時折 十六 船
春が手帳を開いている。
彼女は遅れを取りながら、晴の歩みに付いて行った。
「秋継の人生のループは、理解出来たわ。で、半田さんが、身分を落とされて兄である皇と疎遠になってしまい、継一の明継に対する恨みに乗っかって復讐するから、明治時代の明継は処刑されたのよね。では、何故に令和に秋継が産まれる理由があるのかしら……。」
晴が頭を掻いた。
「令和で秋継叔父さんと紅、出会った時に、緊急事態宣言下だったよな……。日本的には、軍事レベルで戦争下と変わらない状況下だった訳だよな。だから、流動する節目に産まれて来たのではないか……。」
「確かに、でもね。小さすぎて、私が覚えてないだけかもだけど、戦争はないはずよ。授業では、他外国を進行した国があったけど、国連を中心とした国々が、反対して経済的制裁と、自国の非難があり革命が起こって、国が無くなったとあったわ。たしか、その後のインフレが、世界の経済を混乱に落としてしまったけど、日本は守りの態勢を貫いた筈よ。その当時流行っていたウイルスも、飲み薬が開発されて経済が安定していくわ。避難民を受け入れた結果、今では高校のクラスに半分はハーフの子供の達ばかりになってるわね。」
「流行り病に、内戦など転換期にいるとしか思えない。やはり、明継が生まれる要因があったのだよ。時代の節目に産まれていると僕は思うよ。」
「悪い方へ向かうと云う意味?」
「否。明継が投獄され処刑された過去が、悪い方へ。最悪の方向だと思うよ。第二次世界大戦に日本が敗れない未來。勝者になったら、流行り病も何も太刀打ち出来ない世界だと思うよ。天皇が居ない世界だよ。春が居る世界は、不自由はないのだろう……。流行り病も戦争もなくなる。」
「確かに、仮説としては面白いわ。でも、明治天皇が居ない時代であれば私の世界ではないから、今は天皇を考える必要はないと思うわ。」
晴が、暗い膜を触りながら呟いた。
「悲鳴が此の辺りから聞こえる気がするのだよ……。多分、大戦中だと思うよ。」
春が手帳を指差した。
「第二次世界大戦辺りかしら……。明継が日本に居ない時代だわ。」
「開ける必要がないが、忘れてはいけないな……。」
「日本が令和で同じ目に合うと言いたいの?」
「春の方が、歴史を知っているだろう……。人は死ぬ。だから、繰り返さないのが良いのだよ。人は学ぶ生き物だから、同じ道は選ばない。必ず希望を見つける。」
「戦争の話?明継の話?」
「両方だよ。一度しかない人生だから生きられる。忘れてはいけないね。僕達はループしているけど、一度しかない人生にする為に努力している。紅時が産まれたて生き続けた事で、継一だった明継が救われる。初めて、納得して生きる事を選んだ。忘れてはいけないね。」
「ここは飛ばしましょう。多分、継一さんや、時子達が生きた過去なのだろうけど……。」
「未來を変える転換期ではないと云う事か……。上層部に居る父上や、啓叔父さんがどうなったか知りたいけど……。」
春が暗い顔をした。
「令和に行けたのは、律之くん。時継さん。紅くん。晴くん。時子。常継さんだけは、記憶がないわ。修一さんはいないのよ。明治にあんなに関係があるのに……。」
「戦争が終わって、秋継叔父さんが死んだ骨に会った人達だろう。でも骨でも日本に連れて帰る修一さんが、令和に居ないのは可笑しくないか……。」
「確かに私もそう思うわ。修一さんが一番ループしている筈だもの。それに記憶を持っているのは、明治で時子と修一さんだけだった。」
「何か後に会ったのは解るが……。闇雲に探しても無駄な行動だろ。明治の逃亡した過去から抜けたの世界は見られるのかい……。」
「私のナイフでは見れないわ。紅時さんのも無理だった。晴のならどうかしら?やってみても良いと思うわ。」
二人は見合わせて、通路を戻って行った。
真っ暗になった膜の廊下で、ジッポの灯りだけで足元を照らした。
通路には何もかも無いのに、空気感が時代によって違う。
「此の辺りが、明継叔父さんと紅が倫敦に逃げて生活していた時代だろうな……。」
「触っても、冷たくて嫌な感じがするわ。」
「確かに、よい時代ではないよな……。」
晴がペーパーナイフを膜に突き立てる。だが、先が刺さる事なく弾かれた。
膜を切った時の感覚は、魚の腹を裂いた時と余り変わらない。
「固くて開かない……。」
カンカンと高い音がナイフを当てるとする。
「私達の時と同じだわ。時代が違うのだと思う。晴もまだ、来た事のない時代なのだわ。」
「では、仕方ない。もう少し戻りましょう。」
又、二人は歩き出して戻った。
暗さは変わらないが、膜に暖かみを感じる場所に居る。
「時代は解らないが、開いてみるぞ。試しに開かないと時代すら解らなくなって来たな。」
「殆んど、紅時さんと私で開いているからね……。」
晴がナイフを膜に突き立てると、中まで刺さった。真下に引くと裂け目は下に伸びた。
「時代から、当てなくてはならないな……。」
「関係してるから開いたのよ。だから、解るはずよ。」
春が火を消して二人は膜の内を覗き込んだ。
海の上だった。
大型船を上から覗いて居る状態だった。船首の形が古い。
「えー。海は解らないわよ。」
「でも、船の上にいる女性の服は、明治時代頃だろう。外国の人が多いな……。此がどれに関係してるのだ……。」
「船が何で関係してるのよ……。もしかして、ロンドンに向かってるじゃないの?なら、紅が乗ってる筈よ。」
「デッキに出てるとは限らないだろ。」
二人は目を皿の様にして見た。
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紅隆が海を見ていた。
「独りで勝手に動くなと云っただろう……。」
明継が頭を抑えながら、近付いてくる。
海の塩気がなくなり、日本から遠く離れたのが感じられた。
「遅く迄、御酒を頂いて居たから、朝早くは申し訳なくて……。」
「修一が起きる前で良かったよ。又私が怒られる。」
「先生。修一さんと仲が御宜しいのですね。」
紅隆は顔を海から離さない。
「仕方ないだろ。積もる話もあるし、元は紅の方が、佐波様の文のやり取りで話しているだろ。」
「でも、私の知らない話ばかりで、置いてきぼりです。」
紅隆の隣に明継が立つ。風除けの様に進行方向に海を見た。
「我儘なのは承知しておりますが、嫌な物は嫌なのです。」
明継が紅隆の頭を撫でた。
「御免よ。一人にしてしまって……。二人で生活していた頃よりも、感情が豊かになってるな。良い事だよ。」
「先生は楽天すぎです。私は先生を独占したいのですよ。修一さんが目障りです。」
「仕方あるまい。慶吾隊の任務で、直属で護衛になったのだから……。其れに、常継兄さんの話では、成人の儀は執り行われたから、紅も自由の身だしな……。」
「佐波様の事は喜ばしいですが、祝の席が毎夜になりますと……。私も佐波様と電話で話したいです。まだ、無理なのは解っていますが……。声だけでも聞きたいです。……流石、最先端の船ですね。」
「倫敦に着いてからでも、住居が決まってからでも遅くはあるまい……。時間は何時でもあるのだからね。」
「解りました。先生……。」
明継が顔を掻いた。
「そろそろ。先生から卒業しないか……。もう、国から出たのだよ。紅は私をまだ先生と呼びたいのかい……。」
紅隆が考え込んでから上を見上げた。
「あっ……。」
紅隆が手を目一杯腕を振った。
満面の笑みをしている紅隆の視線の先を、明継は覗こうとしたが、彼を後ろ向きにさせて紅隆は前に立った。
「覚えていますか……。」
紅隆が左手を明継に見せた。
「何の話だい……。」
明継が左手を持ち上げると、痣に口付けをする。
「本当に指輪の様な痣だよな。懐かしい……。此を見た時、懐かし過ぎて、笑ってしまったな……。其の上、初めて会った時に抱き付いて来る子供等私は会った事がないよ。梅ノ木で私を待って居たのかと思ったよ。」
明継が微笑んだ。
「ずっと待っていましたから……。」
紅隆は聞こえない声で呟いた。
「秋継さん。喜びは共に、哀しみも共に、健やかなる時も、苦なる時も共におりましょう。何が合っても共に乗り越えましょう……。」
「其処に俺も入れて貰わなければ困る。」
修一がすっきりとした表情で立って居た。
「来なくて良いです……。」
紅隆は小声で呟いた。
「紅の側には俺もありだな。無理だろう。二人きりに成るには、まだ時間が経ってない。国外に出ても、まだ駄目だ。気を抜くな、夜も居るからな。諦めろ。二人の時間はまだ早い。常継兄の許可が必要だ。」
「常継兄さんの事だから面白がって、任務で夜も妨害しそうだな……。父上も、余り男と夜を共にするのが嫌いだからな……。」
「継一様は男色が禁止された時代の人だからな……。」
「どうなる事やら……。」
明継が苦々しい表情がしている。紅隆の頭を撫でなから、微笑んだ。
「無理に大人になろうとしなくてはいけない訳では、ないよ。仕事も忙しくてなるし、倫敦は物価が高いからね。初めての世界だから、買い物も私と行かないといけないね。」
「其の時は、俺も一緒だからな……。」
修一が割り込んで来るのを、紅隆が嫌な顔をした。
二人は倫敦の生活の基盤の話をした。
茅の外になった紅隆が少し離れた場所に移動する。
修一が辺りを見回してから、明継と話し出した。
紅隆が小さく手を振っている。声は出さない。だから、笑っている。
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「ねえ。紅隆がこちら、見てない……。」
春が船を覗きながら、手を出して振った。
「あっ、やっぱり、手を振っている!気が付いてるのよ。でも、この空間の存在を知ってるにのは、白い人になった紅隆しかいないわ。彼は紅隆だわ。やった!逃げられる未來に変わったのね……。」
晴が体を引っ張る様にして、春を戻した。
「此の世界は干渉しては駄目だよ。遠くて話も聞こえないし、閉めよう。」
「でも幸せそうよ。良かったわ。」
「明継さんと紅が一緒に居られたら、幸せなのは当たり前だよ。紅時さん達を見てると良く分かるよ。年を取っても変わらない物があるのだよ。二人を見てると良く分かるよ。」
春が不思議そうに、その場を離れた。
「では晴はどうするのよ……。令和では紅は、晴と居るのよ。明治の晴は誰と居るの?」
「まあ此れから探すさ。紅以上の人を……な。」
「そっか……。新しく探せば良いものね。私は諦め無いけど……。」
「其れを決めるのは、春が考えれば良いよ。途中で秋継叔父さんが、独り身になるのが恐いけど……。」
「令和でパパと紅が付き合うって事?それは無いわ。ママと紅の関係性も令和で変わったみたいね。私が居るから、紅は子供の心を傷付けて迄、自分の恋心を貫かないみたい。」
晴が膜を閉じている。
膜が明るくなると、前後左右の膜が晴達を中心とする様にして明るく色が変化していく。周りが徐々に色ずいていく。
「わあ。綺麗……。」
「紅隆の未來が変わったのだな……。良かった。幸せそうでな。此れから来る戦争の世界を三人で渡って行くのだろう。」
読んで頂き有り難う御座いました。