、木蓮が咲いたと喜び、梅ノ木を見て辛くなる……。この一年がそうだった。授業に出ながら、先生を目で追う自分がいる。」
「其して忘れて行けば良いよ。十年でも、二十年でも僕が待つよ。今度は紅の代わりに待ち続ける。」
「紅時さんが出来たって、晴が出来るとは限らないわよ。」
晴が真剣な面持ちで、紅に向き会う。
「大事だ。お前が産まれた事が意味があるのだよ。紅隆が信じ、時子さんや修一さん達が信じた未來だ。誰も欠けては摘むげなかった未來だ。だから、令和では僕が紅に生きてと伝えるよ。紅時さんが継一にしたみたいに……。」
「私も紅に会いたいわ。まだ、出会ってもいないのだから……。」
紅が微笑んだ。
「僕も春ちゃんには会いたいな……。この曲、いい曲だね。」
三人は他愛もない会話を続けた。
紅の顔色も少しだけ良くなったのが解る。
三時間程、滞在していると空が白み出した。
春が驚いて腕時計を見る。慌てて晴を土台にして膜の中に帰り、晴は紅を抱き締めると、微笑みながら言葉を紡いだ。
「待っていて……。必ず会いに行くから……。」
頭上の春の腕を掴み、壁を蹴りながら膜の中に戻る。
直ぐに晴が膜を閉じる。彼は泣きそうな顔を見られるのが嫌で、無理やり閉じた。
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