時折 六 (過去 七 不安 )
※※※※※※※ 過去 七 不安 ※※※※※※※
心の中で不安が膨張する。只でさえ、紅と初めての外出だと云うのに、変な女の存在が黒い墨を垂らす。
渦巻く、自分の感情を押さえながら、家の扉を閉めた。
どうやって帰って来たかは記憶にない。あんなに、楽しかった木蓮の行き道は今更見る影もない。
「私、新聞記者だから……。連絡宜しくね。」と、最後に節が叫んだのは其の言葉だった。
玄関に雪崩込み勢い良く扉を閉めると、続け様に明継は、窓の布を引っ張った。
斜めに入ってくる光でもカーテンを閉めると薄暗い。其れでも洋灯に火は入れず、乱暴に椅子に腰を下ろした。
居間の窓際ではなく入り組まった書斎の椅子であった。書斎は窓があるが隣と隣接し過ぎている為、雨戸をキッチリと閉じているのだ。
人に見られる心配もなく、落ち着いていられる唯一の場所だ。
「先生……。痛い」
紅は、ボソリと呟いた。
帰ってきてから、今まで窓際に近づく時以外は腕を握り締めた間々、部屋の中を連れ回していた様だ。
やっと平静を取り戻したが、明継は紅が痛がっているのを気が付かなかった。
「御免。」
驚いて明継が紅の手を放した。
紅の腕は少し青み掛っている。椅子から退くと、紅に譲った。
「いいえ……。」
紅の言葉に力はない。
この家に来て間もなく紅が書斎で遊び、机の書類がなくなってしまいきつく怒られ、トラウマになって書斎に入る事を怖く思っていたらしい。其れ以外にも問題のある部屋なのだが…。
成長し近頃は明継が居れば、顔を見せる程にはなった。
何とも云えない沈黙が其処にはあった。でも、明継は窓際や居間に紅を置いておく、気にはならなかった。
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「ねえ、木蓮を見た帰りでしょ?」
「多分、そうね。確か家が見えない様にカーテンを閉め回った後だわ。」
「明継叔父さんの様子が何時もと違いますね。何か狂気的な物を感じます。僕が知る明継叔父さんではないみたいです。」
「確かに、バパもこんな顔はした事がないわ……。」
紅時と春が顔を見合せて困っている。
晴は立っている紅隆を座らせて膜をめくって中を覗かせた。
紅隆はまだ生きている自分と先生を交互に見ている。
『先生は本能的に私が死んだ場所を覚えているのだと思います。だから初対面に近かった節さんに疑心暗鬼になっていて、私が一番長い時間を過ごした書斎に逃げているのだと思います。』
「少し待って……。紅隆は書斎が怖くなかったの……。」
紅時が紅隆を見詰めた。
『ええ。私は本の沢山ある書斎で一日の殆どを過ごしていました。先生の机の書類は引き出しに仕舞い、片付けてから本を読み始めるのが日課です。』
「書斎は暗いわ。怖くなかったの……。」
『はい。私には書斎の暗がりを怖がる理由はありませんから。一度死んで暗闇を彷徨い、今は怖いですが……。』
春から預かったジッポの光が、晴の手の内で揺れて居る。
紅時が考え込む。
膜を覗いている春が声を上げる。
他の者も春が指差す方に視線を動かした。
「明継叔父さんの首に、何かありますね。有れは何でしょう……。」
「黒いわね……。でも影ではないよね。」
『私と同種な物だと思います。色が黒いのが気になりますが……。』
「では、あれは明継叔父さんの魂となりますね。でも死んでもいないのに魂とは頻繁に出てくる物でしょうか……。」
紅時が話題を変える様に紅隆に聞いた。
「過去で死んだ経験のある人は過去を記憶しているだけではなく、感情も引き継いでいないかしら……。いきなり不安になったり感情が爆発したり……。先生は木蓮を見てから様子が可笑しかった。」
「明継叔父さんでは過去の記憶がないはずです。」
「過去の記憶を持っていなくても心に刻まれていたら……。先生は大騒ぎする人間性ではないわ。其れに私が暗がりが怖い理由も一度暗殺されているのならば、説明が付くわ。」
「ループしている人には過去の記憶が潜在意識に残ると言う訳ね。」
「では僕は何だと云うのですか……。不安などありませんよ。」
女性二人が顔を見合せた。
「だって、晴ですものね……。本能の侭に生きそうだわ。」
晴が膜を閉じると、又黒い膜がゆらゆらと赤く光を放って行く。
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