時折 十四 (現代 十二 記憶を辿って16 (過去 三十五 結果))
注意喚起 残虐な場面があります。お気をつけ下さい。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
明継が目を覚ますと、其処は前の所と然程、代わり映えもなく牢獄である事も代わりなかった。
だが、明白に絞首刑用のロープが天井から吊るされている。
「御気付きになられましたか……。」
半田が喋り始めた。
長い時間二人は話しながら、苦悶した顔の明継がいた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「何で明継が処刑されるの……。」
春が膜を覗き込みながら、確認をした。
石作の地下牢の様になっていて、拷問の機械が壁に吊るされている。
湿気で滴る水や、汚物を流し出す穴が空いていた。
「私達は失敗したと云う事かしら……。其れとも、未來は変わらないと云うの……。」
紅時は体を捻り、膜から顔を背け、廊下の壁際に凭れ掛かった。
春も直ぐに紅時に抱き付いた。
「さっき見た過去の内容と違いすぎるわ。怖い。」
「もう良いわ。膜を閉じて。お願い。閉じて!」
紅時が叫んだ。
晴と紅隆が困った顔をしている。
晴がナイフを取り出すと、紅時の指示通りにしようとしたが、紅隆が手を止めさせた。
『もう少し待って下さい。晴は彼女達を明るい通路迄、送って下さい。女性には辛いでしょうから……。』
「紅隆は見るのか……。」
『はい。此れも先生の最後ですから……。私が側に居られないのが悔しいです。』
「解った。直ぐに戻る。」
女性を二人連れた晴が、目の見える範囲の明るい場所迄歩いた。
紅時は顔を強ばらせ少し歩いた。
「晴も見るの?過去が決まっているのに……。」
春が自分に問い掛ける様に云うのが、紅時には辛かった。
「殺されるだけよ。先生の未來は、紅と別れたら捕まるか運命なのだわ。」
「見ます。」
晴が其の言葉だけ残して、二人の元を去った。
女性陣は座り込みながら、深い溜め息をした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
心臓が痛くなり、体を掻き毟る明継。
「まだ、私を苦しめるのですか……。父さん。」
明継の怒号が最後に聞こえると静かになった。
半田がひらりと去ると、啓之助が入って来る。
其の後に数名の男子を連れている。男達は手慣れた様子で、工具を出していた。
「最後に云う言葉は……。」
啓之助が問うた。
明継は顔を横に振った。
白い視線を明継に向けているが、反応はない。
拳銃を向けた男が明継に麻布を頭に被せた。男が二人横に付き立ち上がらせる。
足元が覚束無い明継を立たせ、台の階段を登らせた。一番上が紐のわっかの所だった。
首を通すのだが、背が高すぎるので、上手くいかない。
明継を一段下がらせて、変な格好になったが、首に天井から吊るされた紐を通した。首に巻き付く様に微調整される。
その上、細い縄を首に直角になる様に縛る。解けないことを確認すると、縄を下に居た男に投げ渡す。
啓之助が苦々しく、其の光景を見ていた。
どんな極悪人ですら、命乞いをするのだ。命が無くなるのだ当たり前だ。何故に明継は、澄んだ瞳をしているのだ。
啓之助は胸糞が悪くて唾を床に吐き掛けた。
男達が台から降りて来る。降りると啓之助の合図を待つ為に、台の横に並んだ。
「本当に手は縛らなくて宜しいのですか……。」
「くどい。押せ。」
男達が明継の足場を横から押す。力を加えられた体は、足元だけすくわれて、重心がずれる。
咄嗟に明継が首の紐を握りしめた。掴んだ所は顎の下だった。
力業で足場が退けられ、体が宙を浮いている。繋がれたのは、天井からの紐だけだった。
「残念。首の骨が折れなかったな……。苦しむぞ。」
啓之助が腕を組んだ侭、立ち見していたが、男達が片付けをしている横で、椅子に腰を卸した。
明継は腕の力だけで体を支えて居た。まだ、生きている。
1人の首から繋がれた細縄を持った男が、啓之助を見ていた。
「いいぞ。やれ。」
男は何とも云えない表情をして、明継の下に立つと掌に巻き付けられた縄を真下に引いた。
「ぐう。」
気管が詰まった音がする。縄が首を締め上げる。近くに居た男も縄を持ち、体重を乗せて下にぶら下がった。男達は連携するのだった。
少しでも痛みを少なくする為に、ひとりの仲間に罪の意識を抱かせない様に……。
「げえ。」
明継の足が虚空を動く。地面はない。
天井から紐の下に入った拳は、顎にめり込み。爪から血が滴って来た。
「ひゅー、ひゅー」
明継の気管が悲鳴を上げる。
下に居た男達が足の動きを見ていた。
大振り足が、ばた足の様になり、段々、痙攣に近くなった。男達は目配せすると縄を引くのを辞め、壁ギリギリまで一列になった。
明継のズボンの裾から糞が垂れて来た。失禁もしているので、下に垂れ流しになっている。
だらりと両腕が下に垂れた。指も開ききっていて、首も外れたのだろう、長く伸びてしまっている。
「15分だ。私が見ている。戻り次第、清掃と骸を外に出せ。」
啓之助は時計を見た。
牢獄から男達が出て行く、残ったのは骸と啓之助だけだった。
ぶら下がった亡骸の伸びた首から黒い霧の様な物が見えた。
其の形は指の形をしていた。段々と掌になり手首が出て来て、肩から顔が出て来た。
前にも何度も見た黒い影だった。明継から上半身を出すと、重力に負ける様に黒い体が、腰辺りに頭を下にしてぶら下がった。
顔が見える。憎悪の表情をしている。
「ぐおおおおおお。」
黒い影が叫んだ。
啓之助が驚いて椅子から立ち上がった。拳銃を構え、骸の背後に回った。
ぶら下がった影の顔と、目が合う。
「うわあああああ。」
影は明継のくるぶしを掴むと、下半身を露にした。
ずるずると出てくる体を、啓之助は見詰めていた。
逃げる事が出来ない程、驚いていた。
影の体が全部出ると、真下にどちゃりと落ちた。
目の前には啓之助が居る。
黒い体が匍匐前進で近づいてくる。
『許せない。御前ら全員、許せない。』
「ひい。」
『必ず紅を失う。御前達の成為で紅が……。許せない。だから、俺はもう一度紅と会う。必ず紅に会う。何を犠牲にしても、紅だけは諦めない。』
牢獄の上から、光が降り注いでいる。
霊界の光だと黒い影が思った。頭を揺すりながら拒絶反応を示す。
『駄目だ。普通に進んでは紅に会えない。』
光が弱々しくなり、消えて行く。
『ならば、紅への想いを使って、もう一度紅に会う。紅への想い、全ての思い出を、記憶を使って紅に会わせくれ……。』
石畳の床が黒くなり始める。
『駄目だ。先生……。』
紅隆が膜の外から叫んだ。
黒い影が動かなくなると、晴に会釈をしてから、『有り難う』と紅隆は呟いた。
紅隆が膜の中に飛び込むと、啓之助の前に立ちはだかった。
『先生。先生……。私です。紅です。』
影が首を傾げた。
膜の下に降りた紅隆は、直ぐには紅の姿には為らなかった。白い靄の様に居る。
『何故、其の様な御姿になられて……。』
紅隆の陰影がくっきりしてきた。柔らかな髪の毛も形になりだした。
動けないでいる啓之助が、声を出した。
「紅……。何故、此の様な場所に……。」
紅隆は体を捻り、啓之助に微笑んだ。妖艶な微笑みに、彼は言葉を初声なくなった。
紅隆は直ぐに向き直り、黒い影の横にしゃがみ込んだ。体を支える様に肩に手を回した。
『先生。立てますか……。』
躊躇いもせず、体を預ける。
『紅……。紅か……。』
黒い影が、段々紅隆が触った所から、透き通っている。
顔に触れた指先から、明継の形に成ってゆく。
『紅。紅。間違えない。紅だ。』
明継の生前の姿になると、紅を抱き締めた。
嬉しくて涙を流している彼に、紅隆は左手でそれを拭う。
『間違えないで……。僕の事を……。必ず待っていますから……。僕は探せない。身分が高すぎて産まれても、籠の中の鳥です。だから左手を見て下さい。』
『傷か……。痣にも見えるな……。また忘れてしまうが、必ず左手を見るから……。必ず見付けるから。側に居てくれ。此の想いを犠牲に又会いに行く。』
紅が微笑んだ。
「僕は幸せ者です。」
明継の足の爪先が石畳の黒い場所に飲み込まれた。
紅が振り替えると、啓之助と目が合った。
『君も追いかけておいで……。』
泥沼に落ちる様に二人の足が地面に吸い込まれた。
幸せそうな顔で二人は地面に落ちて行った。
髪の毛迄、飲み込まれると、石畳が普通の色になる。
啓之助が地べたを叩くと、糞尿で床が汚れている状態に戻る。
明継が牢獄に吊るされている。骸が揺れている。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「だから、繰り返して居たのか……。明継だけが過去の記憶がない理由と、明治時代がループしている理由が、明継が望んで一人だけ明治時代に転生していたから、周りの皆も巻き込まれて通常の時間に転生できなかった。関係性が深ければ深い程、ループした訳か……。今、紅隆が着いて行った地獄で、未來が変わったと云う訳だな。」
晴が呟いて、膜を閉じた。青白く光ってから、明るい赤になる。
読んで頂き有り難うございます。