未來 十三 秋継と膳
時は、明継と紅隆御時宮が倫敦に逃亡し、時子と晴が、九州に帰り林家の家で、紅時の育児を手伝っている所迄、戻る。
秋の昔話を聞きながら、膳を食べていた時子の手が止まった。
継一が、隣に居る時子の手に、そっと手を重たねた。
「どう云う事……。」
時子は空いた手を口許に当てた。驚きの表情を隠せない。
「秋が、話した通りだ。時子が育てた秋継は、紅時の子供だ。やはり倫敦に逃げられる運命の子供だったのだよ。」
「違う。其の様な問題ではないわ。旦那様の子供だと聞いて、伊藤の家に連れてきたのよ。戸籍でも、旦那様の子供の秋継になっていたわ。」
紅時は申し訳なさそうに、云った。
「継は産まれた時、継一様に伊藤家の実子として貰いました。どうしても、紅隆に会わせて上げたかったのです。伊藤の家の子供でないと、留学は難しい。未來が変わってしまうと思ったのです。秋さんの意思を全て無視する形で、継一様と二人で決めました。」
紅時は頭を下げている。
「でも、私はしてはいけない事をしたのよ……。」
「紅時が、時子自身に知らせないと決めて居たのだ。御前も辛い思いをさせたな……。私から何も伝えられず、長い時間黙って居たのは悪かった。」
「でも、許されないわ。」
紅時は顔を横に振った。
「一人の感情で動いてしまえば、運命は変えられない。でも、秋さんに納得させるのは大変でした。」
秋の不貞腐れた顔があった。
「俺はまだ、継を育てられなかったのは納得出来ない。でも、今迄の結果を聞くと、紅時がしたかった事は分かる。話し合いの場で、何度か継一を殴ったがな……。」
継一が、渋い顔をした。
「顔を会わせる度に、顔面を殴られるのは、迷惑だった。商談の相談ですら、始めに殴られてから、話をしなくてはならなかったからな……。」
時子が頷いた。
「てっきり妾に殴られてると思っておりました。秋さんが怒るのも当たり前です。」
「でも、紅時の為に……。伊藤家には、秋が来る事は無かった。紅時がどれ程辛いのかを直で見ていたから、絶対に継に気配すら感じさせない。必ず私と会う時は、伊藤家には呼ばなかった。」
「何故、黙って居たの……。私だって話せば、理解出来る。」
「其れでは、時子が、明継の子育てに影響が出る。紅時が紅隆だと知れば尚更。」
「黙って居るのが得策と考えたのです……。秋さんの子供だと知れば、私に遠慮をすると……。時子さんの性格なら分かります。」
紅時が時子に頭を下げた侭だった、
「でも……。」
啓之助が、箸を止めた。母親の顔を見てから、継一を睨んだ。
「父上は、秋と母上が前の世で夫婦だったのを、知ってる。だから、秋の存在を知られたくなかっただけだ。」
間が氷付いた。
継一と紅時は、視線を泳がせた。
晴が息を殺して居るのが分かる。
「其の様な事、どうでも良い。」
秋が良い放った。
「気にしてないのは、記憶のない秋たけだよ。令和と云う未来に行ってない父上が、心配する事なのだよ。俺も令和に居ないが微妙な感じはするぞ。」
「記憶が其の様に大切なのか……。」
秋は首を傾げた。
「まあ、嫌な未來しか知らない俺達よりは、楽天的にはなるやよな。秋の性格ならばな……。両方の選択も正しかったと思える。もう、過去なのだから、仕方がない。紅時は子供の未来を選んだだけだし、国際面での発言を聞いていると、誰よりも聡明だったよ。今にして思えばな……。」
啓之助が、飯を摘まみながら、茶を啜った。
「此れで良かったのだよ。『継』に関して云えばな……。」
「私が納得出来ないわよ。今更……。」
「母上が納得しようが、しまいが、妾の子供を連れて来たのだとしたら、伊藤の子供にするだろ。子供の可能性を伸ばす為に……。恨みや嫉み等、もう昔に流れてしまったのだよ。明継に私だけ近付かなかったのは、紅時を思い出すと思ってだ。極力、継に会うのは、俺は避けたがな……。」
秋は、溜息混じりに答えた。
「政府の重鎮に頼んで、明継達が倫敦に逃げ易くしたのも、啓之助だよ。皇族を軍部が持ち上げ様とした時の派閥から、紅と佐波様を守って居たのも、御前の息子達三人だぞ。だから、何も恥じる必要はない。黙って居て申し訳なかった……。」
時子が継一の懐に収まった。
彼女は声もなく泣いていた。治まる迄、継一は一言も言葉を発しなかった。
「私は此の場所に居て、良いのでしょうか……。」
晴が沢庵を食べながら、頭を掻いた。
隣に居た紅時は、苦笑いをしながら、お茶を飲んでいる。寄り添う秋の側で安心している様だった。
「晴が生まれる前の話ですものね。今の話は、武家の血が入ってると教えられて育ったから、複雑でしょうね。」
「秋さんが伊藤の家の当主であったとしたら……。どうなって居たかと思いましてね。」
晴が秋の顔を見た。
紅時は意外な質問に驚いていた。
「明継が処刑されていただろうね。」
秋が普通に返した。
「やはり許せない物ですかね……。父親でも、紅と明継叔父さんの幸せが……。自分では得られなかった紅時さんとの思い出が……」
「父親だから、余計だろうね。」
「しかし、れいわでは時子お婆様と夫婦だったのでしょう……。何故、其の時代では、息子明継に嫉妬しなかったのですか……。」
秋が考え込んでから、天井を見上げた。
「分からないな……。俺はれいわで記憶がない。其の上、過去のどの記憶も共有していないのだよ。だから、記憶のある皆の気持ちを理解は出来ない。」
紅時は秋の顔を驚いて見た。
記憶を辿る様な素振りを見せる。
「時子さんの子供の春ちゃんが女の子だからだわ……。其の上、僕も途中まで過去の記憶もなかったから……。先生と出会う迄は、普通の中学生だったからだ。先生も過去の記憶が僕と同じに目覚めたからだと思う……。」
紅時が、少年の様な顔をしている。
「其の様な事に意味があるのですか……。只の憶測でしょう。誰がれいわに行くかは、共通点がある筈ですよ。」
晴が、不思議そうに秋を見た。
「時子さんが云うには『時』の字を持つ人が令和に行けたの。でも、例外的に晴だけは令和に行けたのだけれど……。もしかしたら、時子さんの娘さんの春ちゃんが云っていた仮説が正しいのかも知れないわ。そうだ。晴くんには願いたい事があるの。」
晴が嫌な顔をした。
紅時は紅と同じ顔で微笑み掛けた。
秋も嫌な予感しかしなかった。
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