時折 九 皇の側近
晴が紅隆が指差す場所の膜を開いた。
四人はじゃがみ込む。春が一番下になった状態で話をした。
「初めて見る場所ね。どの時代か分かる?紅時さん?」
「多分、江戸末期かしら……。部屋に一人座ってる男性、男の子かしら……の装束が余り見た事もないわ。公家の着物に似てるわ。」
真っ白い装束の少年は、睨み付ける眼球で前の一点を見て待っている感じがした。
紅隆が驚きながら口に手を当てた。震える手で溢れる言葉を出した。
『父上……。』
晴が即座に反応する。
「皇か……。年齢的に明治に変わる時だな……。此れから、御幸されるのではないか……。都市が京から、天都に変わる。」
『可能性は高いです。私が父上から離されて育てられたのは皇が其れだけ、神仏に近いからです。あの装束は、公式の姿です。』
「あっ、誰か入ってきた。」
膜の下の少年が、引戸を引いて入ってきた男を見た。
皇と呼ばれる少年の顔が緩んだのが分かる。
「彼は誰か分かるかい……。紅隆。」
『皇の弟です。』
皆の顔が引きつる。皇の隣にいる男を見るが年若くは見えない。
「半田って事?何かイメージが違うわ。もっと陰険な雰囲気だと思った……。まだ、身分を落とされる前かしら?」
「私が見た半田さんはもっと年老いていました。確かに、紅隆として合った年齢はもっと先になりますが……。父皇よりも若く見えませんでしたね。」
「紅隆はどう思う。彼が半田で間違いないのか……。」
紅隆が頷くと三人は半田の顔を忘れない様に覗き込んだ。
無言になり、下の皇達を見下ろした。
皇は何かを話している様であるが、声はきこえない。
二人は抱き会って最後の別れを惜しんでいる様だった。涙はないが家族としての今生の別れである。
互いに言葉を掛け合い、握手をし微笑んだ。皇の少年にはない大人びた雰囲気は彼らを子供の侭では居させてくれなかったのだ。
膜の上の、四人は無言だった。だが春が叫んだ。
「お願い。明継と紅隆をロンドンに逃がして!九州に居る伊藤 継一と林 秋に出会って、話を聞いて!」
晴があわてて春を膜の外に投げ出した。紅時が春を庇う様に体を向ける。
「今しかないわよ!紅の父親が出てきたのは初めてなのよ!私が彷徨った通路の時間で初めて出てきたの。」
紅時が春を諭す様に言葉を紡ぐ。
「落ち着いて、春ちゃん。」
晴が膜を閉めようとしたが紅隆だけ父皇を見ていた。
彼は、晴に目線を伸ばすと大丈夫だと手を振った。
「膜の中に干渉出来るのは、其の時代に生きている人だけよ。私達の誰も産まれて居ないわ。春ちゃん何て一番若いじゃないの。駄目よ。例外を忘れたの。イレギュラーで干渉しようとすると誰かが消えるわ。世界は作ってはいけないのよ。」
「でも!紅隆が暗殺された過去を作ったのは、私達ではないわ!」
晴が溜息を吐く。呆れ顔で紅時と春を見た。
「あと出しは辞めて貰えますか……。干渉すると、誰がが消えるとは何です……。」
紅時が躊躇した。
「啓之助の未來が変わったの……。先生が投獄される未來で、さっきみたいに話しかけたのよ。秋、紅時として存在しない過去でね。啓之助が暗殺者で紅を殺そうと、門番を殺した時に、春ちゃんが叫んでしまった……。だから、紅は殺されず。啓之助は逃げた。其の夜に部屋の隅で紅は身を隠してたのは、春ちゃんの叫び声を聞いたからよ。」
「では、明継叔父さんの長男の啓之助は、其の時代は何をしていたのですか……。暗殺者として存在していたなら啓之助は紅時と同じ年頃なはずです。明継叔父さんより若いはずはない。」
「投獄される過去は、四人兄弟で間違えはないわ。常継さん、時継さん、先生……。でも、先生の一番上の兄が、投獄された時代に出て来なかったのよ。過去に絡んでるとは聞いた事がないから……、倫敦に逃亡する過去が変わってしまって、啓之助さんが兄になってしまったの。膜の色も青くなってから赤くなったから、変化があったのだと解ったわ。」
「どういう事です……。時代は一定に流れているのではないですか……。」
「初めは春ちゃんの令和の時代しかなかった……。暗い膜があって前に進めなかったのよ。其所で紅時の私に出会って、倫敦に逃亡する世界を見たの。二人でね。其して又行き止まりになった。だから、晴を連れてきた。先の暗い場所が何の未來か解らないけれど……。膜の中を見る為に……。」
「賭けだったのですか……。僕が膜を開くかどうかは……。」
「ええ。」
紅時が頷くと春を抱きしめた。
沈黙がある。仕方なく膜を閉めようと紅隆の背中に近付く。
膜の中を覗いている紅隆が、晴を手招きした。
『私が見える様です。皇は何かを感じて、話掛けてくれますが……。声が聞こえない……。』
「大丈夫なのか……。意志疎通をして……。」
『解りません。ですが、天都に御幸される今を話しましたら驚かれた様でした。家臣しか知り得ない諜報です。詳しく九州の藩主家臣の伊藤 継一の話をしました。軍事的に我が国は弱いです。正に、皇が憂いている事ですから……。軍事に猛た人物の伊藤氏を伝えました。半田も紙に走り書きをしていましたから、何かしらの交渉はあると思います……。もしかしたら、皇と繋がりを作る為に、今があるのではないでしょうか……。』
晴が膜から下を覗いた。
紅を見詰めている皇と皇の弟が居る。
「皇様。私の声は聞こえますか……。」
晴の瞳に皇と視線が絡まない。
二人は紅隆だけを見ている。紅隆が晴に視線をずらすと、皇が渋い顔をした。
皇と弟が話している。
『隣の晴は見えますか……。おなごの着物を着た少年です。』
下の二人は顔を横に振った。
『晴は此の時代に存在してないからではありませんか……。』
「紅隆が見えるのは暗殺された過去の続きと云う訳か……。なら、何故春の声だけは聞こえたのか……。」
『春だけは先生の子供だからではありませんか。春、何かを叫んでみて……。』
紅時に泣き付いてしまっている春が大声が出した。
「パパを助けて!秋継を逃がして上げて!」
膜の下の二人を見た。
不思議な顔をしているが、紅時に大きく頷いた。
声が聞こえると、顔で表現している。
『春だけが例外みたいですね。感情的になってる彼女に話をさせるより我々だけでも話しましょう……。粗方の事は一方的に話しましたが……。』
「自分が皇の子だとは話したか……。」
『否。紅隆として話しただけです。血の繋ぐりは話さない方が良いと思います……。名付けは佐波が父で、私は母なはずです。だから皇の子としてうまれたら、名前に変化はないはずです。』
「何処まで影響が出るか解らないからか……。」
『皇は時代の変換期にいます。未來は余り話さない方が良いかと。』
「では、膜を閉めよう。もう、我々では何も出来ないから……。」
晴が立ち上がると紅隆が深々と頭を下げた。
皇と弟が慌てている。
『大丈夫です。貴方達は、道を別ちますが、未來まで生きて行きます。また御会い出来る日々をお待ちしております。』
皇に向けた優しさだった。
紅隆は自分が半田に殺された事を気付いていた。だから、余計に未來を明継と過ごす時間のある未來に願いを託した。自分の時間は死んで終わってしまったから……。
膜を閉じると、青い光を放ち、赤く色が変わった。
「未來が変わったな……。悪い方ではなく、良い方だったと願おう。」
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