時折 七 (過去 七 不安 )
※※※※※※※過去 七 不安 ※※※※※※※※※
「二人とも引き離された方が良いと云われるのですか……。」
「其んな事は云っていません。」
明継の中で不安が膨張した。段々と速度を増して……。
目の前が真っ暗になる前に、必死で不安材料を忘れ様として紅の目を覗いた。
「先生は、今まで私が重荷でしたか……。」
不安は黒い尾を引いて恐怖心を煽り、頭の中で何か切れる音がした。
「先生……、どうしました。」
紅の声と欲望が交差する。現実がグルグルと覆い隠す。それでも明継は普通にしようとして、不快な笑みを浮かべた。冷酷で尋常ではない微笑。
紅は身震いを起こす。何かが違う明継に身の危険を感じた。
「先生……。どうしたのですか。」
恐怖に慄き紅の声が震えている。其れでも、明継が心配なのか逃げなかった。
紅には悲痛そうに頭を押さえ堪えている様にも、明継は見えた。でいて、目だけが夜の狼の鋭い光がある。
「どうしたのですか。先生。大丈夫ですか……。」
押さえ切れない絶望と欲望が入り混じる。
明継の精神世界で欠落し始めた物があった。しかし、それを制御する力は明継にはまだ残っていた。必死に首を振る明継。
紅を側に置いて置きたい。此の侭ずっと………。
大きく息をして平静になる。目の鈍い光は奥の方に潜めた。
まだ大丈夫、まだ大丈夫、頭の中で反芻する。
「大丈夫ですよ……。」
額に脂汗を滲ませながら何時もの笑顔を見せた明継。
※※※※※※※※※※※※※※※※
『やはり……。』
「どうしたの?紅隆?」
春が彼の顔を覗き込んだ。
『過去の先生から、黒い物が出ています。不安や苛立ち憎悪の感情に反応しているみたいです。』
晴と春と紅時は明継の体を見た。前見た物より黒いモヤが少し大きくなっている。
「しかし此の未来なら、倫敦に逃げるはずですよね……。」
「節さんと、半田さんも出てるから、間違えないと思うわ。確かに、過去の始めて手紙を渡しに来た下男は、半田さんだと思うわ。」
春と晴が固まっている。
「パパが投獄され処刑される過去では、半田の名前が良く出て来たのよね。その上、黒幕だったのが、半田でしょ?明継の父の命令で処刑に追い込まれたと聞いているわ……。何故、半田が出てくる過去が、明継達が逃亡した過去になるの?」
「倫敦に逃げている電車に刺客を送り込んだのも、半田だと推測されています。彼は佐波様の御付きをしながら、裏で紅を追い掛けていた人物ではないのですか……?」
紅隆が膜の中を覗きなが溜め息を飲んだ。
『初めに手紙を渡しに来たのは、半田ですよ。彼は降下した皇の弟。確か私達兄弟の後見人だったはずです……。』
「えっ?どういう事なの?」
春の顔から驚きが見えた。理解する迄時間が掛かる。
「半田は、脇役じゃないの?明継のいる明治時代では、裏切り者のイメージしかないわ。」
「半田さんは下男ではないわ。身分の高い人物だったのよね。では、何故、明継と紅を追い詰めないといけないのかしら……?」
晴が頭を抱えた。
「半田は、確か佐波様付きの下男ではなかったか……。裏の顔は、関東軍部軍人だったはずだか……。」
「初めの紅隆が暗殺される過去では、身分を偽らなかったのね。たがら、紅隆だけが半田さんの正体を知っている。だから、明継が投獄され処刑される過去では、悪役を演じてたのだわ。其れか1番の悪役だったか……。確かめる方法はないのかしら……?」
『父皇が慶応から年号が変わる時に、京都から天都に御幸しました。直系以外の宮家は身分を落とすしかなかった。華族すらなれず、落ちた話しは聞いていました。』
「私も紅時になりたてで幼かったけれど、同じはずよ。」
『幼名は、何を名のっていましたか……。』
「紅時としての赤子だった記憶は無いの……。騙されて京吉原に売られたから……。兄も居たのだけど殺されたはずよ。」
『ならば、江戸の動乱で巻き込まれた可能性が高いですね。半田も其の動乱に巻き込まれて直系でも身分を落とされました。皇家の側にいたい者も居たのだと思います……。其の切り捨ての為に、皇院が出来たと云われています。半田は皇院を強く押し作ったとされています。なので、余計、直系の息子であり、忌み子の私達が恨まれるのも分かります。時代が恨まなければ生きて行けない時期でしたから……。』
「確かに、時代が動いたのですものね……。」
「あれ?でも、可笑しいわ。佐波様が、ロンドンから帰った明継達の遺骨に会えなくなるわ。令和の紅が死んだ時期を教えてくれた時にも変だと思ったけど……。昭和に修一さんが帰国したはずよ……。」
晴が膜を戻している。
又膜が赤く光を放っていた。
「疑問点を洗い出しましょう。まだ、解らない事だらけですから……。三人の記憶を元に何が可笑しくて、誰が動いていたかを僕も知りたいです。」
春が手帳を取り出し皆に見せた。
教科書ばりの長い文書が年代ごとに別れている。
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