未來 十四 過去の記憶と共に
時子が持ち直すと紅時に深々と頭を下げた。
其の所作に紅時は首を振った。彼女の痛みだけではないのだからだ。
言葉は無意味だ。秋は思った。継一と目が合ったが微妙な表情をしていた。
秋と紅時は伊藤の家を恨んではいない。二人して決めた事だ。長い時間が必要だったが継の幸せを望んだ結果だった。
「時子さんを攻めるつもりは有りません。其れに私の命と新しい赤子の命を二つも助けて下さいました。」
紅時は凛として居る。
「俺からも礼を云わせてくれ。啓之助と外で待っている時、生きた心地がしなかった……。もう駄目だと産婆から云われた時に奥さんが来てくれた……。何か分からないが必ず助けると聞こえて安心した。月を見ながら待ったのだよ。奥さんにありがとうを云わなくてはならない……。」
時子が秋を見詰めた時に、涙が自然と流れた。
「不謹慎かも知れないけど……。私の知らない彼だわ……。パパ、ありがとう……。」
時子が云った意味が分からなかった秋。
「時子。悪いが……。れいわの秋継に話し掛け無いでくれ……。腸が煮えくり返る。」
継一が渋い顔をした。
「そうね。過ぎた事だものね……。今の旦那様は継一様だものね……。御免なさい。私も過去に囚われているのね。最初から最後まで恥ずかしい限りだわ。」
「其処で時子さん達にも御願いがあります。」
紅時は微笑んで秋を見た。紅時から離れて自席で汁物を飲んでいた。もう話は終わったと思っている様だった。
「時子さんなら覚えていると思いますが……。時宮 紅に紅隆の記憶を取り戻す為、令和の時代で行った事をもう一度やりたいと思っています。」
「秋さんに記憶を甦らせるのですか……。」
時子が困惑していた。継一も事態が飲み込めず不振な顔をした。
「いいえ……。確かに過去の記憶に関係しますが……。今回は晴と眠りたいと思います。唯一記憶もない晴でなくてはなりません。なるべく早く記憶の交換をしたいと思います。令和の晴は全く過去の記憶を持っていませんでした。仮説ですが、今回、初めて先生である明継が継であり、紅隆の時代に出て来ました。」
「晴は明継が絞首刑にされる過去には出て来ないと云う事だな。」
継一が頷いた。
「分岐点となった場所に晴は居ます。過去、未來、今に……。なので彼を通して、明継と紅隆を逃がす今である現代にしたいと思っています。」
継一が眉をしかめた。
「其の様な事は可能なのか……。一番難しい道を開くのは、晴か……。何処で繋がるのだ。れいわはもう終わった時代だろう。過去と今をどう繋げるのだ……。」
「夢を使います。夢は過去も、未來も関係ないですから……。」
継一が納得出来ないと顔に書いてある。晴を見据えて問う。
「晴はどうしたい……。危険はないだろうけど、失敗はするかもしれない。」
「明継叔父さんが逃げたのだから成功してるのでは、無いですか……。未来を変える必要はないです。もう、既に決まっているのですから……。」
紅時は晴を見た。
「多分大丈夫よ。逃亡する今を変える訳ではないわ。」
啓之助が頷いた。
「紅時の頼みだ。やってやれ。」
「啓叔父さんは紅時さんの話なら何でも聞くでしょ……。其の上名前呼びになってるし……。」
「当たり前だ。御前はもう隠す必要のない人物だ。明継に会い、紅隆も知っている。彼らは秋と紅時の前世に会ったのだぞ。もう何が変わると云うのだ。」
時子が不思議そうに顔をしかめた。
「今が理想の未來なら夢を使わなくていいのでは、ないの……。」
継一が頷いた。
「もう確定している人生ではないのか……。ならば手を加えない方が良いのでないか……。」
紅時が強く頷いた。秋と顔を見合せると赤子の泣き声がしていた。
元気な男の子の声に紅時が立ち上がって、襖を開いた。
婆が申し訳なさそうに襖に近付いてから、頭を下げた。
「御乳をの時間です。大分、我慢なさったのですよ。坊っちゃん。」
紅時に赤子を託すと婆が去ろうとする。
「待って。隣の和室に蒲団を二重、用意して下さい。私が眠って居る間此の子を御願いします。もし又、乳の時間になったら、胸をはだいて上げて下さいね。長い事眠りに付きますから……。」
秋が続く。
「俺からも御願いする。紅時のしたい様にさせてくれないか……。」
継一が疑いながらも時子を見た。
「夢に意味があるのか……。私には明継が投獄された過去しかない。れいわには、行っていない。確かに秋と紅時だけ何度も過去を繰り返していたからなのか……。其の回りで私達も巻き込まれたと云う事か……。」
赤子を抱いた紅時が微笑んだ。泣いている子をあやしながら部屋を出た。
「解決する為に過去に戻ります。大丈夫。必ず成功させて此の子の元に帰って来ます。」
小袖を翻して紅時は秋に微笑んだ。
後の話は、全ては彼にしてある様だった。
紅時はが居なくなった場所で秋が晴を睨んだ。
「晴は紅時と同じ意見か……。紅時は必ず晴が家に来る事を知っている様だった。まるで、竹馬の友に会う気持ちで待っていた。妻の待ち人が此の様な子供だとは思わなかったよ。れいわではとても世話になったらしいな。だが晴が紅時と記憶を辿るような真似をしたくないなら、止めない。俺は今の幸せが一番大切だ。此れ以上の幸福感はない。二人目も産まれた。名前は紅時が決める。過去を見てから名前を付けるつもりらしい。だから早く終わらせて、もしくは中止して欲しい。」
晴が正座した侭動かないで聞いて居た。
「紅時さんと生活してみて分かった気がするよ。彼女の勘は間違っていない。もし紅時さんと過去を旅しなければ、今が……明継叔父さんが逃亡した過去がないのでは、ありませんか……。ならば、此の行動に価値がある気がします。僕ではならない理由があるのでしょう。」
継一が口を挟んだ。
「危険はないと思うが、成功したとして我々の今に影響はあるのか……。」
秋が顔をしかめた。
「影響がないとは云いきれない。れいわの時子、佐波、時継には、倫敦に逃げてからの記憶が曖昧にしか出て来なかった。だから確定してるのは、明継と紅の遺骨を連れた修一に会うだけだった。此れにも意味があると紅時は云ってる。だが紅時しか知らない理由だがな……。」
晴は頭を上げながら茶をイッキ飲みした。
「ならば、早い方が良いでしょう。紅時さんと夢を共有します。」
秋が頷くと胸元から手拭いに何かを包んで居る物を出した。
晴に近付くと手渡す。
銀色に輝くペーパーナイフだった。高価な物だと直ぐに解る。
「枕の下に入れて眠りなさい。晴を助ける物だと紅時は云ってる。」
「解りました。何が何だか分からない侭ですが……。御付き合いしますよ。」
晴は頷いて女の着物の帯に挟んだ。
「膳は婆が仕舞う。紅時の元のに行こう。」
二人を追い掛け様に啓之助が懐中時計を渡して、無言で帯の隙間に挟んだ。
「高価な物だから起きたら返せよ。常継と時継に貰った物だから、必ず手渡しで返してくれ。」
「父上と時継叔父さんの贈り物ですか……。何の祝いです……。」
「祝言の祝いだ。」
バツの悪そうな顔を啓之助はしている。
「解りました。」
廊下を継一と時子が啓之助の後ろから歩いて来る。二人とも複雑な顔をしているが、否定的な顔をしていなかった。
部屋を替えると紅時は赤子に授乳をしていた。
蒲団に足を崩しながら、背を伸ばして座っている。
まだ、日が高いので乳がもろに見えている。
啓之助と継一が秋の動作で外に出た。彼女の体を見みせるつもりはないと顔に書いている。
「僕は良いのですか……。」
「晴は蒲団に入って眠る準備をしろ。大丈夫だ。何かあったら無理やり起こすからな。」
晴は時計とペーパーナイフを枕の下に忍ばせた。布に包んだ侭である。
蒲団を肩まで掛けると目を瞑った。
晴は寝れる気配がしない。
「紅時は大丈夫か……。」
秋が紅時の髪に触れた。
赤子が必死で乳を吸っている姿を、二人で微笑んだ。
「何かありましたら時子さんを頼って下さい。婆も子供には慣れている筈です。」
秋が頷くと紅時の枕の下に手拭いに包んだ何かを入れた。
赤子が満腹で目が儚ら儚らしている。秋が抱き上げると肩に乗せてゲップをさせ様と背中を擦った。赤子から小さな声がする。
「紅時。行ってこい。晴を頼む。」
紅時は口を真一文字にして頷いて蒲団に潜った。
長い眠りに入って行った。
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