時折 十 謁見
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秋が紅時の手を握り締めた。
先行する継一が険しい顔をしている。紅時は見た事のある景色に微笑んだ。
「伊藤殿達は、此方に……。」
数日前九州の継一の元に見慣れない男が訪ねて来た。口振りや着物から危害はなさそうだと判断し、部屋に招きいれると其の男は梅ノ木の小箱から文を差し出した。
意味が分からず継一が文の内容を見てから、慌ててい秋にだけ会いに行き、文の内容を話した。紅時も連れ天都に向かった。
場所は元の通路に戻る。
歩くと紅時は梅ノ木を小脇に抱えながら、微笑んだ。
新聞紙にくるまった九州の梅ノ木には蕾が少し綻びを見せていた。
秋は「何故、今梅ノ木を持ってくる」のか尋ねたが天都の梅ノ木と違うのだと話した。意味が解らず紅時の好きにさせた。
秋は梅ノ花を不思議そうに見詰めた。
「御主人様が御呼びですのでどうぞ此方に。」
男は答える事なく、手招きし皆も怪しさはあったが其の男の通りにした。
入り組む場所を抜けて、厳重に警備されている通路を突き進んだ。
前を行くの男が会釈をすると警備の者も何も云わず、道を開けた。
全く違う風景に驚きを隠せなかった。
天井は高く白い壁に絵画が懸かり、歩く所には高級な布が敷き詰められている。明らかに貴族が出て来そうな面持ちの部屋部屋を眺めた。
廊下は永遠と続いていて、今まで歩いて来た所が小さな点の様に感じた。
海外から取り入れた高価な電燈と重厚な扉がある。調度品も海外の一流品が勢揃いである。
男は急に立ち止まると目前に厳重なドアがあった。
「御連れしました。」
其の男の言葉と同時にドアを開けて中に入った。
廊下から想像した部屋は、西洋風な外装だと思い込んでいたが期待も虚しく純日本的な装いであった。畳や障子がドアに不釣り合いである。
「伊藤殿達か……。」
声の主を見詰めると知らない男であった。
居間らしき所に端座している。
洋服と畳の不釣り合いさを実感した。其の男はズボンを履いていた。
「今皇子様。」
咄嗟に継一と秋が膝まずいた。
紅時は手を引かれながら、正座した。
彼女は秋を見ていたのだから、気付くのに遅れたのだ。だから皇の顔を見てから、驚いた表情をした。
恐れる様に頭を下げた侭正座している。梅ノ木を腰の後ろに隠した。
三人は同行を伺った。
誰も動かない。今皇の護衛も部屋にいない。
命を待つしかなかった。
だが紅時だけは頭を上げた。不思議そうに辺りを見回し始めた。
秋が紅時の行動を止めようか、悩んでいた時に声がする。
「表を上げて、席に座ってくれないか……。」
直ぐに紅時は梅ノ木を持って、秋を立ち上がらせ様とする。
「待ってくれ。紅時。」
秋が遅れて立ち上がると、男は黒革の椅子の上座に座った。
継一が判断しかねている。
紅時は進み出て、梅ノ木を男に渡した。
「お久しぶりです。半田さん。」
「紅時さんか。元気そうで良かった。」
二人が呆気に取られていると、紅時は一番下座に座り秋を次の上座に座らせた。秋の目の前の長椅子が空いている。
継一が席に付くと、半田は梅ノ木を座椅子の横に立て掛けた。
「遠路、遙遙良く来て下さった。私は、今皇の御時宮の弟宮の半田と申す。身分は偽り、民間に流れている。生き残る方法が此しかなかった。」
継一と秋が目を合わせた。
「伊藤 継一と申します。弟宮様が我々をお呼び頂き、恐悦至極の至りで御座います。」
「林 秋と妻の紅時で御座います。粗忽者で申し訳ありません。」
紅時は三人を見てから、口を開いた。
「話しに入る前に伝えたい事があります。九州で継一様に文を渡される前に私達の村迄、半田さんは情報収集に来ていたました。私の存在が余りにも異端だったから、話を聞きに来たみたいね。」
「紅時さんはまるで人を助ける様に飢饉や、流行り病の人を助けて居たから、伊藤殿の情報以外に気になりましてね。自分の目で見て見たくて……。」
「半田さんとは昔も話した事がなかったから、警戒して逃げたの。でもね。植物の花を踏まない様にして転んだのよ。だから私の知らない人だと思って、戻って家に招き入れたの。」
「紅時。危ないから私が居ない時に、男人を居れるなと云っていただろう……。」
「多分、秋さんが居ない時に、私を見に来たのだわ。其れに、半田さんの目付きが昔と他人だったから、話を聞くだけでも意味があると思ったの。父皇と情報を交換しながら、華族に身を落として、身分を偽り宮廷で仕事をしているそうよ。常継さんが慶吾隊に居る事を話したわ。来年には時継さんが宮廷に入る事も話したのよ。」
「既に調査はしてある。彼らは優秀な人材として育てるつもりだ。私は宮廷の長にはなれないが……。皇の計らいで何とかするつもりだ……。良いかな紅時さん軍事的な話をして……。」
「継一様が何の商社を買収しているか迄は、知りませんもの……。」
紅時が口を閉じた時に、赤子の鳴き声が聞こえた。
半田の顔が青ざめた。
秋が嫌な感じがして席に座った侭、声を出した。
「紅時。此方においで。」
紅時は立ち上がり畳の上まで上がり、掛け軸の裏の壁を見た。
半田が驚いて立ち上がる。
紅時は戸を押す動作をすると横に壁をずらした。
板の上に正座している男が居る。
其の後ろが通路になっていて逃げられる様になっていた。
「初めまして、皇。」
紅時が頭を下げた。
「貴方が紅時さんか……。」
皇は立ち上がると後ろに居る女性を部屋の中に入れた。
皇と女性が顔を見合わせた。
不振そうな顔をしている二人。
「やはり貴方も皇族ですね。此のかくしを知っているのは、皇と西后だけです。側室では律之様だけです……。」
女性がまだ産まれたばかりの赤子を一人抱いていた。
「母上……。」
紅時は悲しそうな顔をした。一言だけ呟いた。
「佐波様は、何処に居ますか……。もしや……。」
「双子は忌み子。まだ名前もありません。もしかしたら、誰かに暗殺者されるかもしれない……。だから皇が居る時間は此の通路におります。赤子が泣いても部屋から離れて居れば、問題はありません。此の部屋と私の離れは繋がっているので何とか隠れていました。」
父皇が座布団の上で寝ている赤子を抱き上げて、部屋に入れた。
振動に動じる事欠く、健やかだ。
「君は、赤子の見分けが付くのか……。」
紅時は左手の薬指に痣がある赤子を撫でた。
側室が身を固くした。
「此の子が紅隆……。痣は、成長と共に消えます。先生共に会う頃には、何もなかった。明継も知らなかった筈です。」
皇が側室と顔を見合わせて頷いた。
「西后が身籠ったのは、おなごしか居ない。此の男子が産まれたが双子だったので、祝砲だけ鳴らし何とか隠し通している。乳母さえ雇わず、西后にすら触らせていない……。」
「なら婆の次女の中村家に嫁いだ子を紹介します。確か、最近、死産したと聞きましたから……。まだ母乳も出る筈です。天都に住んで居るので事情を話せば必ず力になってくれます。婆の娘だけあって武術に長けていますから、護衛も出来ます。刀と薙刀の所持を許して下さい。」
皇は紅時の顔を不思議そうに見た。
側室の顔を年を取らせた様に見えたからだった。
皇達に秋と半田が近づくと、秋は紅時を抱き締めた。
半田は上座に皇を招いた。
「時間は差ほどありません。伊藤殿と林様からの諜報が正しいか確認をしましょう……。」
紅時は大丈夫と頷くと畳の座布団に居た佐波の首筋を掴み、抱き抱えた。佐波、特有の儚さがある。
「紅時。無理はするな。自分に会っているのだろう……。ならば、尚更慎重に行動せねば……。」
「大丈夫。もう、会えないから……。皇と対面出来るのも此の一時だけよ。だから信用を得る為に、継一様と頑張って……。私は子守りをするわ。だから……。」
「解った。必ず、迎えに行く。」
秋が紅時の頭を撫でると、皇の待つ席に移動した。
半田が継一に居た場所に座り、秋は紅時の居た継一の隣に座った。
下座に座る秋が皇に名前を名乗る所から始まった。
女性だけ残された畳の上は、声を落としている男達の話しは聞こえなかった。
「律之様は今迄、大変でしたね。まだ体調も整っていないでしょう……。」
側室は目を丸くさせて紅時を見た。
「もう、全てが解った様に話しますのね。半田から聞いていた通りです。正式に発表もされていない紅隆を見分けられたら、何も出来ない。私達は貴方を信じます。乳母の話しも本当でしょう。私1人では隔離された離宮ですら子育ては大変でしたから助かります。其れに 何処かで会った気がしますわ。紅時さんと……。」
「律之さんにはお世話になっていました。今は話せませんが佐波と紅隆を引き剥がさないで居てくれた……。此の時代では無理な事をしてくれて本当に有難う御座います。其れに皇院と云う身分迄、作って下さいました。」
律之が目を白黒させて、紅隆に頬擦りした。もう赤子は泣いていない。
「半田が皇院の制度を作った青年の話をしていました。半田と同じく降下させるのではなく、宮廷に残せる皇院に紅隆をするつもりです。確か、立案者は伊藤殿と同じ名字でしたから……。もしかして、知り合いですか……。」
「制度……。もしや啓之助さんが立案者ですか……。」
「半田に聞かないと解らないですが、確か、聞き覚えがあります。良く離宮に咲いていない梅ノ木を見に来ていたました。只、何もせず、眺めて居ただけ……。啓護隊の青年と必ず同じ時間に見に来て居たから、本当に梅を見に来ていたと思います。」
紅時は考えて込んだが、言葉にはしなかった。
「九州の梅ノ木を持って来たので鉢にでもお飾り下さいませ。此の子供達が離れを遊びだす頃には立派な盆栽になりましょう……。」
紅時は微笑んだ。
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気付きの方も居ますでしょうが、明継、秋継は誤字ではありません。